お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら

文字の大きさ
上 下
23 / 65
古着屋に妖怪現る

9話

しおりを挟む



 
 惣一郎がやっとこさ一階へ降りると、下女が廊下にへたり込んでいた。

「どうしたんだい、こんな所へ座り込んで」

「腰が、抜けてしまって……化、化物が」

「化物だって!?  寛太とお悠耶は、どこへ行った?」

 下女は震える声で惣一郎の問いに答えた。

 取り込んだ洗濯物で顔を覆って、お店のほうを指差す。

「店のほうだな」

「すごくお腹の大きい、変な肌色が、走ってきて……!」

 途切れ途切れに意味の通らない言葉を喋る女中を残して、惣一郎は店を目指した。

 ゆっくりしか進めなくて、もどかしい。

 女中の言葉は意味不明だが、今の惣一郎には全てが〝意味不明〟なわけではない。

 化物の言葉に思うところがある。

 店の方角から、またもや「わーっ」と悲鳴が上がる。

 駆けつけた寛太のものも含まれる模様だ。

 続けざまに漆器やら金属やらが引っくり返る音が響いた。

 惣一郎がやっとの思いで中庭を抜けると、事件現場は台所とわかった。

 台所には夕食の支度をするために女中たちが十数人集まっていた。

 台所に入ろうとすると、飛び出してきた女に当たりそうになる。

 女中を避けて、よろけながらも、惣一郎は怖々と中を覗いた。

 気が動転して戸板にかじりつく者。恐怖に慄き立ちすくむ者。

 部屋の隅に寄って身を縮めている者、縮こまっている者に躓いて転げる者。

 目を瞑り、手を合わせて念仏を唱える者までいる情態だ。

 寛太は、驚き立ちすくむ部類だった。

 悠耶はなんと呑気な有様か、壁際に置いてある梅干の入った壺を覗いている。

 呑気な姿に少しだけほっとして、惣一郎はそっと台所に足を踏み入れた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図の真ん中で、確かに釜に食らいついている肌色の大きな塊を見つけた。

「何だい、ありゃあ? 新手のこそ泥か?」

 精一杯の強がりを込めて、惣一郎は声を張った。

「あっ、惣一郎。降りて来たのかい。動いて大丈夫なの?」

 すぐに気づいて応答してくれたのは、この場で唯一人だけ余裕を保っている悠耶だった。

 これだけの騒ぎが家で起きているのに、座って待っているなんてできるはずないだろうと惣一郎は閉口した。

 やはり悠耶は只者ではない。

「若旦那、化物です。入っては駄目です……!」

 寛太はがっしりとした図体の割に、この手の話には弱いようだ。

 惣一郎の存在に気づいたものの、下半身が硬直している。

 上背だけで惣一郎を振り返った。

 声はか細く、いつもの様な力がない。

「ねえ、止めたほうがいい?  皆んなの飯がなくなっちゃう?」

 悠耶は頭の後ろで両手を組んで、尋ねてきた。

 当たり前だろうが。しかし、それよりあの物体が何物なのかわからないうちは、惣一郎としても、どうして良いか判断がつかない。

 泥棒ならば御番所に捕方を呼びに走らなければならないし、化物なら……呼ぶのは坊主か陰陽師か?

 皆が化物だと口を揃えるのだから、必要なのは坊主のほうか。

「呼ばなくていいよ。惣一郎さえいれば、丸く収まるよ」

「はあ?」

 惣一郎が突拍子もない声を上げると、寛太がすがるような目で惣一郎を見た。

 助けを求めたいのに、怪我人を頼るわけにもいかず苦しんでいる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大江戸町火消し。マトイ娘は江戸の花

ねこ沢ふたよ
歴史・時代
超絶男社会の町火消し。 私がマトイを持つ!! 江戸の町は、このあたしが守るんだ! なんか文句ある? 十五歳の少女お七は、マトイ持ちに憧れて、その世界に飛び込んだ。 ※歴史・時代小説にエントリーして頑張る予定です!! ※憧れの人に会いたくて江戸の町に火をつけた歌舞伎の八百屋お七。その情熱が違うベクトルに向かったら? そんな発想から産まれた作品です♪ ※六月にガンガン更新予定です!!

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

伊勢山田奉行所物語

克全
歴史・時代
「第9回歴史・時代小説大賞」参加作、伊勢山田奉行所の見習支配組頭(御船手組頭)と伊勢講の御師宿檜垣屋の娘を中心にした様々な物語。時に人情、時に恋愛、時に捕り物を交えた物語です。山田奉行所には将軍家の御座船に匹敵するような大型関船2隻を含み7隻の艦隊がありました。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

陰間の散花♂は大店の旦那に溺愛される【江戸風ファンタジー】

月歌(ツキウタ)
BL
江戸時代風の上方の花街に陰間茶屋がありまして。屋号は『蔦屋』。春を売る陰間たちが男客の指名を待っている。 蕾める花(11〜14歳) 盛りの花(15〜18歳) 散る花 (19〜22歳) そこにおります散花さん(琴風)は、陰間界隈では年増の22歳。陰間茶屋で最年長の琴風は、皆から『散花さん』と呼ばれるように。 引退目前の散花の元に、水揚げの話が舞い込む。相手は『桔梗屋』の若旦那。散花の姉で遊女の『菊乃』を水揚げ直前に亡くした呉服屋の旦那が、弟の散花を代わりに水揚げするという。 どうする、散花? ☆散花シリーズ 和風ファンタジーの設定のみ共通です。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...