54 / 115
事件
19
しおりを挟む
リチャードの提案に、エミリアが反発する。
「それも、いいかもな。エミリアも、母上もわからず屋だ。私も、私のしたいようにしてしまおうか」
「エドワード様……!」
「貴女に不自由はさせないさ。身を立てる方法なら、いくらでもある」
エドワードは、冗談めかして言う。
しかし、あながち冗談でもない。
父の理解は得られているし、他に有力な皇太子の候補もいないから勘当される可能性は低いだろう。
だが、もしもソーニャが身分を形に勝手な結婚を推し進めるなら、エドワードは今の地位を退いても構わない。
「ちっともよくありません! どうしてわかってくださらないの? 私は……エドワード様には幸せになって欲しいのです」
エミリアは、とうとう声を荒げた。
「……君の幸せは、私の幸せでもあると?」
「だから、そう申し上げて」
「結構。なら、私に協力してくれるよね?」
「は、……え、えっ?」
エミリアは急展開に目を丸くした。
聡明な女性でも、頓智の類ならエドワードのほうが上手だ。
「貴女には多少、不愉快な思いをさせるだろう。けど、協力してくれるね、私のために」
「私の心情に配慮して頂く必要はありません。けれど、協力とは」
「私は意に染まない婚約を強いられる哀れな王子だ。助けて欲しい」
エドワードの詭弁を察して、リチャードがくすっと失笑する。
「私を愛しているふりをしてくれればいい。私と君の間に入り込む余地がないとわかれば、令嬢も母上もいずれは諦める」
「そんな」
「何も本当に愛してくれと言っている訳じゃない。そう難しくはない」
「でも、愛しているふりなんて……」
エミリアは、戸惑った様子で俯いた。返事はないのに、首を振る。
振りで良いと言っても、まだ快諾してくれないのか。
「振りでも嫌なの? それとも、私の幸せを願うと言ったのは噓かい?」
エドワードは、エミリアの顔を覗き込む。そして、甘えるように小首を傾げて見せた。
「嘘ではありません。でも、理屈がおかしいわ」
「そこを何とか。見ず知らずの令嬢にエドワード様の純潔を奪われても良いのですか?」
「おい」
あまりに奇天烈なリチャードの援護に、思わずツッコむ。
しかし、意外にもエミリアは深刻そうにリアクションを取った。
女性にとって「純潔」が、重い言葉だからだろうか。
「それでは、確かに。お可哀そう、ですね……」
「でしょう? エドワード様を救える人物は、エミリア様意外にいないのです」
承諾してくれそうな展開は有難い。
しかし、素直に喜べない。
「ちょっと、待っ」
抗議の声を上げようとするエドワードの脇を、リチャードが肘でつついて制する。
「もう少しで、納得していただけます」
リチャードは声を出さずに唇だけを動かす。エドワードも読唇術の心得がある。
「だが、それでは私が、純潔を守っている男みたいじゃないか」
「詭弁ですよ。エドワード様は、女性経験が豊富な方です」
リチャードはにやりと返す。
エドワードは舌打ちしたくなる。
経験が豊富かどうか、リチャードはよく分かっているはずだ。
「わかりました。私で、お役に立てるなら、お手伝いいたします」
エドワードのわだかまりとは裏腹に、エミリアが折れた。
エドワードはすかさず、エミリアをリチャードの前から腕の中に引き寄せる。
リチャードは変わらず無言だが「どうだ」と言わんばかりの満足げな顔でエドワードを見上げた。
少し癪だが、今は話に乗っておこう。
「嬉しいよ、エミリア。ありがとう、愛してる」
「あ……愛してなんていません!」
愛しているふりをする約束をしたばかりなのに、エミリアは咄嗟に主張した。
「あれ? そんな態度で周りが納得すると思うの? ……まあいいか、今は」
エドワードは意地悪く笑って、エミリアの頭を撫でた。
愛しているふりが上手くいくまで、ゆっくり懐柔していくとしよう。
「お話が纏まり、よろしゅうございました。では、宮殿に戻りましょう。皆様が首を長くしてお待ちですよ」
リチャードは、そう言ってウィンクする。
エドワードとエミリアは、揃って頷き返した。
「それも、いいかもな。エミリアも、母上もわからず屋だ。私も、私のしたいようにしてしまおうか」
「エドワード様……!」
「貴女に不自由はさせないさ。身を立てる方法なら、いくらでもある」
エドワードは、冗談めかして言う。
しかし、あながち冗談でもない。
父の理解は得られているし、他に有力な皇太子の候補もいないから勘当される可能性は低いだろう。
だが、もしもソーニャが身分を形に勝手な結婚を推し進めるなら、エドワードは今の地位を退いても構わない。
「ちっともよくありません! どうしてわかってくださらないの? 私は……エドワード様には幸せになって欲しいのです」
エミリアは、とうとう声を荒げた。
「……君の幸せは、私の幸せでもあると?」
「だから、そう申し上げて」
「結構。なら、私に協力してくれるよね?」
「は、……え、えっ?」
エミリアは急展開に目を丸くした。
聡明な女性でも、頓智の類ならエドワードのほうが上手だ。
「貴女には多少、不愉快な思いをさせるだろう。けど、協力してくれるね、私のために」
「私の心情に配慮して頂く必要はありません。けれど、協力とは」
「私は意に染まない婚約を強いられる哀れな王子だ。助けて欲しい」
エドワードの詭弁を察して、リチャードがくすっと失笑する。
「私を愛しているふりをしてくれればいい。私と君の間に入り込む余地がないとわかれば、令嬢も母上もいずれは諦める」
「そんな」
「何も本当に愛してくれと言っている訳じゃない。そう難しくはない」
「でも、愛しているふりなんて……」
エミリアは、戸惑った様子で俯いた。返事はないのに、首を振る。
振りで良いと言っても、まだ快諾してくれないのか。
「振りでも嫌なの? それとも、私の幸せを願うと言ったのは噓かい?」
エドワードは、エミリアの顔を覗き込む。そして、甘えるように小首を傾げて見せた。
「嘘ではありません。でも、理屈がおかしいわ」
「そこを何とか。見ず知らずの令嬢にエドワード様の純潔を奪われても良いのですか?」
「おい」
あまりに奇天烈なリチャードの援護に、思わずツッコむ。
しかし、意外にもエミリアは深刻そうにリアクションを取った。
女性にとって「純潔」が、重い言葉だからだろうか。
「それでは、確かに。お可哀そう、ですね……」
「でしょう? エドワード様を救える人物は、エミリア様意外にいないのです」
承諾してくれそうな展開は有難い。
しかし、素直に喜べない。
「ちょっと、待っ」
抗議の声を上げようとするエドワードの脇を、リチャードが肘でつついて制する。
「もう少しで、納得していただけます」
リチャードは声を出さずに唇だけを動かす。エドワードも読唇術の心得がある。
「だが、それでは私が、純潔を守っている男みたいじゃないか」
「詭弁ですよ。エドワード様は、女性経験が豊富な方です」
リチャードはにやりと返す。
エドワードは舌打ちしたくなる。
経験が豊富かどうか、リチャードはよく分かっているはずだ。
「わかりました。私で、お役に立てるなら、お手伝いいたします」
エドワードのわだかまりとは裏腹に、エミリアが折れた。
エドワードはすかさず、エミリアをリチャードの前から腕の中に引き寄せる。
リチャードは変わらず無言だが「どうだ」と言わんばかりの満足げな顔でエドワードを見上げた。
少し癪だが、今は話に乗っておこう。
「嬉しいよ、エミリア。ありがとう、愛してる」
「あ……愛してなんていません!」
愛しているふりをする約束をしたばかりなのに、エミリアは咄嗟に主張した。
「あれ? そんな態度で周りが納得すると思うの? ……まあいいか、今は」
エドワードは意地悪く笑って、エミリアの頭を撫でた。
愛しているふりが上手くいくまで、ゆっくり懐柔していくとしよう。
「お話が纏まり、よろしゅうございました。では、宮殿に戻りましょう。皆様が首を長くしてお待ちですよ」
リチャードは、そう言ってウィンクする。
エドワードとエミリアは、揃って頷き返した。
34
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

婚約を破棄され辺境に追いやられたけれど、思っていたより快適です!
さこの
恋愛
婚約者の第五王子フランツ殿下には好きな令嬢が出来たみたい。その令嬢とは男爵家の養女で親戚筋にあたり現在私のうちに住んでいる。
婚約者の私が邪魔になり、身分剥奪そして追放される事になる。陛下や両親が留守の間に王都から追放され、辺境の町へと行く事になった。
100キロ以内近寄るな。100キロといえばクレマン? そこに第三王子フェリクス殿下が来て“グレマン”へ行くようにと言う。クレマンと“グレマン”だと方向は真逆です。
追放と言われましたので、屋敷に帰り準備をします。フランツ殿下が王族として下した命令は自分勝手なものですから、陛下達が帰って来たらどうなるでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる