お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら

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浅草の恋敵

11話

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 惣一郎は手慣れた様子で、幼女の誘いに動揺もせず身を屈めた。

 人差し指を唇にあてて、微笑む。

「内緒の用事なんだ。ごめんな」
 
 耳打ちするように、けれど、その場にいる全員――悠耶が改めて数えると五人いた。

 五人全員にしっかり届く絶妙な声音で、惣一郎は囁いた。

「今度、店におっ母さんと来てくれよ。茶を用意して待ってるから」
 
 きゃぁーっと、悲鳴を上げて、お年頃の二人が長屋へ駆け戻って行った。
 
 多江は頬を紅色に染めて、満足そうに頷く。

 多江の母は膝下に多江を抱き寄せ、頭を撫でた。

 十兵衛さんの奥さんは口元を袖で覆う仕草をしている。

 だが、瞳はきらきらと輝いて楽しそうだ。
 
 見慣れた光景だが、惣一郎その声はどこから出しているのだろうと、いつも疑問に思う。

 悠耶は黙って惣一郎を見守った。

 惣一郎が女子に関心が薄いのは、本所界隈で有名な話だ。けれど皆、惣一郎との会話を楽しんでいる。

 程よく低く、さっぱりしているのにどこかに甘さを含んだ声。

 甘さを含んだ声が聞きたくて、笑顔を向けられたくて皆が声を掛けている。

「さっ、行こうぜ」

 何事もなかったかのように、惣一郎は立ち上がった。
 
 こんな姿には、心底、感心してしまう。誰にも分け隔てなく接して、断ってさえ人を喜ばせている。

 商魂逞しいというか、商人が板についているというか……。風介とは一味違う頼もしさだ。

「格好いいな、惣一郎は!」

 多江に手を振る惣一郎の横に並んで、悠耶は素直に力一杯、褒めた。

「でかい声で何だよ。恥ずかしいだろう」
 
 惣一郎は一緒に歩き始めながら、頭を掻く。

「おいら、お父っつあんに仕事を教わるつもりだけどさ、惣一郎にも教えて欲しいなあ! 惣一郎はお父っつあんに教わったの?」

「そういう意味かよ……」

 にやけた惣一郎は一変、つまらなさそうに息を吐いた。

 だが、問いには、きちんと答えてくれた。

 物心ついた時から、見様見真似で商売の手伝いをし始めた経緯や、初めて父に仕入れに連れて行ってもらった時の話。

 お客の顔や名前を覚えるのは得意だという話。

 悠耶は手習いが苦手だけれど、口入れ屋にはさほど重要な能力ではないから大丈夫だと強がる。

 すると、商人にも筆の手がどのように役立つのか丁寧に説明してくれた。

 熱心に語っているかと思えば、鳥越橋に差し掛かったところで、惣一郎は急に足並みを落とした。

 所為なく、あちこちを見回しながら、落ち着きをなくす。

「惣一郎、どうしたの? きょろきょろして。あっ、小便だろ。この辺には厠はないぞ。もう少し先に行かなくちゃ」
 
 つい自分に照らし合わせて考えてしまう。

 建物のない場所できょろきょろするのは、想像外にもよおした時だ。

 聞いても惣一郎は、うんともすんとも返事をしない。

 悠耶の想像は外れたかもしれないが、あまり橋の上に留まっては他の人に迷惑だ。
 
 幅の広い両国橋ならともかく、鳥越橋は幅員もない。
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