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古着屋に妖怪現る
12話
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誰も、うんともすんとも言わないので、惣一郎は息を吐いた。
寛太も変わらず動かないので、仕方なく自分が悠耶の元へ歩み寄る。
悠耶に近づき、触れても何も恐れる必要はないと示さなくては。
歩みといっても、へたり込んだ姿勢のまま這って行ったので、多少は時が掛かる。
だが、こんな事件で悠耶への誤解が生まれては堪らない。
幸の側へ膝をつき、手をつきながら、幸の上体を抱き起こす。
ずきずきと関節が痛んだが、痩せ我慢で持ち上げる。
ここで格好つけずに、いつ格好つけるのか。
幸の背中が持ち上がると、悠耶は素早く幸の下から這い出した。
「はー、助かったよ、惣一郎。怪我してるのに、ありがとう」
「ありがとうは、こっちの台詞だ。悪いな、嫌な思いさせて」
「ううん。おいら、気にしていないよ。でもね、おいらがやったんじゃないよ。お幸さんは惣一郎が好きだけど、言えないのが辛くて、餓鬼が取り憑いちまったんだ」
好きだけど言えないから、餓鬼が取り憑いた?
言葉を一度、聞いただけで得心は、できなかった。
しかし今は、ともかく精一杯わかっている風情で頷く。
「惣一郎に断られたから、お幸さんの気が済んだんだ。餓鬼はさ、満たされないものに引き寄せられるんだって」
惣一郎は悠耶の無実を信じている。色々な妖怪が見えるのだから、色々な妖怪を知っていて、当然だ。
きっと、こんな思いをするのは、悠耶は初めてじゃない。惣一郎は推量した。
悠耶は、知ってて知らないふりもできた。けれど、声を掛けろと教えてくれたのは悠耶が優しいからだろう。
何て成り行きだ。俺の家で悠耶に、こんな思いをさせるとは。
「でももう大丈夫。少しすれば起きるよ。じゃあ、おいら、もう行くね」
「えっ、晩飯を食っていく約束だろう?」
「ご飯はだいぶ食われちまったし、お客さんを呼んでる気分じゃないだろう? 女将さんには、ごめんなさいって伝えておいて」
動きの鈍い惣一郎の横を、悠耶はさっとすり抜けた。
誰も止める者がない。
だから、あっという間に、台所の出入り口へ辿り着く。
「待てよ……!」
悠耶は、にこにこっと、人懐こく笑みを見せる。
軽く手を振り出て行ってしまった。
気遣いとは無縁の悠耶が気を遣った。
先ほど惣一郎の部屋で聞いた話が思い出される。
〝面倒くさいから、妖怪の話をするのをやめた〟
あれは本当に、ただ面倒くさいから話をするのをやめただけなのだろうか。
誤解は、すぐに解いてみせる。
いくらお悠耶が呑気者とはいえ、毎度こんな目で見られたら堪らないだろう。
と言うよりは、だからこそ、呑気になったのか。
知らぬが仏、と思っていたのに。
(これじゃあ、どうして。知ってる奴のほうが、よっぽど仏だ)
見えるのも楽じゃねえなあ。
惣一郎は新たな嘆息を堪えて、自らの頬を叩いた。
「じゃあ、とにかく片付けだ! 夕飯の支度をしないとな」
悠耶を庇いきれなくて悔しい。
己の非力を嘆くより、早く一人前にならねばと、惣一郎は気合を入れた。
でも悔しいので、できるだけ顰めっ面を作る。
皆がそれぞれの仕事に戻り始めると、寛太が何事もなかったかのような様相で側へ来た。
それは子供っぽく突っぱねる。
親切心からでも、裏切った者の手は借りまい。
「まあ! えらい剣幕じゃないか。ちょっとの間にいったい何があったの!?」
寛太の手助けを断ったものの、全てが牛並みなので惣一郎が通り庭を抜ける前に、菊が戻って来た。
台所の有様を見て驚きの声を上げる。
寛太も変わらず動かないので、仕方なく自分が悠耶の元へ歩み寄る。
悠耶に近づき、触れても何も恐れる必要はないと示さなくては。
歩みといっても、へたり込んだ姿勢のまま這って行ったので、多少は時が掛かる。
だが、こんな事件で悠耶への誤解が生まれては堪らない。
幸の側へ膝をつき、手をつきながら、幸の上体を抱き起こす。
ずきずきと関節が痛んだが、痩せ我慢で持ち上げる。
ここで格好つけずに、いつ格好つけるのか。
幸の背中が持ち上がると、悠耶は素早く幸の下から這い出した。
「はー、助かったよ、惣一郎。怪我してるのに、ありがとう」
「ありがとうは、こっちの台詞だ。悪いな、嫌な思いさせて」
「ううん。おいら、気にしていないよ。でもね、おいらがやったんじゃないよ。お幸さんは惣一郎が好きだけど、言えないのが辛くて、餓鬼が取り憑いちまったんだ」
好きだけど言えないから、餓鬼が取り憑いた?
言葉を一度、聞いただけで得心は、できなかった。
しかし今は、ともかく精一杯わかっている風情で頷く。
「惣一郎に断られたから、お幸さんの気が済んだんだ。餓鬼はさ、満たされないものに引き寄せられるんだって」
惣一郎は悠耶の無実を信じている。色々な妖怪が見えるのだから、色々な妖怪を知っていて、当然だ。
きっと、こんな思いをするのは、悠耶は初めてじゃない。惣一郎は推量した。
悠耶は、知ってて知らないふりもできた。けれど、声を掛けろと教えてくれたのは悠耶が優しいからだろう。
何て成り行きだ。俺の家で悠耶に、こんな思いをさせるとは。
「でももう大丈夫。少しすれば起きるよ。じゃあ、おいら、もう行くね」
「えっ、晩飯を食っていく約束だろう?」
「ご飯はだいぶ食われちまったし、お客さんを呼んでる気分じゃないだろう? 女将さんには、ごめんなさいって伝えておいて」
動きの鈍い惣一郎の横を、悠耶はさっとすり抜けた。
誰も止める者がない。
だから、あっという間に、台所の出入り口へ辿り着く。
「待てよ……!」
悠耶は、にこにこっと、人懐こく笑みを見せる。
軽く手を振り出て行ってしまった。
気遣いとは無縁の悠耶が気を遣った。
先ほど惣一郎の部屋で聞いた話が思い出される。
〝面倒くさいから、妖怪の話をするのをやめた〟
あれは本当に、ただ面倒くさいから話をするのをやめただけなのだろうか。
誤解は、すぐに解いてみせる。
いくらお悠耶が呑気者とはいえ、毎度こんな目で見られたら堪らないだろう。
と言うよりは、だからこそ、呑気になったのか。
知らぬが仏、と思っていたのに。
(これじゃあ、どうして。知ってる奴のほうが、よっぽど仏だ)
見えるのも楽じゃねえなあ。
惣一郎は新たな嘆息を堪えて、自らの頬を叩いた。
「じゃあ、とにかく片付けだ! 夕飯の支度をしないとな」
悠耶を庇いきれなくて悔しい。
己の非力を嘆くより、早く一人前にならねばと、惣一郎は気合を入れた。
でも悔しいので、できるだけ顰めっ面を作る。
皆がそれぞれの仕事に戻り始めると、寛太が何事もなかったかのような様相で側へ来た。
それは子供っぽく突っぱねる。
親切心からでも、裏切った者の手は借りまい。
「まあ! えらい剣幕じゃないか。ちょっとの間にいったい何があったの!?」
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