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浅草の恋敵

6話

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 明朝、急遽、浅草へ行くと惣一郎は決めた。

 そのためには、どうしても片付けておきたい用事がある。

 だから真っ直ぐに三河屋へ帰るつもりだった。

 なのに、足は何故か大徳院の南大門を抜けていた。

 大徳院は弘法大師空海が開いた真言宗の寺院である。三河家は檀家ではない。

 だが、近所なので何度か参拝に来ている。

 境内は先ほど八ツ刻(午後二時半)の鐘が鳴ってしばらく経つからか、旅装束の参拝客が二組いるだけだ。

 今日も参拝に来たかの体で、金堂をお参りをしつつ、辺りを探る。

 草取りをしている小僧を二人、見かけた。

 だが、どちらが円来か定かでない。

 名を覚えるほど、目立つ小僧などいなかったと記憶しているが……。

 ひょっとしたら奥にいるのかもしれない。

 お参りが終わっても、このままで帰れない。他人目を避けて、そっと木陰に身を潜めた。

 直接、小僧に声を掛ければ簡単だ。

 だが、名を尋ねた言い訳を考えておかなければならない。

 この辺りで惣一郎を知らぬ者は、あまりいない。

 下手を打てば惣一郎の行動はあっという間に周囲に知れ渡る。

 悠耶の想い人がまさかこんな身近にいるなんて。もしや本所へ越して来た一因なのか。

 惣一郎が草陰で悶々としていると、すぐ側を草履が通り過ぎて行った。

 先刻、見掛けたのとは違う小僧だ。

 後ろ姿を目で追って、惣一郎は推量した。

 丸い後頭部に、弾力のありそうな背中と尻。

 悠耶の挙げた特徴に、ぴったり当てはまる。

(あいつに違いねえ……!)

 箒を持って行き過ぎようとする小僧の顔が、残念ながら見えない。
  
 このままみすみす絶好の機会を逃してはならない。

 惣一郎は咄嗟に小僧の足元へ小石を放った。
  

 カツッ
  

 とぶつかった石同士が軽く跳ね、小僧は何気なく振り返った。
  
 だが周囲の様子に変わった所がないので、再び歩き出す。

(あいつだ。あいつがきっと、円来……)

 惣一郎は目算通り、小僧の顔をしかと見て堅く信じた。

 あの小僧が悠耶の想う円来だ、と。

 小僧をしていて、よくここまで肥えたと讃えたくなるほど丸くはち切れそうな頰、瞳も肉に囲まれて、眉の下に横線が引かれるような細さだ。

 あれが円来に違いない。

 でも、疑問が残る。一生ずっと寡婦を通すほど、良い男だろうか。

 惣一郎は腑に落ちなかった。

 気に入らないのは別として、どう見たって今の小僧より深如のほうが格上だ。

 深如のような腹黒い気配がなく、無害そうではある。

 だが、男好みの惣一郎でさえ、円来と思しき小僧の容姿には食指が動かない。

 悠耶の好みは、あんな男なのか……

 複雑な胸中を抱えつつ、惣一郎は立ち上がって膝の汚れを払った。

 円来の容姿にほっとしたところで、何も解決していない。

 だが、ともかく一つ気が済んだので、早々に大徳院を引き上げた。

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