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浅草の恋敵
6話
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2
明朝、急遽、浅草へ行くと惣一郎は決めた。
そのためには、どうしても片付けておきたい用事がある。
だから真っ直ぐに三河屋へ帰るつもりだった。
なのに、足は何故か大徳院の南大門を抜けていた。
大徳院は弘法大師空海が開いた真言宗の寺院である。三河家は檀家ではない。
だが、近所なので何度か参拝に来ている。
境内は先ほど八ツ刻(午後二時半)の鐘が鳴ってしばらく経つからか、旅装束の参拝客が二組いるだけだ。
今日も参拝に来たかの体で、金堂をお参りをしつつ、辺りを探る。
草取りをしている小僧を二人、見かけた。
だが、どちらが円来か定かでない。
名を覚えるほど、目立つ小僧などいなかったと記憶しているが……。
ひょっとしたら奥にいるのかもしれない。
お参りが終わっても、このままで帰れない。他人目を避けて、そっと木陰に身を潜めた。
直接、小僧に声を掛ければ簡単だ。
だが、名を尋ねた言い訳を考えておかなければならない。
この辺りで惣一郎を知らぬ者は、あまりいない。
下手を打てば惣一郎の行動はあっという間に周囲に知れ渡る。
悠耶の想い人がまさかこんな身近にいるなんて。もしや本所へ越して来た一因なのか。
惣一郎が草陰で悶々としていると、すぐ側を草履が通り過ぎて行った。
先刻、見掛けたのとは違う小僧だ。
後ろ姿を目で追って、惣一郎は推量した。
丸い後頭部に、弾力のありそうな背中と尻。
悠耶の挙げた特徴に、ぴったり当てはまる。
(あいつに違いねえ……!)
箒を持って行き過ぎようとする小僧の顔が、残念ながら見えない。
このままみすみす絶好の機会を逃してはならない。
惣一郎は咄嗟に小僧の足元へ小石を放った。
カツッ
とぶつかった石同士が軽く跳ね、小僧は何気なく振り返った。
だが周囲の様子に変わった所がないので、再び歩き出す。
(あいつだ。あいつがきっと、円来……)
惣一郎は目算通り、小僧の顔をしかと見て堅く信じた。
あの小僧が悠耶の想う円来だ、と。
小僧をしていて、よくここまで肥えたと讃えたくなるほど丸くはち切れそうな頰、瞳も肉に囲まれて、眉の下に横線が引かれるような細さだ。
あれが円来に違いない。
でも、疑問が残る。一生ずっと寡婦を通すほど、良い男だろうか。
惣一郎は腑に落ちなかった。
気に入らないのは別として、どう見たって今の小僧より深如のほうが格上だ。
深如のような腹黒い気配がなく、無害そうではある。
だが、男好みの惣一郎でさえ、円来と思しき小僧の容姿には食指が動かない。
悠耶の好みは、あんな男なのか……
複雑な胸中を抱えつつ、惣一郎は立ち上がって膝の汚れを払った。
円来の容姿にほっとしたところで、何も解決していない。
だが、ともかく一つ気が済んだので、早々に大徳院を引き上げた。
明朝、急遽、浅草へ行くと惣一郎は決めた。
そのためには、どうしても片付けておきたい用事がある。
だから真っ直ぐに三河屋へ帰るつもりだった。
なのに、足は何故か大徳院の南大門を抜けていた。
大徳院は弘法大師空海が開いた真言宗の寺院である。三河家は檀家ではない。
だが、近所なので何度か参拝に来ている。
境内は先ほど八ツ刻(午後二時半)の鐘が鳴ってしばらく経つからか、旅装束の参拝客が二組いるだけだ。
今日も参拝に来たかの体で、金堂をお参りをしつつ、辺りを探る。
草取りをしている小僧を二人、見かけた。
だが、どちらが円来か定かでない。
名を覚えるほど、目立つ小僧などいなかったと記憶しているが……。
ひょっとしたら奥にいるのかもしれない。
お参りが終わっても、このままで帰れない。他人目を避けて、そっと木陰に身を潜めた。
直接、小僧に声を掛ければ簡単だ。
だが、名を尋ねた言い訳を考えておかなければならない。
この辺りで惣一郎を知らぬ者は、あまりいない。
下手を打てば惣一郎の行動はあっという間に周囲に知れ渡る。
悠耶の想い人がまさかこんな身近にいるなんて。もしや本所へ越して来た一因なのか。
惣一郎が草陰で悶々としていると、すぐ側を草履が通り過ぎて行った。
先刻、見掛けたのとは違う小僧だ。
後ろ姿を目で追って、惣一郎は推量した。
丸い後頭部に、弾力のありそうな背中と尻。
悠耶の挙げた特徴に、ぴったり当てはまる。
(あいつに違いねえ……!)
箒を持って行き過ぎようとする小僧の顔が、残念ながら見えない。
このままみすみす絶好の機会を逃してはならない。
惣一郎は咄嗟に小僧の足元へ小石を放った。
カツッ
とぶつかった石同士が軽く跳ね、小僧は何気なく振り返った。
だが周囲の様子に変わった所がないので、再び歩き出す。
(あいつだ。あいつがきっと、円来……)
惣一郎は目算通り、小僧の顔をしかと見て堅く信じた。
あの小僧が悠耶の想う円来だ、と。
小僧をしていて、よくここまで肥えたと讃えたくなるほど丸くはち切れそうな頰、瞳も肉に囲まれて、眉の下に横線が引かれるような細さだ。
あれが円来に違いない。
でも、疑問が残る。一生ずっと寡婦を通すほど、良い男だろうか。
惣一郎は腑に落ちなかった。
気に入らないのは別として、どう見たって今の小僧より深如のほうが格上だ。
深如のような腹黒い気配がなく、無害そうではある。
だが、男好みの惣一郎でさえ、円来と思しき小僧の容姿には食指が動かない。
悠耶の好みは、あんな男なのか……
複雑な胸中を抱えつつ、惣一郎は立ち上がって膝の汚れを払った。
円来の容姿にほっとしたところで、何も解決していない。
だが、ともかく一つ気が済んだので、早々に大徳院を引き上げた。
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