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京都へ
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眩い車のヘッドライトを背に、人混みを抜けた。
深雪はようやく、ひとつひとつ思い出し始めていた。
俯き、黙々と歩いた。
向かえる場所は一つしかない。
泣ける場所を、深雪はこの付近で“そこ”しか知らなかった。
そこで二人で、この世のものと思えない美しさを目にした。
その美しさも、和貴といたから、ひときわだったに違いない。
そしてその後……
(私………)
心の底からビックリした。
あんな看板を目の前にして、一体何が起きてるのかと混乱した。
付き合いを始めてから今まで、それについて、考えたことも、考える時間もなかったが……。
手を差し出されて、つなぎたいと思った。
以前求められたキスだって……。未遂だったが、応えるのに何のためらいもなかった。でも。
(付き合うのって……。そういうことなの?)
付き合ったら、そういうことになっちゃうの? それは、どれくらい常識なんだろう?
そこまで考えられなきゃ、お付き合いなんてしてはいけないのだろうか。
(でも……私)
そこまでは、まだ、考えられない。
でも、和貴が好きだ。
(それだけじゃ、一緒にいちゃいけないのかな?)
和貴はそれでは満足してくれないだろうか。
言葉を交わさずとも、傍にいるだけで気持ちが通じるとさえ思っていたのに。
それは自分だけだったのかな。
『修学旅行だろうが!? お前みたいな不良には当たり前の事かもしれないけど、あり得ないだろ!? この流れで、ラブホテルなんて!!』
ふいに拓也の言葉が思い出されて、こらえていたはずの涙がこぼれてくる。
頬をこすりながら深雪は足を速めた。
つまり、深雪を悩ませている問題はもはやただ一つだった。
拓也には本当に申し訳ないが、今は和貴の事しか考えられない。
左に曲がり境内に入ると、まだ人がたくさんいる。
どうせ誰も自分なんて気にとめないと知っていたが、隅の暗い木の陰まで行って腰を下ろした。
やはり、何度か反芻してみて、『和貴には当たり前のこと』という言葉が一番心に刺さる。
それを思い知らされるのが一番辛い。
今度はハンカチを取り出して目尻にあてた。
泣いてみても何も解決しない。
和貴と、しっかり話し合う以外に有効な手立てはないだろう。
それなのに拓也と逃げてきてしまった。
今はとにかく、合わせる顔もない。
「もう、どうしよう……」
「どーしたの?」
ふいに背後から声がかかった。
暗闇から抜け出してきた影が二つ。
こんなところで、とつけたしながら影は正面に回り込んでくる。
深雪は反射的に立ち上がった。
「なんでも……、ないです。別に」
最近この手の出来事が多いので、嫌な予感は瞬時的にもたらされた。
こんなところでさえ、ひっそりと泣くには相応しくなかった。
泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。
ただ、静かな場所で一人になりたかっただけなのに。
「なんでもなくないでしょー。こんなとこでそんな風に泣いてちゃ。俺らでよかったら話聞くよ」
おそるおそる視線をあげると、いかにも軽そうな雰囲気の茶髪に学ランの男子が並んでいた。
木が背後にあるため、容易に二人の間を抜けられない。
「いえ、結構ですから……」
目立たぬようにと選んだ場所ながら、どうしてこんなところへ来てしまったのかと猛烈に後悔する。
観光者たちが帰り道に通るルートからはわずかながら離れていて、そう簡単に人目につきにくい。
生まれてこのかたこんな経験はしたことがなかった。
これは恐らく、いわゆるナンパを受けているに違いない。
深雪はようやく、ひとつひとつ思い出し始めていた。
俯き、黙々と歩いた。
向かえる場所は一つしかない。
泣ける場所を、深雪はこの付近で“そこ”しか知らなかった。
そこで二人で、この世のものと思えない美しさを目にした。
その美しさも、和貴といたから、ひときわだったに違いない。
そしてその後……
(私………)
心の底からビックリした。
あんな看板を目の前にして、一体何が起きてるのかと混乱した。
付き合いを始めてから今まで、それについて、考えたことも、考える時間もなかったが……。
手を差し出されて、つなぎたいと思った。
以前求められたキスだって……。未遂だったが、応えるのに何のためらいもなかった。でも。
(付き合うのって……。そういうことなの?)
付き合ったら、そういうことになっちゃうの? それは、どれくらい常識なんだろう?
そこまで考えられなきゃ、お付き合いなんてしてはいけないのだろうか。
(でも……私)
そこまでは、まだ、考えられない。
でも、和貴が好きだ。
(それだけじゃ、一緒にいちゃいけないのかな?)
和貴はそれでは満足してくれないだろうか。
言葉を交わさずとも、傍にいるだけで気持ちが通じるとさえ思っていたのに。
それは自分だけだったのかな。
『修学旅行だろうが!? お前みたいな不良には当たり前の事かもしれないけど、あり得ないだろ!? この流れで、ラブホテルなんて!!』
ふいに拓也の言葉が思い出されて、こらえていたはずの涙がこぼれてくる。
頬をこすりながら深雪は足を速めた。
つまり、深雪を悩ませている問題はもはやただ一つだった。
拓也には本当に申し訳ないが、今は和貴の事しか考えられない。
左に曲がり境内に入ると、まだ人がたくさんいる。
どうせ誰も自分なんて気にとめないと知っていたが、隅の暗い木の陰まで行って腰を下ろした。
やはり、何度か反芻してみて、『和貴には当たり前のこと』という言葉が一番心に刺さる。
それを思い知らされるのが一番辛い。
今度はハンカチを取り出して目尻にあてた。
泣いてみても何も解決しない。
和貴と、しっかり話し合う以外に有効な手立てはないだろう。
それなのに拓也と逃げてきてしまった。
今はとにかく、合わせる顔もない。
「もう、どうしよう……」
「どーしたの?」
ふいに背後から声がかかった。
暗闇から抜け出してきた影が二つ。
こんなところで、とつけたしながら影は正面に回り込んでくる。
深雪は反射的に立ち上がった。
「なんでも……、ないです。別に」
最近この手の出来事が多いので、嫌な予感は瞬時的にもたらされた。
こんなところでさえ、ひっそりと泣くには相応しくなかった。
泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。
ただ、静かな場所で一人になりたかっただけなのに。
「なんでもなくないでしょー。こんなとこでそんな風に泣いてちゃ。俺らでよかったら話聞くよ」
おそるおそる視線をあげると、いかにも軽そうな雰囲気の茶髪に学ランの男子が並んでいた。
木が背後にあるため、容易に二人の間を抜けられない。
「いえ、結構ですから……」
目立たぬようにと選んだ場所ながら、どうしてこんなところへ来てしまったのかと猛烈に後悔する。
観光者たちが帰り道に通るルートからはわずかながら離れていて、そう簡単に人目につきにくい。
生まれてこのかたこんな経験はしたことがなかった。
これは恐らく、いわゆるナンパを受けているに違いない。
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