99 / 115
意地
7
しおりを挟む
(誰もいない……?)
随分登ったが、未だ人影は見当たらない。
(逃げ切れた? それとも、どこかで監視されているの?)
そう考えて、ぶるりと身を震わせた。
(念のため、もう少しだけ……)
エミリアは慎重に辺りを窺うと、スカートのポケットからハンカチを取り出した。
傷のできた、右手に巻く。
もう一段上まで登ってみたが、やはり人影は見えない。
ならばもう少しだけ……と手をかけようとした枝が、軋んだ。
「あっ!」
悲鳴を上げる間もなかった。エミリアの身体は枝から滑り落ちた。
咄嗟に受け身を取ったものの、地面に身体を強かに打った。
(……逃げなきゃ)
足を挫いたかもしれないという不安と焦燥を押し殺し、再び立ち上がる。
その拍子に、頭上から葉擦れの音が落ちてきた。
(しまった)
背後に気配を感じた時には、遅かった。
襟首を掴まれて身体が宙に浮く。咄嗟に抵抗して腕を振り上げると、掴んでいた力が緩んだ。
エミリアはその隙をついて身体を捻った。地面に手を突き、両足で着地する。
「逃がすんじゃないわよ!」
エミリアを掴んだのは、ウィルマではない。
力の具合から察するに侍女でもない。御者のほうだ。
「私に触れるな!」
エミリアは威喝した。ぴたりと手が止まった隙に、立ち上がる。
「それ以上私に触れれば、ただでは済まない。わかっているのですか?」
見ればやはり、背後に立っていたのは御者だった。
手を伸ばしたまま、躊躇っている。
「今更恐れてどうするの!? 王妃を逃せば、どちらにせよ私たちは咎を負い、罰を受ける。ここで捕らえる以外にないのよ!」
ウィルマが叫んだ。
主人の叱咤に御者は逆らえない。御者はエミリアに向かって突進してきた。
「愚か者が!」
やむを得ず、エミリアは臨戦態勢を取った。
護身術程度は嗜むが、実戦は初めてだ。
御者も普段は戦闘など無関係なのだろう。勢いに任せて飛び掛かって来る。
突き出された腕をいなして、逆に懐に飛び込む。
右こぶしに掌を添え、肘を引き上げるようにして鳩尾に突き入れる。
「グァ……」
御者は呻きながら崩れ落ちた。
「うそっ、カール!?」
背後から、ウィルマの悲鳴が聞こえる。
何とか上手く決まったが、エミリアの細腕では致命傷に至らない。
まさがエミリアが反撃するとは思わなかった油断のお陰でもある。
侍女の姿は、まだ近くになかった。
二手に別れたのかもしれない。
「馬鹿な真似は止めなさい。貴女の心証を損ねるだけよ」
「いえ、いいえ……! 問題ないわ。貴女の口さえ封じてしまえば」
ウィルマは動転している。
しかし、袖の中に手を入れたかと思うと、果物ナイフを取り出した。
随分登ったが、未だ人影は見当たらない。
(逃げ切れた? それとも、どこかで監視されているの?)
そう考えて、ぶるりと身を震わせた。
(念のため、もう少しだけ……)
エミリアは慎重に辺りを窺うと、スカートのポケットからハンカチを取り出した。
傷のできた、右手に巻く。
もう一段上まで登ってみたが、やはり人影は見えない。
ならばもう少しだけ……と手をかけようとした枝が、軋んだ。
「あっ!」
悲鳴を上げる間もなかった。エミリアの身体は枝から滑り落ちた。
咄嗟に受け身を取ったものの、地面に身体を強かに打った。
(……逃げなきゃ)
足を挫いたかもしれないという不安と焦燥を押し殺し、再び立ち上がる。
その拍子に、頭上から葉擦れの音が落ちてきた。
(しまった)
背後に気配を感じた時には、遅かった。
襟首を掴まれて身体が宙に浮く。咄嗟に抵抗して腕を振り上げると、掴んでいた力が緩んだ。
エミリアはその隙をついて身体を捻った。地面に手を突き、両足で着地する。
「逃がすんじゃないわよ!」
エミリアを掴んだのは、ウィルマではない。
力の具合から察するに侍女でもない。御者のほうだ。
「私に触れるな!」
エミリアは威喝した。ぴたりと手が止まった隙に、立ち上がる。
「それ以上私に触れれば、ただでは済まない。わかっているのですか?」
見ればやはり、背後に立っていたのは御者だった。
手を伸ばしたまま、躊躇っている。
「今更恐れてどうするの!? 王妃を逃せば、どちらにせよ私たちは咎を負い、罰を受ける。ここで捕らえる以外にないのよ!」
ウィルマが叫んだ。
主人の叱咤に御者は逆らえない。御者はエミリアに向かって突進してきた。
「愚か者が!」
やむを得ず、エミリアは臨戦態勢を取った。
護身術程度は嗜むが、実戦は初めてだ。
御者も普段は戦闘など無関係なのだろう。勢いに任せて飛び掛かって来る。
突き出された腕をいなして、逆に懐に飛び込む。
右こぶしに掌を添え、肘を引き上げるようにして鳩尾に突き入れる。
「グァ……」
御者は呻きながら崩れ落ちた。
「うそっ、カール!?」
背後から、ウィルマの悲鳴が聞こえる。
何とか上手く決まったが、エミリアの細腕では致命傷に至らない。
まさがエミリアが反撃するとは思わなかった油断のお陰でもある。
侍女の姿は、まだ近くになかった。
二手に別れたのかもしれない。
「馬鹿な真似は止めなさい。貴女の心証を損ねるだけよ」
「いえ、いいえ……! 問題ないわ。貴女の口さえ封じてしまえば」
ウィルマは動転している。
しかし、袖の中に手を入れたかと思うと、果物ナイフを取り出した。
13
お気に入りに追加
438
あなたにおすすめの小説
嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~
めもぐあい
恋愛
イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。
成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。
だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。
そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。
ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――
有能なメイドは安らかに死にたい
鳥柄ささみ
恋愛
リーシェ16歳。
運がいいのか悪いのか、波瀾万丈な人生ではあるものの、どうにか無事に生きている。
ひょんなことから熊のような大男の領主の家に転がりこんだリーシェは、裁縫・調理・掃除と基本的なことから、薬学・天候・気功など幅広い知識と能力を兼ね備えた有能なメイドとして活躍する。
彼女の願いは安らかに死ぬこと。……つまり大往生。
リーシェは大往生するため、居場所を求めて奮闘する。
熊のようなイケメン年上領主×謎のツンデレメイドのラブコメ?ストーリー。
シリアス有り、アクション有り、イチャラブ有り、推理有りのお話です。
※基本は主人公リーシェの一人称で話が進みますが、たまに視点が変わります。
※同性愛を含む部分有り
※作者にイレギュラーなことがない限り、毎週月曜
※小説家になろうにも掲載しております。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。
ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい
珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。
本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。
…………私も消えることができるかな。
私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。
私は、邪魔な子だから。
私は、いらない子だから。
だからきっと、誰も悲しまない。
どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。
そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。
異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。
☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。
彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる