53 / 65
美坊主の悪あがき
2話
しおりを挟む
1
悠耶が着物を着替え終わる頃、深如が迎えにやって来た。
深如の兄弟子の奥方の、恵妙様が着替えの世話をしてくれた。
「本日は誠にありがとうございました。忘れぬうちに、こちらを。心ばかりですが事件解決の謝礼です。昼食もご用意できましたので、ご案内致します」
「どういたしまして! おいらこそ、仕事をくれてありがとう。早く解決して良かったね」
差し出された封を捧げ持つように額の上へ掲げて、受け取った。初仕事の給金だ。
手応えがずっしり、とはいかないが気持ちはとても誇らしい。
山門から本堂に至るまで、本願寺には沢山の庫裏やら塔頭やらが建っている。
どれが何の用途の建物なのか、一見しただけでは外観の違いが見分けられない。
案内してもらわなければ迷子になりそうだ。
その内の一つの門をくぐり、中に入る。
「こちらです。奥へどうぞ」
「お腹すいたぁ! いい匂いがするなあ~」
玄関を上がり、部屋に通されると、四畳ほどの畳の間の中央に、お膳が二つ用意されていた。
いの一番にお膳に注目してしまったが、気づいてみれば部屋には誰もいない。
「あれ? 惣一郎は、どこへ行ったの?」
「いけない、伝えそびれておりました。惣一郎殿は急用を伝えに来た御使者と、先にお帰りになりましたよ」
「帰っちゃったの? お昼も食べずに?」
「驚くのも無理はありません。けれどどうにもお急ぎだったようで。お悠耶は着替えの最中でしたしね、拙僧が責任を持ってお送りするとお約束致しました」
「ふぅん……。おいら一人で帰れるけど。まあいいや、じゃあこのお膳は深如のなんだね。もう食べてもいい?」
あれだけ惣一郎自身が送ると主張していたのに、悠耶に一言もなく帰るなんてどれほど急ぎの要件だったのだろう。
悠耶は先刻、深如と口論していた惣一郎の剣幕を思い出し、訝しんだ。
だが腹の虫の騒ぎ方が尋常じゃない。
すぐにどうでも良くなって昼飯が頭を占拠した。
「勿論ですとも。どうぞ召し上がれ」
お膳の上には、握り飯と蕪の漬物、味噌汁に、《長谷屋》から頂いてきた豆腐の奴が並んでいる。
悠耶は瞬く間にお膳の前に陣取り、手を合わせた。
「豪華な昼飯だなあ。頂きまーす!」
お腹がぺこぺこで、まずは顔半分もある握り飯に噛り付いた。
塩が効いていて実に美味い! 漬物も、外が暑いからしょっぱいくらいでちょうど良い。
「こんなに美味いもの、いつも深如は食べているの? 惣一郎は食べられなくて可哀想だなあ」
「お悠耶が奮闘して下さったので、いつもより品数が増えましたよ。見事なお手並みでございました。拙僧もご相伴にあずかります」
深如は悠耶の向かいに腰を下ろし、静かに手を合わせる。
箸を取った。悠耶は食事の手は休めず、静かに食べ進める深如をじっと見た。
食べ始めたら、一言も喋らず物音の一つも立てない。食事の所作にも無駄がない。
深如と食事を共にするのは昨日の《山田屋》と併せて、これで二回目だ。
だが当然、毎日二度三度は食事をしているわけで……
ひらりひらりと箸の先で掬われたおかずが、音もなく胃の腑に収まって行く。
柔らかい蕪とはいえ、漬物すら無音で口内を通過させた。
「ぶぶっ、ふはははっ! 深如、大したもんだなあ!」
悠耶が着物を着替え終わる頃、深如が迎えにやって来た。
深如の兄弟子の奥方の、恵妙様が着替えの世話をしてくれた。
「本日は誠にありがとうございました。忘れぬうちに、こちらを。心ばかりですが事件解決の謝礼です。昼食もご用意できましたので、ご案内致します」
「どういたしまして! おいらこそ、仕事をくれてありがとう。早く解決して良かったね」
差し出された封を捧げ持つように額の上へ掲げて、受け取った。初仕事の給金だ。
手応えがずっしり、とはいかないが気持ちはとても誇らしい。
山門から本堂に至るまで、本願寺には沢山の庫裏やら塔頭やらが建っている。
どれが何の用途の建物なのか、一見しただけでは外観の違いが見分けられない。
案内してもらわなければ迷子になりそうだ。
その内の一つの門をくぐり、中に入る。
「こちらです。奥へどうぞ」
「お腹すいたぁ! いい匂いがするなあ~」
玄関を上がり、部屋に通されると、四畳ほどの畳の間の中央に、お膳が二つ用意されていた。
いの一番にお膳に注目してしまったが、気づいてみれば部屋には誰もいない。
「あれ? 惣一郎は、どこへ行ったの?」
「いけない、伝えそびれておりました。惣一郎殿は急用を伝えに来た御使者と、先にお帰りになりましたよ」
「帰っちゃったの? お昼も食べずに?」
「驚くのも無理はありません。けれどどうにもお急ぎだったようで。お悠耶は着替えの最中でしたしね、拙僧が責任を持ってお送りするとお約束致しました」
「ふぅん……。おいら一人で帰れるけど。まあいいや、じゃあこのお膳は深如のなんだね。もう食べてもいい?」
あれだけ惣一郎自身が送ると主張していたのに、悠耶に一言もなく帰るなんてどれほど急ぎの要件だったのだろう。
悠耶は先刻、深如と口論していた惣一郎の剣幕を思い出し、訝しんだ。
だが腹の虫の騒ぎ方が尋常じゃない。
すぐにどうでも良くなって昼飯が頭を占拠した。
「勿論ですとも。どうぞ召し上がれ」
お膳の上には、握り飯と蕪の漬物、味噌汁に、《長谷屋》から頂いてきた豆腐の奴が並んでいる。
悠耶は瞬く間にお膳の前に陣取り、手を合わせた。
「豪華な昼飯だなあ。頂きまーす!」
お腹がぺこぺこで、まずは顔半分もある握り飯に噛り付いた。
塩が効いていて実に美味い! 漬物も、外が暑いからしょっぱいくらいでちょうど良い。
「こんなに美味いもの、いつも深如は食べているの? 惣一郎は食べられなくて可哀想だなあ」
「お悠耶が奮闘して下さったので、いつもより品数が増えましたよ。見事なお手並みでございました。拙僧もご相伴にあずかります」
深如は悠耶の向かいに腰を下ろし、静かに手を合わせる。
箸を取った。悠耶は食事の手は休めず、静かに食べ進める深如をじっと見た。
食べ始めたら、一言も喋らず物音の一つも立てない。食事の所作にも無駄がない。
深如と食事を共にするのは昨日の《山田屋》と併せて、これで二回目だ。
だが当然、毎日二度三度は食事をしているわけで……
ひらりひらりと箸の先で掬われたおかずが、音もなく胃の腑に収まって行く。
柔らかい蕪とはいえ、漬物すら無音で口内を通過させた。
「ぶぶっ、ふはははっ! 深如、大したもんだなあ!」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪気眼侍
橋本洋一
歴史・時代
時は太平、場所は大江戸。旗本の次男坊、桐野政明は『邪気眼侍』と呼ばれる、常人には理解できない設定を持つ奇人にして、自らの設定に忠実なキワモノである。
或る時は火の見櫓に上って意味深に呟いては降りられなくなり、また或る時は得体の知れない怪しげな品々を集めたり、そして時折発作を起こして周囲に迷惑をかける。
そんな彼は相棒の弥助と一緒に、江戸の街で起きる奇妙な事件を解決していく。女房が猫に取り憑かれたり、行方不明の少女を探したり、歌舞伎役者の悩みを解決したりして――
やがて桐野は、一連の事件の背景に存在する『白衣の僧侶』に気がつく。そいつは人を狂わす悪意の塊だった。言い知れぬ不安を抱えつつも、邪気眼侍は今日も大江戸八百八町を駆け巡る。――我が邪気眼はすべてを見通す!
中二病×時代劇!新感覚の時代小説がここに開幕!
伊勢山田奉行所物語
克全
歴史・時代
「第9回歴史・時代小説大賞」参加作、伊勢山田奉行所の見習支配組頭(御船手組頭)と伊勢講の御師宿檜垣屋の娘を中心にした様々な物語。時に人情、時に恋愛、時に捕り物を交えた物語です。山田奉行所には将軍家の御座船に匹敵するような大型関船2隻を含み7隻の艦隊がありました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる