28 / 65
古着屋に妖怪現る
14話
しおりを挟む
逡巡したが、やはり口をつぐんだ。惣一郎だけで判断すべき事柄ではないし、やはり少し恥ずかしい。
「お悠耶はまだ寺子屋だね? ちょいと借りてもいいかい。聞いてるかもしれないが、この間夕飯に招待し損ねちまったんだ」
風介は一も二もなく了承した。
惣一郎は軽く会釈して、長屋を後にする。
井戸端で会議を開くご婦人たちにも機嫌よく挨拶をして、木戸を出た。
時刻には余裕を持っているが、せっかく迎えに行くのだから、行き違いにならないよう真っ直ぐ寺子屋へ向かう。
堅川通りを元来た方へ戻る。
松坂町の小間物屋の脇で、寺子屋から出てくる悠耶を待つ事にした。
長屋で待っていても良かったのだが、長屋にいたら周辺住民がちらちら覗き見するので落ち着かない。
寺子屋から出てくるところを捕まえるのが手っ取り早い。
……が、ここはここで、割と大勢の知り合いが通るので、思いの外やりにくい。
ここへ辿り着いてから既に三人と挨拶を交わしている。
「若旦那、最近、調子はいかがです?」
「ここのところ見かけなかったけど、どうしてたの?」
「やっぱり三河屋は惣ちゃんがいないと華がなくていけないね」
嬉しい言葉ばかりだった。
だが、あまり目立ちたくない。
寺子屋から、ぱらぱらと退室する子供たちが現れ、五人出てきたところで悠耶が勢い良く飛び出して来た。
「お悠耶! 待てよ」
「惣一郎! 元気になったんだねえ。良かった!」
この間の今日だから、悠耶が気を悪くしていないか憂慮していた。
何と声を掛けようか迷っていた。
なのに、飛び出して来るものだから咄嗟にいつもの口調になった。
単なる杞憂だったようだ。特に餓鬼の件で根に持っている気配はない。
「ああ、お陰様でな。それよか昼飯を食いに行こうぜ。風介さんには断って来たから大丈夫だよ」
「飯っ? 何を食わしてくれるの?」
大好きな単語に応答して、悠耶の目がパッと輝いた。足を止め、惣一郎を振り仰いだ。
「山田屋はどうだよ? すぐそこの山田屋を知ってるか?」
「山田屋!? 知ってるよ! 鰻のお店だ!」
弾んだ声を、行き先の了承と受け取る。
自然と爪先が山田屋へ向いた。
鼻歌混じりに松坂町に向かい、四辻を曲がる悠耶の足取りは軽かった。
寺子屋から《山田屋》は目と鼻の先だ。
「こっちへ来るとさ、いつもお店からいい匂いがするんだよ~」
でへっ、と好相を崩して悠耶は惣一郎を見た。良かった、かなりお気に召したようだ。
《山田屋》は大きなお店ではない。深川の有名店には負ける。
だが、山田屋も、規模は小さいながら江戸前の美味い鰻を出す。本所界隈では中々評判の店だ。
角を曲がると暖簾の並ぶ横町が続く。
昼時なのであちこちの料理屋から美味そうな香りが漂う。
右は手前から茶漬け屋、豆腐屋、茶屋、左手は鳥屋、定食屋、鰻屋が建ち並ぶ。
客の出入りも頻繁だ。
紺色の暖簾のうちの一つを潜って、二人は店内へ入った。
「いらっしゃいませー」
山田屋の小柄な店主が景気の良い声を投げ掛ける。
張りのある声は店選びの重要な指標だ。
料理の上手い下手も大事だが、惣一郎は商売人の息子だから験を担ぐ。
佇まいの悪い店へはできるだけ近づかない。
店は小さいながらも繁盛していて、四つに区切られた座敷のうち、三つは既に先客で埋まっていた。
右奥の空いている座敷に上がり、鰻丼を二杯、注文する。
「お悠耶はまだ寺子屋だね? ちょいと借りてもいいかい。聞いてるかもしれないが、この間夕飯に招待し損ねちまったんだ」
風介は一も二もなく了承した。
惣一郎は軽く会釈して、長屋を後にする。
井戸端で会議を開くご婦人たちにも機嫌よく挨拶をして、木戸を出た。
時刻には余裕を持っているが、せっかく迎えに行くのだから、行き違いにならないよう真っ直ぐ寺子屋へ向かう。
堅川通りを元来た方へ戻る。
松坂町の小間物屋の脇で、寺子屋から出てくる悠耶を待つ事にした。
長屋で待っていても良かったのだが、長屋にいたら周辺住民がちらちら覗き見するので落ち着かない。
寺子屋から出てくるところを捕まえるのが手っ取り早い。
……が、ここはここで、割と大勢の知り合いが通るので、思いの外やりにくい。
ここへ辿り着いてから既に三人と挨拶を交わしている。
「若旦那、最近、調子はいかがです?」
「ここのところ見かけなかったけど、どうしてたの?」
「やっぱり三河屋は惣ちゃんがいないと華がなくていけないね」
嬉しい言葉ばかりだった。
だが、あまり目立ちたくない。
寺子屋から、ぱらぱらと退室する子供たちが現れ、五人出てきたところで悠耶が勢い良く飛び出して来た。
「お悠耶! 待てよ」
「惣一郎! 元気になったんだねえ。良かった!」
この間の今日だから、悠耶が気を悪くしていないか憂慮していた。
何と声を掛けようか迷っていた。
なのに、飛び出して来るものだから咄嗟にいつもの口調になった。
単なる杞憂だったようだ。特に餓鬼の件で根に持っている気配はない。
「ああ、お陰様でな。それよか昼飯を食いに行こうぜ。風介さんには断って来たから大丈夫だよ」
「飯っ? 何を食わしてくれるの?」
大好きな単語に応答して、悠耶の目がパッと輝いた。足を止め、惣一郎を振り仰いだ。
「山田屋はどうだよ? すぐそこの山田屋を知ってるか?」
「山田屋!? 知ってるよ! 鰻のお店だ!」
弾んだ声を、行き先の了承と受け取る。
自然と爪先が山田屋へ向いた。
鼻歌混じりに松坂町に向かい、四辻を曲がる悠耶の足取りは軽かった。
寺子屋から《山田屋》は目と鼻の先だ。
「こっちへ来るとさ、いつもお店からいい匂いがするんだよ~」
でへっ、と好相を崩して悠耶は惣一郎を見た。良かった、かなりお気に召したようだ。
《山田屋》は大きなお店ではない。深川の有名店には負ける。
だが、山田屋も、規模は小さいながら江戸前の美味い鰻を出す。本所界隈では中々評判の店だ。
角を曲がると暖簾の並ぶ横町が続く。
昼時なのであちこちの料理屋から美味そうな香りが漂う。
右は手前から茶漬け屋、豆腐屋、茶屋、左手は鳥屋、定食屋、鰻屋が建ち並ぶ。
客の出入りも頻繁だ。
紺色の暖簾のうちの一つを潜って、二人は店内へ入った。
「いらっしゃいませー」
山田屋の小柄な店主が景気の良い声を投げ掛ける。
張りのある声は店選びの重要な指標だ。
料理の上手い下手も大事だが、惣一郎は商売人の息子だから験を担ぐ。
佇まいの悪い店へはできるだけ近づかない。
店は小さいながらも繁盛していて、四つに区切られた座敷のうち、三つは既に先客で埋まっていた。
右奥の空いている座敷に上がり、鰻丼を二杯、注文する。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪気眼侍
橋本洋一
歴史・時代
時は太平、場所は大江戸。旗本の次男坊、桐野政明は『邪気眼侍』と呼ばれる、常人には理解できない設定を持つ奇人にして、自らの設定に忠実なキワモノである。
或る時は火の見櫓に上って意味深に呟いては降りられなくなり、また或る時は得体の知れない怪しげな品々を集めたり、そして時折発作を起こして周囲に迷惑をかける。
そんな彼は相棒の弥助と一緒に、江戸の街で起きる奇妙な事件を解決していく。女房が猫に取り憑かれたり、行方不明の少女を探したり、歌舞伎役者の悩みを解決したりして――
やがて桐野は、一連の事件の背景に存在する『白衣の僧侶』に気がつく。そいつは人を狂わす悪意の塊だった。言い知れぬ不安を抱えつつも、邪気眼侍は今日も大江戸八百八町を駆け巡る。――我が邪気眼はすべてを見通す!
中二病×時代劇!新感覚の時代小説がここに開幕!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~
裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。
彼女は気ままに江戸を探索。
なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う?
将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。
忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。
いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。
※※
将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。
その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。
日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。
面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。
天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に?
周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決?
次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。
くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。
そんなお話です。
一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。
エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。
ミステリー成分は薄めにしております。
作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
伊勢山田奉行所物語
克全
歴史・時代
「第9回歴史・時代小説大賞」参加作、伊勢山田奉行所の見習支配組頭(御船手組頭)と伊勢講の御師宿檜垣屋の娘を中心にした様々な物語。時に人情、時に恋愛、時に捕り物を交えた物語です。山田奉行所には将軍家の御座船に匹敵するような大型関船2隻を含み7隻の艦隊がありました。
精成忍夢
地辻夜行
歴史・時代
(せいなるにんむ)
一夜衆。
とある小国に仕える情報を扱うことに長けた忍びの一族。
他者を魅了する美貌を最大の武器とする彼らは、ある日仕える空倉家より、女を生娘のまま懐妊させた男を捕えよと命じられる。
一夜衆の頭である一夜幻之丞は、息子で相手の夢の中に入りこむという摩訶不思議な忍術を使う息子一夜千之助に、この任務を任せる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる