捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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復讐

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 ヴォルティアで幾度も目にした表情だ。マルティナは、エミリアに愛情がない訳ではない。

 だが、それよりも自分の地位や利益を優先する――

 アンゲリクスも、感情の見えない目で、じっとエミリアを見下ろした。

 どう対処すべきか、考えあぐねているのだろう。

(この人たちは……)

 マルティナとアンゲリクスは、フィリップを大切にしていた。

 けれどそれは、息子可愛さからだけでもなかったわけだ。

(私たちを駒として見ているの――?)

「侍医をこちらの部屋へ呼びなさい。エミリアは記憶が混乱しているようだわ。ひょっとしたら、ヴァルデリアで酷い目に遭ったのかもしれない」

 マルティナは、執事に命じた。

「エミリア、今日はゆっくりお休みなさい。後で貴女の大好きなポタージュを運ばせるから」

 後は振り返りもせず、アンゲリクスと部屋を出ていった。

(この人たちが優しかったのは、私が自分たちの利益になるからなのね。私は……それを愛だと)

 エミリアは、出来の良い妻をずっと演じていた。

 しかし、どれだけ優しくされても、両陛下にとってエミリアは他人だったと、今になって思い知る。

(便利な駒として、利用したいだけだったの)

 2人が去っていった後――静かな部屋で、エミリアは立ち尽くしたまま俯いていた。

 部屋には噎せ返るほどの人数が詰めかけている。

 それでも誰一人として、エミリアに声を掛けられる者はなかった。








 その日の夜、エミリアは床についた。

 侍医は「一時的な記憶混濁」との診断を下した。

 ゆっくり休めばじきに回復するだろうと、部屋に閉じ込められた。

 下手に騒いで鎮静剤など打たれては敵わないので、エミリアは沈黙に留めた。

 エミリアが折れるまで、軟禁するつもりかもしれない。

 一度部屋を出ようとすると、扉の前には侍女が見張りに立っていた。

 侍女は多少気遣う目をしてくれていたが、申し訳なさそうに部屋へ押し戻しただけだった。

 彼女らには何の罪もない。エミリアに協力したせいで立場を悪くさせたくもない。

 四面楚歌など慣れっこだ。

 クローゼットにどれほど豪奢なドレスが揃っていても、広いベッドがあろうとも、エミリアが心から安らげる場所は、ここにない。

 それでも部屋の調度品を、そのままにしておいてくれたのは有難い。

 ガラスの水差し、コンポート。掛け時計。

 文箱に数十の衣類……。

 必要なものはいくらでもある。

「ごめんなさいね……」

 エミリアは誰に向けるでもなく、胸中で謝罪した。

(こんなの、もう、我慢できない……)

 あるいは今までのエミリアだったら、それでも大人しく従っていたかもしれない。

 血の繋がらない義両親が、表面だけでも優しく接してくれる。

 それで満足し、身を粉にして尽くしたかもしれない。

 しかし、今は――。

 エミリアは壁に掛かった木製の時計に目を向けた。

 間もなく、約束の時間を迎えようとしていた。
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