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悪戯犯

8話

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「うーん……でも、おいらは豆腐小僧もわからなかったよ?  あ、惣一郎ならわかるかも。おーい、惣一郎はこの妖怪を知ってる?」

 呼ぶと、いい塩梅に惣一郎だけ近寄って来てくれた。

 少しだけまだ用心しながら納豆小僧を捕まえていた手を緩める。

「ええ?  ……豆腐小僧と違うのか?  同じようにしか見えねえが」

「納豆小僧ってんだって。惣一郎も知らないか」

「ほら見ろ、そうれ見ろ!」

 惣一郎が首を振ると、納豆小僧は急に元気づいて騒ぎ立てた。

「皆んなが皆んな、こんなだから悪いんだ!  おいらと豆腐小僧の見分けもつかないくせに、平気で納豆の悪口を言って」

「見分けはつかねえが、納豆の悪口は言ってないぞ」

「言ったんだ!  納豆は臭くて嫌いだって。他の食いもんだって、腐れば一緒だろ」

「誰が悪口を言ったよ?  それに人がお前さんを知らないからといって、悪さをしていい由がないだろう」

 悠耶の言葉は響かなかった。

 だが、惣一郎が当然の口調で淡々と述べたので、納豆小僧の勢いは、やや弱まった。

「そこの豆腐屋とかさ、蕎麦屋とか……えーと、うーんと、……とにかく皆んなだ!」

「あとは寿司屋か?  皆んなが納豆を悪く言うって?  どうして子供は、こう一部だけの集まりを〝皆んな〟って言うのかねえ」
  
 惣一郎は呆れて苦笑した。手拭いの隙間に指を差し込んで頭を掻く。
  
 納豆小僧に話しているのに、悠耶も、つい頷いていた。

 自分も数人が団子を食べているだけで「皆んな食べているから買ってくれ」と、よく風介にせがんでいる。

「俺もお悠耶も、納豆が好きなんだ。それで皆んなが納豆を好きってことで、和解してくれや」
  
 惣一郎はしゃがみ込んで、納豆小僧の頭を撫でた。
  
 納豆小僧の瞳は惣一郎を見上げ、煌めいた。

「うっ」  

 心暖まる光景だったのに、惣一郎は一瞬、酷く動揺を見せた。
  
 悠耶は大事な点を惣一郎に告げ忘れていた。

 悠耶も捕まえるまで気づかなかったが、納豆小僧は全身が粘っこい。

 肌が脂性な人間も少なからず存在する。

 だが、納豆小僧の肌は鰻のような粘着物で覆われていた。納豆だから、さもありなん。

「なんだい、今の呻き声は?  本当か?  本当にお前さんは納豆が好きなのか??」
  
 納豆小僧が惣一郎へと身を乗り出したので、悠耶は捕まえていた手を放した。
  
 反省は有耶無耶だが、まあ、もう大丈夫そうだ。
  
 納豆小僧の素足に触れていた部分の着物は、納豆から出たような粘液で湿っている。
  
 惣一郎は納豆小僧に飛びつかれて固まってしまった。着物の外に出ている肌が総毛立っている。
  
 粘っこいのを気色悪いと感じつつも、好きだと言った手前、拒絶できない。
  
 豆腐小僧を見つけた時でも、一つ目にさえ怯えていた。

「おいらも納豆が好きだよ!  本当だよ」
  
 惣一郎を倣って、悠耶も後ろから納豆小僧の頭を撫でた。
  
 惣一郎に撫でられてあんなに喜んだのだから、納豆小僧はきっと寂しかったに違いない。  

 掌がぬるんと滑った。

 覚悟していなかった惣一郎は、さぞびっくりしただろう。

「いいよ。わかったよ。おいらもう、悪戯しないから」
  
 悠耶が必要以上に頭を撫でくり回したので、納豆小僧はやや迷惑そうに悠耶の手を取ってどけた。
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