お江戸のボクっ娘に、若旦那は内心ベタ惚れです!

きぬがやあきら

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古着屋に妖怪現る

9話

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 惣一郎がやっとこさ一階へ降りると、下女が廊下にへたり込んでいた。

「どうしたんだい、こんな所へ座り込んで」

「腰が、抜けてしまって……化、化物が」

「化物だって!?  寛太とお悠耶は、どこへ行った?」

 下女は震える声で惣一郎の問いに答えた。

 取り込んだ洗濯物で顔を覆って、お店のほうを指差す。

「店のほうだな」

「すごくお腹の大きい、変な肌色が、走ってきて……!」

 途切れ途切れに意味の通らない言葉を喋る女中を残して、惣一郎は店を目指した。

 ゆっくりしか進めなくて、もどかしい。

 女中の言葉は意味不明だが、今の惣一郎には全てが〝意味不明〟なわけではない。

 化物の言葉に思うところがある。

 店の方角から、またもや「わーっ」と悲鳴が上がる。

 駆けつけた寛太のものも含まれる模様だ。

 続けざまに漆器やら金属やらが引っくり返る音が響いた。

 惣一郎がやっとの思いで中庭を抜けると、事件現場は台所とわかった。

 台所には夕食の支度をするために女中たちが十数人集まっていた。

 台所に入ろうとすると、飛び出してきた女に当たりそうになる。

 女中を避けて、よろけながらも、惣一郎は怖々と中を覗いた。

 気が動転して戸板にかじりつく者。恐怖に慄き立ちすくむ者。

 部屋の隅に寄って身を縮めている者、縮こまっている者に躓いて転げる者。

 目を瞑り、手を合わせて念仏を唱える者までいる情態だ。

 寛太は、驚き立ちすくむ部類だった。

 悠耶はなんと呑気な有様か、壁際に置いてある梅干の入った壺を覗いている。

 呑気な姿に少しだけほっとして、惣一郎はそっと台所に足を踏み入れた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図の真ん中で、確かに釜に食らいついている肌色の大きな塊を見つけた。

「何だい、ありゃあ? 新手のこそ泥か?」

 精一杯の強がりを込めて、惣一郎は声を張った。

「あっ、惣一郎。降りて来たのかい。動いて大丈夫なの?」

 すぐに気づいて応答してくれたのは、この場で唯一人だけ余裕を保っている悠耶だった。

 これだけの騒ぎが家で起きているのに、座って待っているなんてできるはずないだろうと惣一郎は閉口した。

 やはり悠耶は只者ではない。

「若旦那、化物です。入っては駄目です……!」

 寛太はがっしりとした図体の割に、この手の話には弱いようだ。

 惣一郎の存在に気づいたものの、下半身が硬直している。

 上背だけで惣一郎を振り返った。

 声はか細く、いつもの様な力がない。

「ねえ、止めたほうがいい?  皆んなの飯がなくなっちゃう?」

 悠耶は頭の後ろで両手を組んで、尋ねてきた。

 当たり前だろうが。しかし、それよりあの物体が何物なのかわからないうちは、惣一郎としても、どうして良いか判断がつかない。

 泥棒ならば御番所に捕方を呼びに走らなければならないし、化物なら……呼ぶのは坊主か陰陽師か?

 皆が化物だと口を揃えるのだから、必要なのは坊主のほうか。

「呼ばなくていいよ。惣一郎さえいれば、丸く収まるよ」

「はあ?」

 惣一郎が突拍子もない声を上げると、寛太がすがるような目で惣一郎を見た。

 助けを求めたいのに、怪我人を頼るわけにもいかず苦しんでいる。
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