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寝室
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「でも、ヴァイスは忙しいでしょう?」
灯を落として室内が薄暗くなっていても、窓から差し込む月明かりに照らされて表情も見て取れる。
目が合うと少し目元が緩んだのがわかった。
(真面目? だし、悪い人ではないのよね……独特だけど、一生懸命で)
シオンも薄らと微笑んでいた。
召喚直後も、今朝も、行動が奇抜で驚かされっぱなしだけれど、多分どれも彼なりの善意の表れなんだと思う。
「だがシオンの意見も一理ある。不在の時にも学べるように、適任を探しておこう。もう遅いから、書庫は明日にしよう」
「明日から早速見せてくれるの? ありがとう!」
「礼など不要だ。シオンの望みなら何でも叶える」
「もう、またそんな……」
「それにこんなことで喜んでくれるなら、安いものだ。他にも何かあればいつでも言うといい」
「え、あ、ありがとう。でも、無理しないでね」
弓形に細められたアイスブルーの双眸が、シオンを見下ろしている。
(なんか……すごく甘やかされてる気がする)
羞恥とは違う気恥ずかしさに身悶えしそうになって、シオンは逃げるように布団に潜り込む。
「早く寝よう、ヴァイス。リラが眠っているうちに少しでも」
さっきは布団に潜れず弱っていたのに、今度は自ら潜るなんておかしな話だ。
「ああ、シオン。お休み」
グッとベッドが沈み、隣に温もりが滑り込む。
ヴァイスの身体は見かけより、質量があるようだ。
露骨にはできず、さり気なく身体の重心を逸らして微妙に背を向けていると、後ろからそっと抱きしめられた。
(わあっ、やっぱり……!)
背中にヴァイスの胸がぴったりとくっつき、腕はお腹に回っている。
拒絶すべきだろうか? それとも、一緒に寝るのを容認した時点で、ハグはセーフにすべきか。
(でも、拒否らなかったら、その先もOKだと勘違いするかも。それは困るし……!)
もうそろそろ睡眠に向けて心拍は落ち着きたいのに、ドキドキが始まって再び速まる。
「シオンの体温……心地良いな」
吐息交じりの低い囁きが耳にかかり、全身が総毛立った。
(ひええぇえ! そんな声、耳元でっ)
「……眠ろう」
なかなかにセクシーな余韻を残し、しかし、ヴァイスはそれ以上何もする気はなかった。
ただ、ひし、とシオンを抱きしめたまま動かない。
すぐに規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。
(本当に、寝るだけだったのね)
しばらく半信半疑でじっと固まっていたシオンだったが、入眠を確信するとホッと脱力した。
ヴァイスは呆気なく眠りに落ちていた。
何かされるのではと、身構えていた自分が馬鹿らしい。
密着した部分は温かく、呼吸で上下する胸の動きに合わせてシオンの身体も僅かに揺れる。
だからこそ、シオンは気づいた。
ヴァイスの呼吸は、心なしか浅い。微かに伝わる鼓動も、体格の割には早いくらいだった。
「疲れてたんだ……」
あらぬ方向を向いたまま、シオンは嘆息した。
そりゃそうか。流血して帰城したのは今朝の話だ。
シオンはそっと上半身を起こす。ヴァイスの拘束はするりと外れた。
身体の向きを変えて見下ろすと、端整な寝顔の眉間は少しだけ、寝苦しそうに顰められていた。
躊躇いがちに額に触れても、ヴァイスは身動ぎ一つしない。
幸に熱はないが、 あれっぽっちの昼寝で回復する訳がなかったんだ。
「こんなに弱ってるなら、無理しないで良いのに……」
どんなに立派な魔術師でも、身体は普通の人間だ。
横になって数秒でここまで深く寝入るなんて、どれくらい疲弊していたのだろう。
今朝、無理を押して帰城したヴァイスの判断を半ば疑った。
しかしそうすることが最上の選択だったならーー
どうにも申し訳ない気持ちになって、絹のように散った銀髪を撫でる。
魔力くらい、惜しまず、手放しであげれば良かった。……のかな。
いいや、方法が想定外過ぎた。
口移しで、唾液なんて言われたら、誰だって憤慨する。……よね?
自問自答しながら、シオンは再びモゾモゾと元の位置へ身を収めた。
今日は色々な出来事が起こって、考えることが一杯ある。
しかしシオンも寝ておかなければ身が保たない。
「おやすみ」
天井を見上げて、一人言を呟く。
瞼を閉じれば、シオンも緩やかに眠りへと落ちて行った。
灯を落として室内が薄暗くなっていても、窓から差し込む月明かりに照らされて表情も見て取れる。
目が合うと少し目元が緩んだのがわかった。
(真面目? だし、悪い人ではないのよね……独特だけど、一生懸命で)
シオンも薄らと微笑んでいた。
召喚直後も、今朝も、行動が奇抜で驚かされっぱなしだけれど、多分どれも彼なりの善意の表れなんだと思う。
「だがシオンの意見も一理ある。不在の時にも学べるように、適任を探しておこう。もう遅いから、書庫は明日にしよう」
「明日から早速見せてくれるの? ありがとう!」
「礼など不要だ。シオンの望みなら何でも叶える」
「もう、またそんな……」
「それにこんなことで喜んでくれるなら、安いものだ。他にも何かあればいつでも言うといい」
「え、あ、ありがとう。でも、無理しないでね」
弓形に細められたアイスブルーの双眸が、シオンを見下ろしている。
(なんか……すごく甘やかされてる気がする)
羞恥とは違う気恥ずかしさに身悶えしそうになって、シオンは逃げるように布団に潜り込む。
「早く寝よう、ヴァイス。リラが眠っているうちに少しでも」
さっきは布団に潜れず弱っていたのに、今度は自ら潜るなんておかしな話だ。
「ああ、シオン。お休み」
グッとベッドが沈み、隣に温もりが滑り込む。
ヴァイスの身体は見かけより、質量があるようだ。
露骨にはできず、さり気なく身体の重心を逸らして微妙に背を向けていると、後ろからそっと抱きしめられた。
(わあっ、やっぱり……!)
背中にヴァイスの胸がぴったりとくっつき、腕はお腹に回っている。
拒絶すべきだろうか? それとも、一緒に寝るのを容認した時点で、ハグはセーフにすべきか。
(でも、拒否らなかったら、その先もOKだと勘違いするかも。それは困るし……!)
もうそろそろ睡眠に向けて心拍は落ち着きたいのに、ドキドキが始まって再び速まる。
「シオンの体温……心地良いな」
吐息交じりの低い囁きが耳にかかり、全身が総毛立った。
(ひええぇえ! そんな声、耳元でっ)
「……眠ろう」
なかなかにセクシーな余韻を残し、しかし、ヴァイスはそれ以上何もする気はなかった。
ただ、ひし、とシオンを抱きしめたまま動かない。
すぐに規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。
(本当に、寝るだけだったのね)
しばらく半信半疑でじっと固まっていたシオンだったが、入眠を確信するとホッと脱力した。
ヴァイスは呆気なく眠りに落ちていた。
何かされるのではと、身構えていた自分が馬鹿らしい。
密着した部分は温かく、呼吸で上下する胸の動きに合わせてシオンの身体も僅かに揺れる。
だからこそ、シオンは気づいた。
ヴァイスの呼吸は、心なしか浅い。微かに伝わる鼓動も、体格の割には早いくらいだった。
「疲れてたんだ……」
あらぬ方向を向いたまま、シオンは嘆息した。
そりゃそうか。流血して帰城したのは今朝の話だ。
シオンはそっと上半身を起こす。ヴァイスの拘束はするりと外れた。
身体の向きを変えて見下ろすと、端整な寝顔の眉間は少しだけ、寝苦しそうに顰められていた。
躊躇いがちに額に触れても、ヴァイスは身動ぎ一つしない。
幸に熱はないが、 あれっぽっちの昼寝で回復する訳がなかったんだ。
「こんなに弱ってるなら、無理しないで良いのに……」
どんなに立派な魔術師でも、身体は普通の人間だ。
横になって数秒でここまで深く寝入るなんて、どれくらい疲弊していたのだろう。
今朝、無理を押して帰城したヴァイスの判断を半ば疑った。
しかしそうすることが最上の選択だったならーー
どうにも申し訳ない気持ちになって、絹のように散った銀髪を撫でる。
魔力くらい、惜しまず、手放しであげれば良かった。……のかな。
いいや、方法が想定外過ぎた。
口移しで、唾液なんて言われたら、誰だって憤慨する。……よね?
自問自答しながら、シオンは再びモゾモゾと元の位置へ身を収めた。
今日は色々な出来事が起こって、考えることが一杯ある。
しかしシオンも寝ておかなければ身が保たない。
「おやすみ」
天井を見上げて、一人言を呟く。
瞼を閉じれば、シオンも緩やかに眠りへと落ちて行った。
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