ヤンキー上がりの浜崎君は眼鏡ちゃんを溺愛してます

きぬがやあきら

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放課後

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「―――植田!」

 めずらしく和貴が大きな声を上げた。

「迎えに行くって言ったのに」

「だって……」

 電話で聞いた和貴の住所は割と近所であることが発覚した。

 今まで学区が重ならなかったのは、たまたま変な場所で区域が区切られていた為らしく、和貴はずいぶん遠くの小・中学校へ通っていたのだという。
 
 深雪の中学は家からわずか徒歩10分ほどだったというのに。

 電話をかけたのは、深雪にしてみれば勇気を振り絞るような思いだった。

 だって直接話をしたいものの、どうしても話しておかなければいけないことがあるわけでもない。

 ただかけたいという理由だけで、通話ボタンをタップするにはかなり勇気がいった。

 何度も画面がスリープしてしまうほど。

 それを知らないはずの和貴が「近いから今から行くよ」とひと言、申し出てくれた時には、自分が出した勇気以上の嬉しさが身を包んだ。

 だから深雪が、和貴が通るだろう道を勝手に歩いてきてしまったのは、迎えに来させるのが悪い、と考えたというより待っていられなかったという理由の方が強い。

「……危ないから、もうしないで」

 和貴はわずかに目を伏せた。そのしぐさがとても暖かい。

 今はまだ午後7時を回ったばかりなのに……

「うん」

 小さく深雪はうなずく。

 このあたりは近所だし、危なくなんかないのに。わかっていて、頷いて、笑みがこぼれる。

「けがは大丈夫?」

「これくらいは怪我のうちに入らないよ」

「でも今日辛かったんでしょ?」

「いや、今日サボったのはかったるかったから……」

 微笑みかけて和貴の表情が固まった。

「ならいいんだけど。・・・、浜崎君?」

 固まった和貴を深雪は不安げに見上げる。

 私何か変なこと言ったかしら。

「いや、ごめん。なんていうか……」

 和貴はやや思考してから、言葉を絞り出した。

「俺……まともになるから」

「えっ!?」

 予想もしなかった発言に深雪はぎょっとする。

「今だって十分まともじゃ……」

 思案した末の台詞のようだったので、意味はわからなかったが、なるべく傷つけないようにと言葉を選びながら次を促す。

「その、どう言ったらいいかな。植田は真面目だし、いい加減な男は嫌いだよな」

「…………」

 一瞬のち

「あはっ」

 何を言い出すのかと思えば……

「そんなことかぁ」

 浜崎君て、本当にかわいい人なのね。と胸中穏やかに微笑む深雪を前に、和貴は更に固まった。

「そんなことって……」

 戸惑いながら、手の甲で頬を擦っている。走って来たから、暑いのだろうか。

「そんなことだよ。浜崎君は別にいい加減じゃないと私は思うよ」

 そうかな、と和貴はあらぬ方向に目をやりながら、今度は首の後ろを摩る。

 それらが照れ隠しの仕草であるとは、深雪は思いも寄らない。

 柔らかく、優しく微笑う深雪にときめく自分を、和貴は悟られまいと必死だった。 

「あ、でも……」

「ん?」

「先生は、浜崎君が毎日学校に来てくれたら喜ぶと思うよ」

 深雪の放ったこの台詞にはまったく他意はない。

 確かに教師たちは一人でも多くの生徒が真面目に勉学に臨むのを期待している。

 が、

「……植田は?」

「えっ?」

 無意識にこぼれた感情と出てしまった言葉。

 その言葉に対して素直に反応してしまった深雪。どちらにも非はない。

 ただ ”植田は毎日俺が学校に来たら嬉しい?”

 なんて聞かれて、冷静に答えられるような深雪ではない。

「…………」

 そりゃあ嬉しい。

 今日だって和貴が来ないとわかっただけで、寂しさを感じたくらいだ。

 でもそこで深雪が、

「うん。和貴君と毎日会えたら嬉しい。だから学校休まないでね」なんてさらっと言えてしまうような娘だったら……

「…………」

「…………」

 和貴が深雪に魅かれることはなかった…………かもしれない。
 
 結果、深雪の反応で自分の発言の重大さに気づいた和貴自身と、真っ赤になって困惑してしまった深雪と。

 閉店した豆腐屋のシャッターの前でにっちもさっちもいかなくなる。

「悪い……」
 
 今回はいくら待てども助けは入ってくれず、二人はそのままそこから深雪の家へと引き返して、本日の短いデートを終えたのだった。




ーーーーー




「なに? じゃ結局手もつないでないの」

「ちょっと! 声が大きいよぉ!!」

 日付は変わり、只今9月26日の放課後。
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