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浅草の恋敵
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惣一郎が、箸を転がしたのに拾う素振りを見せないので、悠耶は代わりに箸を拾った。
見上げると惣一郎は黙ったまま、険しい目つきで深如と向かい合っている。
普段は人当たりの良い惣一郎にしては珍しい。
「失礼ですが、どちら様で?」
急に立ち上がった惣一郎に、真如は怪訝な目を向ける。
「ああ、この人は惣一郎……三河屋の」
「俺は相生町の三河惣一郎だ。お前さんこそ、どこのどなただい」
悠耶の辿々しい紹介を遮って、惣一郎が名乗った。
どうしたのだろう。惣一郎と深如は初対面のようなのに。何故惣一郎はこんなに苛だたし気なのか。
「拙僧は浅草本願寺の深如と申します」
深如は深々と頭を下げる。
「老婆心ながら申し上げます。女性の話を遮るのは、いささか無粋ではありませんか」
「そりゃあお前さんが、坊主のくせに物騒な言葉を使うからさ」
「物騒とは何のことです」
「お悠耶に妻になれと言っただろう。だが、そうか。本願寺の坊さんか」
二人は旧知の仲のように、悠耶を横に会話を続けた。
でもその割には、惣一郎は眉をへの字に顰め、渋い顔をしている。
悠耶の知っている惣一郎は、江戸っ子らしい気っ風の良さと、反面、話し易い柔和さを併せ持っている。
だから人に好まれる商売上手なのだが、こんな顔を見るのは初めてかもしれない。
この間の拐かしの犯人相手にも、していたか?
どうして、今ここで見せるのだろう。
「そのお話でしたか。ご存知の通り、我が浄土真宗では妻帯は禁じられておりません。ですので拙僧は、ぜひお悠耶を妻にと望んでいるのです。ねえ、お悠耶」
惣一郎は何か言いたげに口元を動かしたので悠耶は見守った。
自分が何か言いかけて、また惣一郎が無粋だと言われても困る。
惣一郎は無粋じゃない。
けれど、しばらく待っても、それ以上は口にしない。
なので、悠耶が返事をする。
「そうなの。深如はおいらを妻にしたいんだって。困るよねえ」
「困る道理などないでしょう。お悠耶は十一歳、もう、いつ嫁入りしてもおかしい年齢ではありませんよ。他の者に取られる前に拙僧のところへ来て欲しいと言っているだけです」
深如はちらりと惣一郎を見て、また悠耶へ目を戻す。
「誰も取るはずがないよ。おいらはこの通りだもの」
悠耶は右手を広げて、自分の姿を示した。
「そうとも限りませんよ。お悠耶はご自分をわかっておられぬ。では拙僧の元へ来てくれますか」
「前から言っているだろ? おいらは嫁には行かないの。お父っつあんの仕事を教わって、一人で暮らすんだ」
「えっ!? なんでだよ?」
驚いたのは、深如ではなく事情を知らない惣一郎だった。
「おいらにはさ、好いた坊さんがいるんだ。でも、そいつは深如と違って普通の坊さんだから、祝言は無理なんだ」
さらりと告げた後、少し恥ずかしい気がして、悠耶は惣一郎から目を離した。
照れ隠しに再び丼を抱える。残っていた飯を頬張った。
残り少なくなっていた上にお喋りに時を取られたため、米が固くなりかけている。
「待て、待て。どう言うこった、そいつは初耳だぜ」
「聞いての通りですよ。お悠耶は好きな僧侶がいるから嫁に行かないと言うのです。残念でした」
「何を 他人事みたいな言い方してやがる。残念なのは、お前だろうが」
「惣一郎殿に言ったのです。残念でしょう? お悠耶を好きなのだったら」
悠耶は丼の底に張り付いた最後の米一粒を、やっとこそげ取って口に入れた。
満足して、頭上で言葉を交わす二人を見上げた。
見上げると惣一郎は黙ったまま、険しい目つきで深如と向かい合っている。
普段は人当たりの良い惣一郎にしては珍しい。
「失礼ですが、どちら様で?」
急に立ち上がった惣一郎に、真如は怪訝な目を向ける。
「ああ、この人は惣一郎……三河屋の」
「俺は相生町の三河惣一郎だ。お前さんこそ、どこのどなただい」
悠耶の辿々しい紹介を遮って、惣一郎が名乗った。
どうしたのだろう。惣一郎と深如は初対面のようなのに。何故惣一郎はこんなに苛だたし気なのか。
「拙僧は浅草本願寺の深如と申します」
深如は深々と頭を下げる。
「老婆心ながら申し上げます。女性の話を遮るのは、いささか無粋ではありませんか」
「そりゃあお前さんが、坊主のくせに物騒な言葉を使うからさ」
「物騒とは何のことです」
「お悠耶に妻になれと言っただろう。だが、そうか。本願寺の坊さんか」
二人は旧知の仲のように、悠耶を横に会話を続けた。
でもその割には、惣一郎は眉をへの字に顰め、渋い顔をしている。
悠耶の知っている惣一郎は、江戸っ子らしい気っ風の良さと、反面、話し易い柔和さを併せ持っている。
だから人に好まれる商売上手なのだが、こんな顔を見るのは初めてかもしれない。
この間の拐かしの犯人相手にも、していたか?
どうして、今ここで見せるのだろう。
「そのお話でしたか。ご存知の通り、我が浄土真宗では妻帯は禁じられておりません。ですので拙僧は、ぜひお悠耶を妻にと望んでいるのです。ねえ、お悠耶」
惣一郎は何か言いたげに口元を動かしたので悠耶は見守った。
自分が何か言いかけて、また惣一郎が無粋だと言われても困る。
惣一郎は無粋じゃない。
けれど、しばらく待っても、それ以上は口にしない。
なので、悠耶が返事をする。
「そうなの。深如はおいらを妻にしたいんだって。困るよねえ」
「困る道理などないでしょう。お悠耶は十一歳、もう、いつ嫁入りしてもおかしい年齢ではありませんよ。他の者に取られる前に拙僧のところへ来て欲しいと言っているだけです」
深如はちらりと惣一郎を見て、また悠耶へ目を戻す。
「誰も取るはずがないよ。おいらはこの通りだもの」
悠耶は右手を広げて、自分の姿を示した。
「そうとも限りませんよ。お悠耶はご自分をわかっておられぬ。では拙僧の元へ来てくれますか」
「前から言っているだろ? おいらは嫁には行かないの。お父っつあんの仕事を教わって、一人で暮らすんだ」
「えっ!? なんでだよ?」
驚いたのは、深如ではなく事情を知らない惣一郎だった。
「おいらにはさ、好いた坊さんがいるんだ。でも、そいつは深如と違って普通の坊さんだから、祝言は無理なんだ」
さらりと告げた後、少し恥ずかしい気がして、悠耶は惣一郎から目を離した。
照れ隠しに再び丼を抱える。残っていた飯を頬張った。
残り少なくなっていた上にお喋りに時を取られたため、米が固くなりかけている。
「待て、待て。どう言うこった、そいつは初耳だぜ」
「聞いての通りですよ。お悠耶は好きな僧侶がいるから嫁に行かないと言うのです。残念でした」
「何を 他人事みたいな言い方してやがる。残念なのは、お前だろうが」
「惣一郎殿に言ったのです。残念でしょう? お悠耶を好きなのだったら」
悠耶は丼の底に張り付いた最後の米一粒を、やっとこそげ取って口に入れた。
満足して、頭上で言葉を交わす二人を見上げた。
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