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史上最悪の修羅場
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謂れのない侮辱を受けて、このまま、あんな不届な奴らが何もなかったかのように振る舞って生きるなんて、我慢できない。
せめてもの抵抗で、何らかしらの打撃を与えたい。それが仮令、慰め程度のものであっても。
その想いに突き動かされていた。
押し入れ収納の抽斗から無地のハンカチを取り出して、テーブルクロスの代用品とする。
実践の経験はないが、何度も読み返しているため、内容の一切は頭に入っていた。
スケッチブックを切り取って、中心に円を描き、そこに五芒星を描く。
ペンタグラムの上に、落ちていた栗色の髪の毛を置いて、必要なもう一つを探す。
ベッドのリネンは白一色なので聡の毛髪も、すぐに見つかった。
ーーこれで、準備は整った。
形代とした2人の頭髪に手を翳す。
月の光を覆い隠す、暗雲をイメージしながら、白音は呪を唱えた。
「世界を司る、5人の精霊に乞い願う。我らに仇なす者共の魂を、邪気に蝕まれし黒き穴へと誘い給へーー」
少しでも冷静になれば、自分がどれくらい滑稽な真似をしているかわかるだろうに、この時の白音には自身を俯瞰する余裕はなかった。
ただ、怒りと憎悪、目に見えぬ力を制御する純粋かつ膨大なエネルギーが全身を支配していた。
掌に熱が集まったかと思うと、室内の空気が変わった気がした。
透明な質量が生まれて、2人の毛を乗せた紙がふわりと浮き上がる。
呪を発動させた後、どうなるのかは白音も知らなかった。
初めは空に浮くのを呆然と見上げていたが、次第にくるくると回り出し、周りの空間が引っ張られるように捩れるのが見て取れて、狼狽した。
「えっ? うそ。どうなってるの……」
回転がどんどん加速して、その中心が黒く渦巻き始める。
捩れに引き込まれるような酩酊感が生まれて、白音はたまらず膝の横に手を突く。
遊園地のコーヒーカップに乗ってひたすらひたすら回転しているような、高速移動と眩暈のセットだ。
ぐるぐる回って、気持ち悪い。
これが、呪いの代償なのか?
横のみだった回転に、突如として縦回転が加わる。
白音の体は宙に投げ出された。
「わぁっ! 何ーー!?」
天地がひっくり返り、天井にぶつかる、と咄嗟に身体を縮めたが、衝撃はない。
しかし、足元にはブラックホールのような黒い渦が半径を広げ、白音を呑み込まんと闇色の焔を迸らせた。
その渦の中心に、白音は吸い込まれるように落ちていく。
(ええっ? ウソ……)
恐怖を感じるよりも早く。
あっという間に、それこそ、瞬き程度の一瞬で、白音は闇に吸い込まれ、その先へと突き抜けた。
「きゃあ……!」
その間は10秒にも満たない。しかし、明暗の差に眼が眩む。
身体が宙に放り出されている心許なさに変わりはなかったが、闇を抜けた途端、今度は引っ張られるようにして落下した。
ドサッ
墜落を覚悟して目を閉じたのに、白音を受け止めたのは、柔らかな衝撃だった。
(痛くない……?)
身体中のどこにも地面を感じる感触はない。
混乱がこれで収まる保証はどこにもないが、恐る恐る、白音はそぉっと目を開けた。
白音はその、開いた瞳に映った光景に、息を呑んだ。
目の前にあったのは、サファイアに似た煌めきの、アイスブルーの瞳。
「来たな。双翼の乙女」
輝くばかりの銀髪に、白皙の美貌の目元が薄らと綻ぶ。
声は玲瓏として、聞いた者を瞬時に虜にするような、心地よい響きを孕んでいた。
ーー見るからに非現実的な絶世の美男子に、白音は抱かれていた。
せめてもの抵抗で、何らかしらの打撃を与えたい。それが仮令、慰め程度のものであっても。
その想いに突き動かされていた。
押し入れ収納の抽斗から無地のハンカチを取り出して、テーブルクロスの代用品とする。
実践の経験はないが、何度も読み返しているため、内容の一切は頭に入っていた。
スケッチブックを切り取って、中心に円を描き、そこに五芒星を描く。
ペンタグラムの上に、落ちていた栗色の髪の毛を置いて、必要なもう一つを探す。
ベッドのリネンは白一色なので聡の毛髪も、すぐに見つかった。
ーーこれで、準備は整った。
形代とした2人の頭髪に手を翳す。
月の光を覆い隠す、暗雲をイメージしながら、白音は呪を唱えた。
「世界を司る、5人の精霊に乞い願う。我らに仇なす者共の魂を、邪気に蝕まれし黒き穴へと誘い給へーー」
少しでも冷静になれば、自分がどれくらい滑稽な真似をしているかわかるだろうに、この時の白音には自身を俯瞰する余裕はなかった。
ただ、怒りと憎悪、目に見えぬ力を制御する純粋かつ膨大なエネルギーが全身を支配していた。
掌に熱が集まったかと思うと、室内の空気が変わった気がした。
透明な質量が生まれて、2人の毛を乗せた紙がふわりと浮き上がる。
呪を発動させた後、どうなるのかは白音も知らなかった。
初めは空に浮くのを呆然と見上げていたが、次第にくるくると回り出し、周りの空間が引っ張られるように捩れるのが見て取れて、狼狽した。
「えっ? うそ。どうなってるの……」
回転がどんどん加速して、その中心が黒く渦巻き始める。
捩れに引き込まれるような酩酊感が生まれて、白音はたまらず膝の横に手を突く。
遊園地のコーヒーカップに乗ってひたすらひたすら回転しているような、高速移動と眩暈のセットだ。
ぐるぐる回って、気持ち悪い。
これが、呪いの代償なのか?
横のみだった回転に、突如として縦回転が加わる。
白音の体は宙に投げ出された。
「わぁっ! 何ーー!?」
天地がひっくり返り、天井にぶつかる、と咄嗟に身体を縮めたが、衝撃はない。
しかし、足元にはブラックホールのような黒い渦が半径を広げ、白音を呑み込まんと闇色の焔を迸らせた。
その渦の中心に、白音は吸い込まれるように落ちていく。
(ええっ? ウソ……)
恐怖を感じるよりも早く。
あっという間に、それこそ、瞬き程度の一瞬で、白音は闇に吸い込まれ、その先へと突き抜けた。
「きゃあ……!」
その間は10秒にも満たない。しかし、明暗の差に眼が眩む。
身体が宙に放り出されている心許なさに変わりはなかったが、闇を抜けた途端、今度は引っ張られるようにして落下した。
ドサッ
墜落を覚悟して目を閉じたのに、白音を受け止めたのは、柔らかな衝撃だった。
(痛くない……?)
身体中のどこにも地面を感じる感触はない。
混乱がこれで収まる保証はどこにもないが、恐る恐る、白音はそぉっと目を開けた。
白音はその、開いた瞳に映った光景に、息を呑んだ。
目の前にあったのは、サファイアに似た煌めきの、アイスブルーの瞳。
「来たな。双翼の乙女」
輝くばかりの銀髪に、白皙の美貌の目元が薄らと綻ぶ。
声は玲瓏として、聞いた者を瞬時に虜にするような、心地よい響きを孕んでいた。
ーー見るからに非現実的な絶世の美男子に、白音は抱かれていた。
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