サレカノでしたが、異世界召喚されて愛され妻になります〜子連れ王子はチートな魔術士と契約結婚をお望みです〜

きぬがやあきら

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家族

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 汚泥を掻き分け、潜るようにして前進した。

 あの泣き方は尋常じゃない。

 今すぐに抱きしめて、安心させてあげたい。

「リラ! ママはここよ! 今行くわ!!」

 次第に流れが早まり、あるところで泣き声を通り過ぎたと気づいた。

(しまった! 行き過ぎた!)

 シオンは咄嗟に右腕を伸ばした。

「リラーーっ!!」

 闇の向こうへ、懸命に叫ぶ。

 どうしても、あの子の元へ行きたい。

 強い願いが理屈を超越し、液体がシオンの意に従った。

 汚泥は流れのままググッと浮き上がったかと思うと、一本の管と化した。

 シオンは管の表面に掬い上げられ、跨った。

 蛇のような形態を取った管は宙に浮かび、そのまま泣き声のするほうへと一直線に進む。

「ーー光よ」

 管の上で指先に光を灯すと、辺りの風景が薄っすらと浮かび上がった。

「騒々しいと思ったら……今度はだあれ?」

 それと同時に、光のその先、まさに泣き声の聞こえる方角から、低い声音が響いた。

「誰なの!? 赤ちゃんを、リラを攫ったのは貴方なの?」

「攫うなど、外聞の悪い。この子は僕の子だよ」

 地を這うような、それでいて艶っぽい、男の声がくすくすと笑いを溢す。

 シオンの爪先に集約した光の粒子は、頼りなく周囲を照らす。

 そちらへぐんぐんと接近すると、汚泥の川の岸へと辿り着いたので、シオンは管から飛び降りた。

 着地と同時にべちゃべちゃと、衣類にまとわりついたヘドロ的な液体が糸を引いて落ちた。

 管も自身に乗せた主人を失って、元のヘドロへ戻る。

 不潔な感触に、生理的な鳥肌が立った。

 だが、そんなものは大事の前の小事だ。

 五感から敢えて目を逸らしながら、指先を男に突きつけるように前に出す。

 ヘドロの河岸には、簡易な四阿が建っていた。

 岩盤をくり抜いたような洞窟内なのに、どうして屋根が必要なのか。

 不思議ではあるが、その柱に、赤子を抱いた男が寄りかかっている。

 躊躇わずに接近すると、その容貌も鮮明になった。

 男は一見すると、美麗な青年のようだった。

 背はスラリと高く、憂いを湛えた目元は、ふっくらと潤って悩ましい印象だ。

 生き血を啜ったかのような赤い唇は、色気たっぷりの妖艶さで弧を描いている。

 だがしかし、人ならざる者だと示すように、耳の上あたりから羊のような角が生えていた。

「貴方の子ですって!? 笑わせないで、人攫い。その子を返してもらうわ」

 相手が人外だろうと、化物だろうと怯んでいられない。

 シオンが魔術を操る世界に足を踏み入れているのだから、これくらいは当然でもある。

 おぎゃあぁぁん! ぎゃぁああん!

 シオンの声に反応したのか、泣き声はいよいよ、火が点いたように激しくなった。

 間違いなく、この子はリラだ。

 腕を差し出して促すが、当然とも言うべきか、男はリラを返してくれない。

 それどころか、リラをあやすように抱き直しながら鼻でせせら笑う。
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