ヤンキー上がりの浜崎君は眼鏡ちゃんを溺愛してます

京都へ

10

「そんな……」

「……？」

「そんな、私……」

「植田さん？」

　深雪は静かに視界を閉ざした。考えるようにうつむく――

「えっ、植田さん！？」

　音もなく身を翻した深雪に、拓也は咄嗟に手を伸ばす。

「待っ……」

「お願い、一人にさせて！」

　けれど、制止をすり抜け、深雪は駆け出した。

　うつむく表情のすべてを読み取ることはできないが、かたく引き結ばれた口元に、拓也は一瞬たじろぐ。

「そんな、僕はそんなつもりじゃ……」

　自分なら泣かさないと誓ったばかりなのに・・

　そのわずかなためらいの隙に深雪は雑踏へ飛び込む。

「うえださん！！」

　目で追うものの、他者の背中に上書きされて、深雪の姿はすぐに見えなくなった。

「そんな……っ」

　闇雲に走り追いかけてみたが、初動を誤ったのか、影も形も見つからない。

　右も左もわからぬ街で、どこへ向かうのか見当もつかなかった。

　けれどそれは深雪だって同じはずだ。

（……どうしよう。どうしたら。こんな……）

　拓也は肩で息をしながら、次に取るべき行動を考えていた。















　和貴が初めて深雪を見たのは、高校の入学式の日だった。

　式に遅刻したために、放課後居残りで説教を受けていた。職員室からの帰り道だった。

　Ｂ組の前を通りかかると、教室にひとりの少女がいた。

　少女は腕をいっぱいに上へと伸ばし、黒板を拭いている。

　入学式に日直当番を命じられることはそうない。

　それなのに掃除をしているということは、彼女が自主的にそれを行っているのだろうことが想像できた。

　肩で切りそろえられた、健康的な黒髪。

　フレームのやや大きな眼鏡、ひざ丈のスカートにシンプルな白い靴下。

　生真面目そのもの、一見平凡な容姿だった。

　すぐに帰路についたが、その面影は、しばらく消えなかった。

　自分にない純粋さに惹きつけられていた事を、和貴が知るのはそれからもうしばらく先だった。

　集会や、Ｂ組が体育で屋外授業をしている時。

　教室の窓際から、気付くと彼女の姿を探していた。

　もっと見ていたかった。

　近くに行きたかった。

　そしてあの日――――





　複数名に囲まれて怯える彼女を目にしたとき、和貴はやっと悟った。

　俺はこの子が好きだったんだ。

　美しい心を守りたい。掃除をする姿さえ、綺麗だと見とれていたと――

　気付くと同時に、体が動いていた。

　けれど、それから何度、深雪を泣かせただろう。