ヤンキー上がりの浜崎君は眼鏡ちゃんを溺愛してます

きぬがやあきら

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深雪と和貴

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 何が起こったのか、深雪は瞬時に理解することができなかった。

 セーラーのリボンの辺りを引っ張られた。丸くて脂っこい鼻が間近に迫って――そこからもう、何も考えられない。

 男の顔が離れた。

 まだ、何が起きたのか分からない。

 ただ、視界の端に移った和貴が、愕然とこちらを見つめている。

「――――っっ」

 杉原は余裕顔で、和貴を振り返った。

「オレ、こーいう女結構好みなんだよな……」

 憎たらしいまでの笑顔が今まで見てきた生き物の中で最も卑しいものに見えた。

「のやろ……!!」

「どーした、ワビいれんのか? あ? でねーとこの娘もっとヒデー目にあっちゃうんじゃねえ?」

 詫び。

 それが目的で杉原はこんなことをした。

 もちろん和貴が勝手にしろと言ってしまえばそれまでだが、彼は絶対にそうは言わない。

 そうするくらいなら初めから、殴られはしない。

 言いなりになったのも全部、深雪を守るためだ。

(浜崎くん……)

 深雪は自分を想う和貴の姿を見て急に悲しくなった。理由は、ない。

 たった今、見知らぬ男に唇を奪われた。

 深雪にとっては、受け入れ難いが、事実だ。

 大きな願望も憧れはなくとも、ファーストキスくらい好きな人としたかった。

 辛くないと言えば嘘になる。後でもっと大きな後悔が込み上げるかもしれない。

 けれど今は不思議と、傷つく彼のその姿を見ることの方がよっぽど辛かった。

 和貴は自分の為に、こんなに苦しい思いを強いられている……。

 深雪の頬を大粒の雫が伝った。

 それを目にした和貴の心に、もう他の言葉はない。

「スイマセンでした。カンベンしてください・・っ」





ーーーーーーー





「浜崎君…………っ!」

 和貴の謝罪に気を良くした不良らは、あっさり深雪を解放した。

 すぐさま深雪は駆け寄った。不愉快な笑い声が背後から去って行く。

「大丈夫? 大丈夫?」

 軽く身体をゆすり返事を促す。

 ぼろぼろと流れ落ちる涙で視界はいささか不鮮明だったが、今度はどうしても止めることができなかった。

 自分の為か、彼の為の涙か。

 あれは和貴が恐らくもうずっと守り続けてきた意地だ――最後の意地を捨てた。深雪のために。

 こんなに辛いことはあるまい。

 そう思うと悲しくてたまらない。

 申しわけなくて、くやしくて……

「俺は、・・」

 和貴が口を開く。

「大丈夫だ。けど植田……、お前」

「大丈夫だよ。どこも痛くないから。それより浜崎君の方がよっぽど大変じゃない、早く病院に……」

「違う、植田! 俺のせいで……本当にすまない……!」

「やだ! 頭上げてよ。本当になんてことないから……」

 和貴は地に手をついて謝る。

 叩かれただけでなく、心にまで傷を負わせてしまった。自分は彼女を護ってやれなかった後悔に、和貴は苛まれていた。

「いつもいらねえ喧嘩して、恨みを買ったのは俺なのに……、却って守ってやりたい人を巻き込んだ自分が情けねえ」

 ただでさえ至るところから流血した上に砂まみれなのに、和貴は頭を地に擦り付けんばかりに謝罪を続けた。

「でも一番情けねえのは、さ」

 きっと切れているだろう唇を噛みしめて、和貴は言葉を切った。

「やっぱ、俺のそばにいると危ねーから……他人の方がいいみたいだな」

「え……?」

 その一言で、深雪は心が揺らいだのがわかった。何故だろう。

 ぎくりと身体がこわばる。

「――って……」

 うつむいたまま、和貴は続ける。

「言えねえのが情けねえ……」

 それでも……居てほしい。深雪の側にいたいんだ。

 自分で彼女をあんな目に合せておいて、調子のよすぎる台詞だ。だけど、別れようとは言えない。

 だから情けない。

「…………」

 和貴の本心が伝わるような沈黙だった。

 けれど深雪にはもう、そんなことどうでもよかった。ただ嬉しかった。真実がわかった。

 和貴は本気で深雪を想ってくれていたのだ。




 
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