81 / 115
復讐
6
しおりを挟む
翌日から――
エミリアは数日ぶりの祖国をしみじみと味わっていた。
部屋から出ることは許されなかったが、侍女たちはエミリアの好きな菓子や茶を運び、不自由なく過ごすことができた。
二日も大人しくしていると侍医の診断も、風邪ということで落ち着いた。おかげで体調は万全だ。
「よかったわ、エミリア。元気になったようね」
話しを蒸し返さなかったため、エミリアが諦めたと信じ始めたのだろう。
マルティナは、どこかほっとした様子だった。
「ええ、ご心配をお掛けしました」
エミリアはにっこりと笑って答えた。が、その表情は筋肉によって造られたものだった。
まるで自分の感情を隠すように、仮面を被っている。
疑われては、思うように身動きが取れない。
エミリアは徹底的にマルティナに従順な嫁を演じる。
「やっぱり貴女は私たちが見込んだ女性ね。聡明で、優しくて、私たちは幸せ者だわ」
マルティナは、すっかり機嫌を直したようで、エミリアの好物のポタージュを運ばせた。
エミリアは笑顔を浮かべたが、心の中は薄ら寒い。
ちっとも褒められている気がしない。
逆に「自我のない、愚かで扱いやすい妻」だと称されているように感じる。
今までどうして、疑問すら抱かなかったのだろう。
褒められ、頼られることが嬉しく、誇りでもあった。
「どうかしら、そろそろ外の空気を吸ってもいい頃よね。食事が済んだら、散歩にでも出ましょうか」
「はい。体調はすっかり良くなりました」
エミリアはマルティナに微笑んで、彼女の気が変わらぬうちにと、急いでポタージュを飲み干した。
「でも……せっかくですから、その前にフィリップ様にお会いしたいのです」
食事を終え、食器を片付けようとする侍女たちを止める。食後のお茶も、今は要らない。
「フィリップは今日も公務で忙しいのよ。あの子もほら……怪我で休んでいたから」
マルティナは、いつもの困ったような顔をした。それでも、押し通す。
「少しだけでも良いのです。お義母様が心配されるようなことは致しません」
「そうは言っても、ねえ……」
「状況を元通りに戻すなら、早いほうが良いと思うのです。私たちが夫婦として過ごす時はまだ、長いので。それに、お仕事の状況もそろそろ拝見したいので……」
マルティナは「まぁ」と、顔を輝かせた。
”夫婦”という直接的な言葉で、エミリアが完全に心を入れ替えたと解釈したのか。
それとも、既に庶務が滞っていて、早期の解消を望んでいるのか。
「そう、そうね……そうよね。仲良く過ごすのが、一番だわ……」
マルティナは一人で頷くと、すぐに席を立った。
王后自ら伝達役を務めるとは、ご苦労なことだ。
(フィリップ様はとんだ親不孝者ね。私も、人のことは言えないけれど……)
誰かに相談するか、フィリップと口裏合わせでもするためだろう。マルティナは部屋を出て行った。
エミリアは数日ぶりの祖国をしみじみと味わっていた。
部屋から出ることは許されなかったが、侍女たちはエミリアの好きな菓子や茶を運び、不自由なく過ごすことができた。
二日も大人しくしていると侍医の診断も、風邪ということで落ち着いた。おかげで体調は万全だ。
「よかったわ、エミリア。元気になったようね」
話しを蒸し返さなかったため、エミリアが諦めたと信じ始めたのだろう。
マルティナは、どこかほっとした様子だった。
「ええ、ご心配をお掛けしました」
エミリアはにっこりと笑って答えた。が、その表情は筋肉によって造られたものだった。
まるで自分の感情を隠すように、仮面を被っている。
疑われては、思うように身動きが取れない。
エミリアは徹底的にマルティナに従順な嫁を演じる。
「やっぱり貴女は私たちが見込んだ女性ね。聡明で、優しくて、私たちは幸せ者だわ」
マルティナは、すっかり機嫌を直したようで、エミリアの好物のポタージュを運ばせた。
エミリアは笑顔を浮かべたが、心の中は薄ら寒い。
ちっとも褒められている気がしない。
逆に「自我のない、愚かで扱いやすい妻」だと称されているように感じる。
今までどうして、疑問すら抱かなかったのだろう。
褒められ、頼られることが嬉しく、誇りでもあった。
「どうかしら、そろそろ外の空気を吸ってもいい頃よね。食事が済んだら、散歩にでも出ましょうか」
「はい。体調はすっかり良くなりました」
エミリアはマルティナに微笑んで、彼女の気が変わらぬうちにと、急いでポタージュを飲み干した。
「でも……せっかくですから、その前にフィリップ様にお会いしたいのです」
食事を終え、食器を片付けようとする侍女たちを止める。食後のお茶も、今は要らない。
「フィリップは今日も公務で忙しいのよ。あの子もほら……怪我で休んでいたから」
マルティナは、いつもの困ったような顔をした。それでも、押し通す。
「少しだけでも良いのです。お義母様が心配されるようなことは致しません」
「そうは言っても、ねえ……」
「状況を元通りに戻すなら、早いほうが良いと思うのです。私たちが夫婦として過ごす時はまだ、長いので。それに、お仕事の状況もそろそろ拝見したいので……」
マルティナは「まぁ」と、顔を輝かせた。
”夫婦”という直接的な言葉で、エミリアが完全に心を入れ替えたと解釈したのか。
それとも、既に庶務が滞っていて、早期の解消を望んでいるのか。
「そう、そうね……そうよね。仲良く過ごすのが、一番だわ……」
マルティナは一人で頷くと、すぐに席を立った。
王后自ら伝達役を務めるとは、ご苦労なことだ。
(フィリップ様はとんだ親不孝者ね。私も、人のことは言えないけれど……)
誰かに相談するか、フィリップと口裏合わせでもするためだろう。マルティナは部屋を出て行った。
11
お気に入りに追加
438
あなたにおすすめの小説
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。
木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。
その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。
本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。
リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。
しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。
なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。
竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~
めもぐあい
恋愛
イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。
成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。
だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。
そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。
ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――
有能なメイドは安らかに死にたい
鳥柄ささみ
恋愛
リーシェ16歳。
運がいいのか悪いのか、波瀾万丈な人生ではあるものの、どうにか無事に生きている。
ひょんなことから熊のような大男の領主の家に転がりこんだリーシェは、裁縫・調理・掃除と基本的なことから、薬学・天候・気功など幅広い知識と能力を兼ね備えた有能なメイドとして活躍する。
彼女の願いは安らかに死ぬこと。……つまり大往生。
リーシェは大往生するため、居場所を求めて奮闘する。
熊のようなイケメン年上領主×謎のツンデレメイドのラブコメ?ストーリー。
シリアス有り、アクション有り、イチャラブ有り、推理有りのお話です。
※基本は主人公リーシェの一人称で話が進みますが、たまに視点が変わります。
※同性愛を含む部分有り
※作者にイレギュラーなことがない限り、毎週月曜
※小説家になろうにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる