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愛の証

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 シオンの幸福を無視してるなんて、思わない。

「それでも俺は、シオンを手放せない。だからこのまま、妻としてここで暮らして欲しい。傍にいてくれれば、他にはもう何も望まない。だからどうか……」

 周囲は暗がりだし、ヴァイスは跪いているので、どんな顔をしているのか。

 その表情までは窺い知れない。

 けれど、軽々しい謝罪でないとわかる。

 きっとこのためにヴァイスは、今夜の晩餐をわざわざ用意したのだろう。

 触れているヴァイスの指先からは徐々に血の気が引くように、冷んやりと体温を失って行った。

 まさか、緊張しているのだろうか……? 

 倍以上もある図体の、魔物相手にも眉一つ動かさなかった、あのヴァイスが。

「他には何も望まないの? 私がヴァイスを好きだって言っても?」

 ヴァイスがシオンの拒絶を恐れ、それでも誠実であろうと葛藤している。

 そう感じた途端、シオンの唇が勝手に言葉を紡いだ。

 自分でも、思考がどういう経緯を辿ってその台詞に辿り着いたのか、わからない。

 理性で考えていたら、絶対に選ばなかった台詞だ。

 ヴァイスはシオンの言葉に弾かれ、顔を上げた。硝子細工のように繊細な顔貌に、驚きで深い困惑が浮かぶ。

 眉根を寄せ、大昔に死んだ知り合いが生き返ったかとでもいうように、大いな疑惑に満ちた表情のまますっくと立ち上がった。

「シオン……今、何と」

「私がヴァイスを好きでも、傍にいるだけで良いの? って聞いたのよ」

 惑って、それでも必死な形相が、ぎゅっとシオンの胸を鷲掴みにする。

 才能も、地位も、何でも持っているこの美しい男性が、こんなに一途にシオンの愛を求めている。

 その実感に、足の爪先から頭の天辺へかけて、じわじわと痺れが這い上がった。

 シオンの中には、出会ってまだ二月だとか、前彼クズと別れて間もないだとか、そういった前置きがまだかろうじて残されていた。

 だが、痺れがその前置きの残骸でできた山まで及んで、砂糖の山が水に浸食されるようにもろもろと溶かされる。

「私は今幸せよ。生きてきて1番だと思えるくらい。リラを、守ってくれてありがとう。秘密を守ろうとしたヴァイスは素敵。優しくて強い貴方が好き。私を真っ直ぐ見てくれる、ヴァイスがーー」

 堰を切ったように、次々と想いが溢れ出た。

 今までどこかで意識しながらも、敢えて見ないようにしていた。奥底に秘めていた本当の気持ちが。

「シオン!」

 熱に浮かされ、潤んだ視界にヴァイスの美貌が一杯に広がる。

 気づけばヴァイスに唇を塞がれ、力強い抱擁に吐息まで奪われていた。

 きつく抱き締められると、身体の芯が溶けて力が抜けていく。

 陶酔するように、シオンも目を閉じた。

「信じられない……」

 名残惜しむようにゆっくりと唇が離れると、まだ鼻が触れ合いそうな至近距離で、ヴァイスは悩ましい溜息を零す。

「シオンが怒らないなんて。これは夢なのか? いや、夢なら夢で構わない」

「やだ、ヴァイスの中の私って、そんなに怒ってばかりなの?」

 照れくさいから瞼は落としたまま、シオンはそっと微笑んだ。

「怒らせたのは俺だ。シオンは悪くない。怒っていないならいいんだ。だったらもっと」

 もう一度唇を重ねようと、ヴァイスが角度を変えて顔を寄せる。

 その気配を察して、シオンは慌ててヴァイスの唇を両手で覆う。

「どうして、シオン? 俺をーー」

「ダメよ。私まだ、ヴァイスの言葉を聞いてない」

 羞恥を堪えて瞳を上げると、間近にヴァイスの双眸がある。

 夜と相まって、深海のように深い青い眼が、欠けた月のように細められた。

「愛してる。シオンだけが、俺を熱くする。生涯の愛を、シオンに捧げる」

 ヴァイスの告白に、今度はシオンから口付けた。

 たちまち全身が発熱して、嬉しくて幸せで満たされる。

 そっと唇を離すと、驚きに大きく開かれたヴァイスの眼にくっきりとシオンが浮かび上がる。

 くすぐったくなって、胸が甘酸っぱくときめいて。

 目を合わせたまま、シオンは微笑んだ。




 ーーゲンキンかもしれないけれど私、エルデガリアここに呼ばれて、よかったわ。
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