お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら

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悪戯犯

1話

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 鳥越橋を渡って、新堀川沿いに進むと、程なく浅草本願寺の屋根瓦が景色に浮かび始める。  

 寺院ばかりの道のりでも、本願寺は別格の存在感を放っている。

 すぐ側にある浅草寺への参拝客も大勢いるだろうが、近づくにつれ人通りが増してきた。

 本所へ越してからは、すっかりご無沙汰していた。

 でも、浅草に住んでいた頃はよく行き来した場所だ。足が道を覚えている。
  
 巨大な山門を潜れば、境内に茶店や土産物屋が立ち並ぶ。
  
 いつもならすぐさまそちらに気を取られる悠耶だが、今回はぐっと堪えて唐門を目指す。

「良い心がけだな。見直したぜ」

 惣一郎は揶揄からかうような口ぶりだ。

「今日は遊びで来たわけじゃないからな。遊ぶのはきちんと仕事が済んでからだ」

 いつもは悠耶が風介に言われている台詞をそのまま口に出す。

 すると、惣一郎はにやにやしたまま瓢箪を差し出した。

「じゃあ今はこれでも飲んでおけよ。仕事が済んだら、一杯、奢ってやるから」

「ありがとう。惣一郎は支度がいいなあ」

 笑われるのは悔しいはずなのに、相手が惣一郎だと不快な気も起きない。

 敵わないからか、奢ってくれる予定だからだろうか。

 瓢箪の蓋を開けて傾ける。水を飲んで、元に戻す。

 たったそれだけの動作の間だったのに、次に目にした惣一郎の表情は百面相の如く変化していた。

「その必要はございませんよ。拙僧が手厚くおもてなし致しますゆえ」

 仔細はわからないが、因は明確だった。悠耶の後ろには深如が立っていた。

「深如、来ていたの?  よく、ここにいるとわかったね」

「そろそろだと思い、お迎えに上がりました。待っていましたよ。このように拙僧の勘が冴えるのは、お悠耶との縁が深いからに違いありませんね」

「そうなのかな?  でも、ここは広いから助かったよ」
 
  深如の話は度々理解に苦しむ。
  
 一寸くらいはそうなのかな?  と思えなくもない。

 だが、今回、折良く会えたのは、単に深如の勘が良いからだろう。

 縁の深さが仔細ではあるまい。

「手前、寝言は寝て言いやがれ。恥ずかしくねえのか」

 惣一郎が噛み付く横で、蕨乃はそっと姿を消して行った。

 深如は、ふう、と大仰に息を吐く。

「惣一郎殿はお待ちしておりませんでした。何故に、ついていらしたのです?」

「お前の所にお悠耶を一人でやる訳にはいかねえよ。何を企んでるか、わかったもんじゃねえ」

「企むなどとは物騒な。惣一郎殿は拙僧が何を企んでいるとお疑いですか」

「そりゃあ……」

 言いかけて惣一郎は口を噤んだ。

「どうなさいました?  はっきりと仰ってくださいな」

 文句を思い描いた風情だったのに、惣一郎はそれ以上は口にしなかった。

 居心が悪そうに深如から逸らした目元が、ちょっと赤くなっている。

 深如は何を企んでいると考えたのだろう。悠耶も気になる。

「手前が、お悠耶を口説くかと」

「ほほう、それだけですか?  随分、言い淀んでいらっしゃっいましたが」

「そうだよ。そんなのは、この間もしていただろ。企むほどとは言えないや」

 悠耶は惣一郎が口を開くのを待っていた。

 なのに、期待したほどの企みでなくて、がっかりだ。
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