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「そう、では結構よ。私も、楽しかったわ……」
ソーニャは辛うじて穏やかな口調を保った。
(そんなに不安そうな顔をしなくとも……)
エドワードは呆れつつも母を案じた。
一方でエミリアの言動が不可解だ。
「ごちそうさまでした。それではお先に失礼します。皆様、ごきげんよう」
エミリアは、優雅に立ち上がると、エドワードのエスコートを待った。手を取り、出口へ向かう。
皆の視線を一身に集めながら、エドワードが訝しんでいる間にも、ぱたん、と扉が閉まった。
エミリアが手を放すと、エドワードは堪らず問いかける。
「今、いったい何があったんだ? 私にはさっぱり」
エミリアは人差し指を唇に当てて、しーっと囁く。
「ここではちょっと……場所を移しましょう」
エミリアには珍しく、秘密めかした言い方だ。
エドワードは頷くと、エミリアを自室へ誘った。
***
「で、何があったんだ?」
エドワードの自室へ辿り着くと早々、エミリアは問い詰められた。
「母と……いったい何のやり取りをしていたんだ? 私にはさっぱりわからなかった」
「ええと、……怒らないでくださいます?」
ちょっとした意趣返しのつもりだったが、エドワードにとっては母親だ。
気を悪くしないかと、心配になる。
「内容によるかな」
エドワードは腕を組んで、仁王立ちした。
「ソーニャ様がサロンで振舞ってくださったお茶とお菓子……」
最初に仕掛けたのはソーニャだ。エミリアは悪くないと信じている。
だが、少し、声が小さくなる。
ソーニャの失意を愉快に感じていたのも、また事実だからだ。
「私、本当はピーマンもオニオンも、大好きなんです」
エドワードは目をぱちくりさせた。
「は? え? それは、そのようだったね。しかし、……それが?」
「初日に湯浴みを担当してくれた侍女に、食べ物の好き嫌いを聞かれたんです。でも私、つい、いつもの癖が出て、嘘をついてしまったのです」
エミリアは、申し訳なさそうに目を伏せた。エドワードを盗み見る。
(悪気はなかったけれど、怒っていらっしゃるかしら?)
しかし――。
「うそって、何だ? 好き嫌いを偽った? それだけかい?」
意外にも、怒られない。
「怒らないのですか?」
不安になって問うと、エドワードは頬を赤くした。額に手を当てる。
「……全く、呆れる。それだけ?」
「ええ」
エミリアは拍子抜けして頷いた。
「それだけでどうして私が怒るんだ。つまり……こうか。母上はエミリアがピーマンとオニオンを苦手だと思い込んで、わざわざサロンであんなお菓子を振舞ったと……」
エドワードは瞑目して、嘆息した。
「じゃあ、謝らなきゃいけないのは私のほうだ。済まなかった」
「どうしてです?」
エミリアはきょとんとする。まさか、エドワードが謝るとは予想していなかった。
「そんな子供じみた嫌がらせ……息子として恥ずかしい」
エドワードは拳を握ると、額に当てた。
そんな様子に、エミリアは思わず笑みを零す。
「いいえ、それがお可愛らしくて、つい、意地悪をしてしまいましたの。お陰で食べ過ぎました」
出した菓子を食べられずに困惑するエミリアを、嗜め、嘲笑する算段だったのだろう。
それを、当てが外れた時の、あの表情。
ソーニャは辛うじて穏やかな口調を保った。
(そんなに不安そうな顔をしなくとも……)
エドワードは呆れつつも母を案じた。
一方でエミリアの言動が不可解だ。
「ごちそうさまでした。それではお先に失礼します。皆様、ごきげんよう」
エミリアは、優雅に立ち上がると、エドワードのエスコートを待った。手を取り、出口へ向かう。
皆の視線を一身に集めながら、エドワードが訝しんでいる間にも、ぱたん、と扉が閉まった。
エミリアが手を放すと、エドワードは堪らず問いかける。
「今、いったい何があったんだ? 私にはさっぱり」
エミリアは人差し指を唇に当てて、しーっと囁く。
「ここではちょっと……場所を移しましょう」
エミリアには珍しく、秘密めかした言い方だ。
エドワードは頷くと、エミリアを自室へ誘った。
***
「で、何があったんだ?」
エドワードの自室へ辿り着くと早々、エミリアは問い詰められた。
「母と……いったい何のやり取りをしていたんだ? 私にはさっぱりわからなかった」
「ええと、……怒らないでくださいます?」
ちょっとした意趣返しのつもりだったが、エドワードにとっては母親だ。
気を悪くしないかと、心配になる。
「内容によるかな」
エドワードは腕を組んで、仁王立ちした。
「ソーニャ様がサロンで振舞ってくださったお茶とお菓子……」
最初に仕掛けたのはソーニャだ。エミリアは悪くないと信じている。
だが、少し、声が小さくなる。
ソーニャの失意を愉快に感じていたのも、また事実だからだ。
「私、本当はピーマンもオニオンも、大好きなんです」
エドワードは目をぱちくりさせた。
「は? え? それは、そのようだったね。しかし、……それが?」
「初日に湯浴みを担当してくれた侍女に、食べ物の好き嫌いを聞かれたんです。でも私、つい、いつもの癖が出て、嘘をついてしまったのです」
エミリアは、申し訳なさそうに目を伏せた。エドワードを盗み見る。
(悪気はなかったけれど、怒っていらっしゃるかしら?)
しかし――。
「うそって、何だ? 好き嫌いを偽った? それだけかい?」
意外にも、怒られない。
「怒らないのですか?」
不安になって問うと、エドワードは頬を赤くした。額に手を当てる。
「……全く、呆れる。それだけ?」
「ええ」
エミリアは拍子抜けして頷いた。
「それだけでどうして私が怒るんだ。つまり……こうか。母上はエミリアがピーマンとオニオンを苦手だと思い込んで、わざわざサロンであんなお菓子を振舞ったと……」
エドワードは瞑目して、嘆息した。
「じゃあ、謝らなきゃいけないのは私のほうだ。済まなかった」
「どうしてです?」
エミリアはきょとんとする。まさか、エドワードが謝るとは予想していなかった。
「そんな子供じみた嫌がらせ……息子として恥ずかしい」
エドワードは拳を握ると、額に当てた。
そんな様子に、エミリアは思わず笑みを零す。
「いいえ、それがお可愛らしくて、つい、意地悪をしてしまいましたの。お陰で食べ過ぎました」
出した菓子を食べられずに困惑するエミリアを、嗜め、嘲笑する算段だったのだろう。
それを、当てが外れた時の、あの表情。
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