5 / 65
主人公、拐かされる
5話
しおりを挟む
見世物小屋にも、売れるとは思えない。
見世物小屋は胡散臭さ満載の珍獣や、あからさまな張りぼて、見事な軽業などが拝める場所だ。
どれを取っても悠耶の出る幕ではない。どこから、どんな噂が流れたのだろう。
(それでも、買われちまってから芸ができねえと叱られても嫌だし、とっとと帰りたいけど、この有様じゃ、すぐにって訳にはいかねえかな。それにしても腹が減って……)
手拭を再度、頭の後ろで固く結ばれて、体も荒縄で縛り上げられている状態は、快適とは言い難い。
何より、腹が減っている。
不断なら、寺子屋が終わったら、一目散に家へ帰って、茶漬けか握り飯でも掻き込んでいるはずだ。
それでも日暮れ前には腹が減るのに、正午から何刻も経っているのだから、空腹もいや増す。
それに最近は、しょっちゅう三河屋の若旦那が何かと食い物を差し入れに持ってきてくれているから、腹が贅沢に慣れてしまったのかもしれない。
そうすると今日も惣一郎はやって来ているのだろうか。お父っつあんは惣一郎の土産を取っておいてくれているだろうか。
あー、腹減った。あー、……腹減った。
腹減った以外の事柄が思い浮かばない。
「ねえ、腹が減ってしようがねえ。何か食うものおくれ」
「はあ?」
口封じの猿轡をきっちり閉め直したばかりなのに、また何事もなかったかのように話しかける悠耶を見て、若見えは驚愕した。
「ふざけてんのか! 取れないよう縛りやがれ」
「ちゃんと縛りましたよう」
一度目よりもきつく縛ったはずなのに何故こんなにもすぐ取れたのか、解せない様子でまた若見えは悠耶の後ろに回った。
「腹が減ったんだってば。それをするなら先に何か食わせて」
「お前、自分がどういう立場か、わかってんのか」
どすっと脇腹を蹴りつけられて、呻く間もなくなく悠耶は床に転がった。
蹴ったのは背後にいた若見えではなく。毛むくじゃらだった。いつの間にこちらに寄っていたのだろう。
「一々うるせえんだよ。痛い目に遭いたくなきゃあ、黙ってろ」
倒れて物を言えない悠耶に、また口封じの布がかけられる。
くそう、痛い、腹減った。悔しい。
毛むくじゃらは憎らしそうな顔で、駄目だ、とても食べ物をくれそうにない。
しかも下半身から不穏な寒気が駆け上って来て、どうにもこのままじゃいられない気配を感じ取った。
悠耶は咳き込みながら、ここを抜け出す方法を思案しなくてはと思い始めた。
でないと小便が我慢できなくなる時は近い。
見世物小屋は胡散臭さ満載の珍獣や、あからさまな張りぼて、見事な軽業などが拝める場所だ。
どれを取っても悠耶の出る幕ではない。どこから、どんな噂が流れたのだろう。
(それでも、買われちまってから芸ができねえと叱られても嫌だし、とっとと帰りたいけど、この有様じゃ、すぐにって訳にはいかねえかな。それにしても腹が減って……)
手拭を再度、頭の後ろで固く結ばれて、体も荒縄で縛り上げられている状態は、快適とは言い難い。
何より、腹が減っている。
不断なら、寺子屋が終わったら、一目散に家へ帰って、茶漬けか握り飯でも掻き込んでいるはずだ。
それでも日暮れ前には腹が減るのに、正午から何刻も経っているのだから、空腹もいや増す。
それに最近は、しょっちゅう三河屋の若旦那が何かと食い物を差し入れに持ってきてくれているから、腹が贅沢に慣れてしまったのかもしれない。
そうすると今日も惣一郎はやって来ているのだろうか。お父っつあんは惣一郎の土産を取っておいてくれているだろうか。
あー、腹減った。あー、……腹減った。
腹減った以外の事柄が思い浮かばない。
「ねえ、腹が減ってしようがねえ。何か食うものおくれ」
「はあ?」
口封じの猿轡をきっちり閉め直したばかりなのに、また何事もなかったかのように話しかける悠耶を見て、若見えは驚愕した。
「ふざけてんのか! 取れないよう縛りやがれ」
「ちゃんと縛りましたよう」
一度目よりもきつく縛ったはずなのに何故こんなにもすぐ取れたのか、解せない様子でまた若見えは悠耶の後ろに回った。
「腹が減ったんだってば。それをするなら先に何か食わせて」
「お前、自分がどういう立場か、わかってんのか」
どすっと脇腹を蹴りつけられて、呻く間もなくなく悠耶は床に転がった。
蹴ったのは背後にいた若見えではなく。毛むくじゃらだった。いつの間にこちらに寄っていたのだろう。
「一々うるせえんだよ。痛い目に遭いたくなきゃあ、黙ってろ」
倒れて物を言えない悠耶に、また口封じの布がかけられる。
くそう、痛い、腹減った。悔しい。
毛むくじゃらは憎らしそうな顔で、駄目だ、とても食べ物をくれそうにない。
しかも下半身から不穏な寒気が駆け上って来て、どうにもこのままじゃいられない気配を感じ取った。
悠耶は咳き込みながら、ここを抜け出す方法を思案しなくてはと思い始めた。
でないと小便が我慢できなくなる時は近い。
1
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

夢占
水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。
伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。
目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。
夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。
父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。
ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。
夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。
しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

【完結】ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる