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浅草の恋敵
5話
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「円来っての。大徳院の……」
「大徳院て、うちのすぐ側だ! そんなに近くにいるのかよ! 全然気づかなかった。いったいいつから好きなんだ? どうして?」
「いつからなんて、覚えていないよ。おいらの話を、馬鹿にしないで聞いてくれて、良い奴だなあって……」
「良い奴? くそ、思い当たらねえ。どんな奴だかもっと詳しく……」
「嫌だよ、恥ずかしい! もう、この話はお終いにしてよ」
腹のむずむずが酷くなって、悠耶はぷいと顔を逸らした。
そうだ、恥ずかしい。
惣一郎に円来の話をするのが恥ずかしいのだ。どうしてだろう。
不思議に思って惣一郎に目を戻すと、惣一郎は動揺している様子だった。
悠耶が無理に話を断ち切ったので、怒っているのか。
何を考えているのか読み取れない。眼が、泳ぎだしそうになるのを堪えているような様相だ。
「えっと、ほら、これ以上話しても意味がないでしょ。どうせ円来は将来僧侶になるんだからさ」
深如の帰依する浄土真宗を除き、僧侶は肉食妻帯を禁じられている。戒律を犯せば、罪になる。
だから円来の思慕の対象は男性だ。稚児だったり、その道の専門家だったり、相手は様々だ。
悠耶を好きになる未来はない。
けれど、何となく気を惹きたくて、男の形を始めた。
男姿をしたところで、何も変わらなかったけれど、便利で気に入った。
たまに定町廻りの同心に注意を受けるけれど、誰にも迷惑は掛かっていない。
いや、養い親の風介には、ひょっとしたら迷惑を掛けているかもしれないが。
今のところ誰にも嫁ぐ気はないので、これでいい。
悠耶は取りなそうと軽口を試みた。けれど惣一郎の様子に変化がない。
「どうせ僧侶になるんだからって……、切ねえな。お悠耶がそんなに真剣に惚れてるなんて」
惣一郎は生気の抜けた口調で呟いた。
「いや、好きは好きなんだけど」
悠耶は自分がそんなに切ない想いを抱いているとは、思っていない。
しかし相変わらず、落ち着かないむずむずした心地が湧いて来るし、どう説明したら良いかわからない。
どうしたものか迷っているうちに、 惣一郎は、地を這っていた蛇の妖を踏みつけ、面識のある蕨乃さえすり抜けて、黙って歩いた。
〝妖怪を踏みつけそうになったら教えて欲しい〟と頼まれていた。
なのに、言うべきかどうか迷っているうちに、次から次に踏んづけて進んで行く。
長屋も両国橋から大して離れていないので、あっという間に長屋の木戸まで辿り着いた。
「じゃあまた、明日な」
「う? うん。明日、惣一郎も来てくれるの?」
「決まってるだろ。深如の所に行くんだから」
惣一郎の言葉の意味が分からず、悠耶は眉をひそめた。問いの答えになっていない。
声には抑揚もない。
正気なのか判らないまま、惣一郎は悠耶の怪訝な様子に構わず帰って行った。
どうしちゃったのだろう。
今日の惣一郎は、やっぱり変だ。
悠耶は木戸の入口でしばらく、去りゆく惣一郎の後ろ姿を見送った。
だが、すぐに井戸端から桶をひっくり返した音が聞こえて来て、あっという間に悠耶の注意は散って消えた。
「大徳院て、うちのすぐ側だ! そんなに近くにいるのかよ! 全然気づかなかった。いったいいつから好きなんだ? どうして?」
「いつからなんて、覚えていないよ。おいらの話を、馬鹿にしないで聞いてくれて、良い奴だなあって……」
「良い奴? くそ、思い当たらねえ。どんな奴だかもっと詳しく……」
「嫌だよ、恥ずかしい! もう、この話はお終いにしてよ」
腹のむずむずが酷くなって、悠耶はぷいと顔を逸らした。
そうだ、恥ずかしい。
惣一郎に円来の話をするのが恥ずかしいのだ。どうしてだろう。
不思議に思って惣一郎に目を戻すと、惣一郎は動揺している様子だった。
悠耶が無理に話を断ち切ったので、怒っているのか。
何を考えているのか読み取れない。眼が、泳ぎだしそうになるのを堪えているような様相だ。
「えっと、ほら、これ以上話しても意味がないでしょ。どうせ円来は将来僧侶になるんだからさ」
深如の帰依する浄土真宗を除き、僧侶は肉食妻帯を禁じられている。戒律を犯せば、罪になる。
だから円来の思慕の対象は男性だ。稚児だったり、その道の専門家だったり、相手は様々だ。
悠耶を好きになる未来はない。
けれど、何となく気を惹きたくて、男の形を始めた。
男姿をしたところで、何も変わらなかったけれど、便利で気に入った。
たまに定町廻りの同心に注意を受けるけれど、誰にも迷惑は掛かっていない。
いや、養い親の風介には、ひょっとしたら迷惑を掛けているかもしれないが。
今のところ誰にも嫁ぐ気はないので、これでいい。
悠耶は取りなそうと軽口を試みた。けれど惣一郎の様子に変化がない。
「どうせ僧侶になるんだからって……、切ねえな。お悠耶がそんなに真剣に惚れてるなんて」
惣一郎は生気の抜けた口調で呟いた。
「いや、好きは好きなんだけど」
悠耶は自分がそんなに切ない想いを抱いているとは、思っていない。
しかし相変わらず、落ち着かないむずむずした心地が湧いて来るし、どう説明したら良いかわからない。
どうしたものか迷っているうちに、 惣一郎は、地を這っていた蛇の妖を踏みつけ、面識のある蕨乃さえすり抜けて、黙って歩いた。
〝妖怪を踏みつけそうになったら教えて欲しい〟と頼まれていた。
なのに、言うべきかどうか迷っているうちに、次から次に踏んづけて進んで行く。
長屋も両国橋から大して離れていないので、あっという間に長屋の木戸まで辿り着いた。
「じゃあまた、明日な」
「う? うん。明日、惣一郎も来てくれるの?」
「決まってるだろ。深如の所に行くんだから」
惣一郎の言葉の意味が分からず、悠耶は眉をひそめた。問いの答えになっていない。
声には抑揚もない。
正気なのか判らないまま、惣一郎は悠耶の怪訝な様子に構わず帰って行った。
どうしちゃったのだろう。
今日の惣一郎は、やっぱり変だ。
悠耶は木戸の入口でしばらく、去りゆく惣一郎の後ろ姿を見送った。
だが、すぐに井戸端から桶をひっくり返した音が聞こえて来て、あっという間に悠耶の注意は散って消えた。
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