捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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事件

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 リチャードの提案に、エミリアが反発する。

「それも、いいかもな。エミリアも、母上もわからず屋だ。私も、私のしたいようにしてしまおうか」

「エドワード様……!」

「貴女に不自由はさせないさ。身を立てる方法なら、いくらでもある」

 エドワードは、冗談めかして言う。

 しかし、あながち冗談でもない。

 父の理解は得られているし、他に有力な皇太子の候補もいないから勘当される可能性は低いだろう。

 だが、もしもソーニャが身分を形に勝手な結婚を推し進めるなら、エドワードは今の地位を退いても構わない。

「ちっともよくありません! どうしてわかってくださらないの? 私は……エドワード様には幸せになって欲しいのです」

 エミリアは、とうとう声を荒げた。

「……君の幸せは、私の幸せでもあると?」

「だから、そう申し上げて」

「結構。なら、私に協力してくれるよね?」

「は、……え、えっ?」

 エミリアは急展開に目を丸くした。

 聡明な女性でも、頓智の類ならエドワードのほうが上手だ。

「貴女には多少、不愉快な思いをさせるだろう。けど、協力してくれるね、私のために」

「私の心情に配慮して頂く必要はありません。けれど、協力とは」

「私は意に染まない婚約を強いられる哀れな王子だ。助けて欲しい」

 エドワードの詭弁を察して、リチャードがくすっと失笑する。

「私を愛しているふりをしてくれればいい。私と君の間に入り込む余地がないとわかれば、令嬢も母上もいずれは諦める」

「そんな」

「何も本当に愛してくれと言っている訳じゃない。そう難しくはない」

「でも、愛しているふりなんて……」

 エミリアは、戸惑った様子で俯いた。返事はないのに、首を振る。

 振りで良いと言っても、まだ快諾してくれないのか。

「振りでも嫌なの? それとも、私の幸せを願うと言ったのは噓かい?」

 エドワードは、エミリアの顔を覗き込む。そして、甘えるように小首を傾げて見せた。

「嘘ではありません。でも、理屈がおかしいわ」

「そこを何とか。見ず知らずの令嬢にエドワード様の純潔を奪われても良いのですか?」

「おい」

 あまりに奇天烈なリチャードの援護に、思わずツッコむ。

 しかし、意外にもエミリアは深刻そうにリアクションを取った。

 女性にとって「純潔」が、重い言葉だからだろうか。

「それでは、確かに。お可哀そう、ですね……」

「でしょう? エドワード様を救える人物は、エミリア様意外にいないのです」

 承諾してくれそうな展開は有難い。

 しかし、素直に喜べない。

「ちょっと、待っ」

 抗議の声を上げようとするエドワードの脇を、リチャードが肘でつついて制する。

「もう少しで、納得していただけます」

 リチャードは声を出さずに唇だけを動かす。エドワードも読唇術の心得がある。

「だが、それでは私が、純潔を守っている男みたいじゃないか」

「詭弁ですよ。エドワード様は、女性経験が豊富な方です」

 リチャードはにやりと返す。

 エドワードは舌打ちしたくなる。

 経験が豊富かどうか、リチャードはよく分かっているはずだ。

「わかりました。私で、お役に立てるなら、お手伝いいたします」

 エドワードのわだかまりとは裏腹に、エミリアが折れた。

 エドワードはすかさず、エミリアをリチャードの前から腕の中に引き寄せる。

 リチャードは変わらず無言だが「どうだ」と言わんばかりの満足げな顔でエドワードを見上げた。

 少し癪だが、今は話に乗っておこう。

「嬉しいよ、エミリア。ありがとう、愛してる」

「あ……愛してなんていません!」

 愛しているふりをする約束をしたばかりなのに、エミリアは咄嗟に主張した。

「あれ? そんな態度で周りが納得すると思うの? ……まあいいか、今は」

 エドワードは意地悪く笑って、エミリアの頭を撫でた。

 愛しているふりが上手くいくまで、ゆっくり懐柔していくとしよう。

「お話が纏まり、よろしゅうございました。では、宮殿に戻りましょう。皆様が首を長くしてお待ちですよ」

 リチャードは、そう言ってウィンクする。

 エドワードとエミリアは、揃って頷き返した。
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