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家族
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あんまり静かすぎて、ヘドロの川のせせらぎまでが聞こえてきそうなほどだ。
「今度こそ、待たせたな。さあ、帰ろう」
ヴァイスは王城に上がるためのフロックコートの裾を翻して、シオンに手を差し伸べた。
相変わらずの涼しい顔で、しかしシオンを労るような、優しい瞳をしている。
おずおずと手を取ると、その温もりに安堵した。
「……ありがとう。助けてくれて」
「礼を言うのは俺のほうだ。危険だったが、シオンが一早くリラを追ってくれて助かった。俺が聖殿に辿り着いた時には、既に穴が塞がっていたからな。リラだけ連れて地下に潜られたらアウトだった」
「そうだったの? 無駄じゃなかったなら、良かった。それと、あと……今朝は、ごめんなさい。酷いことを言って」
「それも、悪いのは俺だ。兄上にも相談したが、シオンの怒りは尤もだった。これからは、シオンの信頼を得られるよう努力する」
ヴァイスはその場に跪き、シオンの手の甲にそっと口付けた。
(……え? でも、リラは、本当は……)
ヘドロと汚濁が川をなし流れる悪魔の棲家。
こんなに混沌とした場所なのに、真摯な仕草と言葉に、胸がキュンと高鳴った。
「そんな。もう、充分、信頼してるわ……」
気恥ずかしさと、ヴァイスの思考を推し量るのとで、言葉が弱くなる。
夢魔の言動とこれまでの出来事を総合すると、リラは恐らく、夢魔を介して生まれたネンゲルの子だ。
夢魔は自身に繁殖能力を持たない。
そのため、人間の男から精を奪い、それを女に植え付けることで子孫を増やすとされる悪魔だ。
夢魔はリラを自分の子だと主張した。
カルロの証言によれば、十中八九ネンゲルが父親らしいのだから、この推測は正しいだろう。
だとすればヴァイスは当然、父親ではない。
先刻の力量の差を見ればわかる通り、ヴァイスが夢魔の毒牙にかかることはない。
だから、リラが自分の子供かもしれないと、疑惑を抱く理由すらない。
……だったら、どうして、弁解しないのだろう。
「転移するから、抱いてもいいか?」
もどかしく感じながらも、シオンはこくりと頷いた。
無許可で触れることを禁じたのは、シオンだ。
今朝の件もあるから、ヴァイスは律儀に許可を求めてくれている。
真実を、打ち明けてくれればいいのに。
……そうしてくれれば、貴方の気持ちを素直に受け止められるのにな。
軽々と、リラごとシオンを抱き上げるヴァイスの横顔を、じっと見つめた。
(でも、リラを娘だって言ってくれて、嬉しかった……)
ヴァイスの転移は完璧だ。
一瞬の浮遊感の後、シオンたちはあっという間に、元いた聖殿地下の広間に降り立っていた。
「今度こそ、待たせたな。さあ、帰ろう」
ヴァイスは王城に上がるためのフロックコートの裾を翻して、シオンに手を差し伸べた。
相変わらずの涼しい顔で、しかしシオンを労るような、優しい瞳をしている。
おずおずと手を取ると、その温もりに安堵した。
「……ありがとう。助けてくれて」
「礼を言うのは俺のほうだ。危険だったが、シオンが一早くリラを追ってくれて助かった。俺が聖殿に辿り着いた時には、既に穴が塞がっていたからな。リラだけ連れて地下に潜られたらアウトだった」
「そうだったの? 無駄じゃなかったなら、良かった。それと、あと……今朝は、ごめんなさい。酷いことを言って」
「それも、悪いのは俺だ。兄上にも相談したが、シオンの怒りは尤もだった。これからは、シオンの信頼を得られるよう努力する」
ヴァイスはその場に跪き、シオンの手の甲にそっと口付けた。
(……え? でも、リラは、本当は……)
ヘドロと汚濁が川をなし流れる悪魔の棲家。
こんなに混沌とした場所なのに、真摯な仕草と言葉に、胸がキュンと高鳴った。
「そんな。もう、充分、信頼してるわ……」
気恥ずかしさと、ヴァイスの思考を推し量るのとで、言葉が弱くなる。
夢魔の言動とこれまでの出来事を総合すると、リラは恐らく、夢魔を介して生まれたネンゲルの子だ。
夢魔は自身に繁殖能力を持たない。
そのため、人間の男から精を奪い、それを女に植え付けることで子孫を増やすとされる悪魔だ。
夢魔はリラを自分の子だと主張した。
カルロの証言によれば、十中八九ネンゲルが父親らしいのだから、この推測は正しいだろう。
だとすればヴァイスは当然、父親ではない。
先刻の力量の差を見ればわかる通り、ヴァイスが夢魔の毒牙にかかることはない。
だから、リラが自分の子供かもしれないと、疑惑を抱く理由すらない。
……だったら、どうして、弁解しないのだろう。
「転移するから、抱いてもいいか?」
もどかしく感じながらも、シオンはこくりと頷いた。
無許可で触れることを禁じたのは、シオンだ。
今朝の件もあるから、ヴァイスは律儀に許可を求めてくれている。
真実を、打ち明けてくれればいいのに。
……そうしてくれれば、貴方の気持ちを素直に受け止められるのにな。
軽々と、リラごとシオンを抱き上げるヴァイスの横顔を、じっと見つめた。
(でも、リラを娘だって言ってくれて、嬉しかった……)
ヴァイスの転移は完璧だ。
一瞬の浮遊感の後、シオンたちはあっという間に、元いた聖殿地下の広間に降り立っていた。
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