7 / 131
史上最悪の修羅場
7
しおりを挟む
謂れのない侮辱を受けて、このまま、あんな不届な奴らが何もなかったかのように振る舞って生きるなんて、我慢できない。
せめてもの抵抗で、何らかしらの打撃を与えたい。それが仮令、慰め程度のものであっても。
その想いに突き動かされていた。
押し入れ収納の抽斗から無地のハンカチを取り出して、テーブルクロスの代用品とする。
実践の経験はないが、何度も読み返しているため、内容の一切は頭に入っていた。
スケッチブックを切り取って、中心に円を描き、そこに五芒星を描く。
ペンタグラムの上に、落ちていた栗色の髪の毛を置いて、必要なもう一つを探す。
ベッドのリネンは白一色なので聡の毛髪も、すぐに見つかった。
ーーこれで、準備は整った。
形代とした2人の頭髪に手を翳す。
月の光を覆い隠す、暗雲をイメージしながら、白音は呪を唱えた。
「世界を司る、5人の精霊に乞い願う。我らに仇なす者共の魂を、邪気に蝕まれし黒き穴へと誘い給へーー」
少しでも冷静になれば、自分がどれくらい滑稽な真似をしているかわかるだろうに、この時の白音には自身を俯瞰する余裕はなかった。
ただ、怒りと憎悪、目に見えぬ力を制御する純粋かつ膨大なエネルギーが全身を支配していた。
掌に熱が集まったかと思うと、室内の空気が変わった気がした。
透明な質量が生まれて、2人の毛を乗せた紙がふわりと浮き上がる。
呪を発動させた後、どうなるのかは白音も知らなかった。
初めは空に浮くのを呆然と見上げていたが、次第にくるくると回り出し、周りの空間が引っ張られるように捩れるのが見て取れて、狼狽した。
「えっ? うそ。どうなってるの……」
回転がどんどん加速して、その中心が黒く渦巻き始める。
捩れに引き込まれるような酩酊感が生まれて、白音はたまらず膝の横に手を突く。
遊園地のコーヒーカップに乗ってひたすらひたすら回転しているような、高速移動と眩暈のセットだ。
ぐるぐる回って、気持ち悪い。
これが、呪いの代償なのか?
横のみだった回転に、突如として縦回転が加わる。
白音の体は宙に投げ出された。
「わぁっ! 何ーー!?」
天地がひっくり返り、天井にぶつかる、と咄嗟に身体を縮めたが、衝撃はない。
しかし、足元にはブラックホールのような黒い渦が半径を広げ、白音を呑み込まんと闇色の焔を迸らせた。
その渦の中心に、白音は吸い込まれるように落ちていく。
(ええっ? ウソ……)
恐怖を感じるよりも早く。
あっという間に、それこそ、瞬き程度の一瞬で、白音は闇に吸い込まれ、その先へと突き抜けた。
「きゃあ……!」
その間は10秒にも満たない。しかし、明暗の差に眼が眩む。
身体が宙に放り出されている心許なさに変わりはなかったが、闇を抜けた途端、今度は引っ張られるようにして落下した。
ドサッ
墜落を覚悟して目を閉じたのに、白音を受け止めたのは、柔らかな衝撃だった。
(痛くない……?)
身体中のどこにも地面を感じる感触はない。
混乱がこれで収まる保証はどこにもないが、恐る恐る、白音はそぉっと目を開けた。
白音はその、開いた瞳に映った光景に、息を呑んだ。
目の前にあったのは、サファイアに似た煌めきの、アイスブルーの瞳。
「来たな。双翼の乙女」
輝くばかりの銀髪に、白皙の美貌の目元が薄らと綻ぶ。
声は玲瓏として、聞いた者を瞬時に虜にするような、心地よい響きを孕んでいた。
ーー見るからに非現実的な絶世の美男子に、白音は抱かれていた。
せめてもの抵抗で、何らかしらの打撃を与えたい。それが仮令、慰め程度のものであっても。
その想いに突き動かされていた。
押し入れ収納の抽斗から無地のハンカチを取り出して、テーブルクロスの代用品とする。
実践の経験はないが、何度も読み返しているため、内容の一切は頭に入っていた。
スケッチブックを切り取って、中心に円を描き、そこに五芒星を描く。
ペンタグラムの上に、落ちていた栗色の髪の毛を置いて、必要なもう一つを探す。
ベッドのリネンは白一色なので聡の毛髪も、すぐに見つかった。
ーーこれで、準備は整った。
形代とした2人の頭髪に手を翳す。
月の光を覆い隠す、暗雲をイメージしながら、白音は呪を唱えた。
「世界を司る、5人の精霊に乞い願う。我らに仇なす者共の魂を、邪気に蝕まれし黒き穴へと誘い給へーー」
少しでも冷静になれば、自分がどれくらい滑稽な真似をしているかわかるだろうに、この時の白音には自身を俯瞰する余裕はなかった。
ただ、怒りと憎悪、目に見えぬ力を制御する純粋かつ膨大なエネルギーが全身を支配していた。
掌に熱が集まったかと思うと、室内の空気が変わった気がした。
透明な質量が生まれて、2人の毛を乗せた紙がふわりと浮き上がる。
呪を発動させた後、どうなるのかは白音も知らなかった。
初めは空に浮くのを呆然と見上げていたが、次第にくるくると回り出し、周りの空間が引っ張られるように捩れるのが見て取れて、狼狽した。
「えっ? うそ。どうなってるの……」
回転がどんどん加速して、その中心が黒く渦巻き始める。
捩れに引き込まれるような酩酊感が生まれて、白音はたまらず膝の横に手を突く。
遊園地のコーヒーカップに乗ってひたすらひたすら回転しているような、高速移動と眩暈のセットだ。
ぐるぐる回って、気持ち悪い。
これが、呪いの代償なのか?
横のみだった回転に、突如として縦回転が加わる。
白音の体は宙に投げ出された。
「わぁっ! 何ーー!?」
天地がひっくり返り、天井にぶつかる、と咄嗟に身体を縮めたが、衝撃はない。
しかし、足元にはブラックホールのような黒い渦が半径を広げ、白音を呑み込まんと闇色の焔を迸らせた。
その渦の中心に、白音は吸い込まれるように落ちていく。
(ええっ? ウソ……)
恐怖を感じるよりも早く。
あっという間に、それこそ、瞬き程度の一瞬で、白音は闇に吸い込まれ、その先へと突き抜けた。
「きゃあ……!」
その間は10秒にも満たない。しかし、明暗の差に眼が眩む。
身体が宙に放り出されている心許なさに変わりはなかったが、闇を抜けた途端、今度は引っ張られるようにして落下した。
ドサッ
墜落を覚悟して目を閉じたのに、白音を受け止めたのは、柔らかな衝撃だった。
(痛くない……?)
身体中のどこにも地面を感じる感触はない。
混乱がこれで収まる保証はどこにもないが、恐る恐る、白音はそぉっと目を開けた。
白音はその、開いた瞳に映った光景に、息を呑んだ。
目の前にあったのは、サファイアに似た煌めきの、アイスブルーの瞳。
「来たな。双翼の乙女」
輝くばかりの銀髪に、白皙の美貌の目元が薄らと綻ぶ。
声は玲瓏として、聞いた者を瞬時に虜にするような、心地よい響きを孕んでいた。
ーー見るからに非現実的な絶世の美男子に、白音は抱かれていた。
115
お気に入りに追加
371
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる