捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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事件

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 どれ程時間が経っただろう。ふと、エミリアが身じろぎした。

 エドワードの胸から顔を上げ、指先で涙を拭う。

「ごめんなさい……もう大丈夫です」

 そう言って微笑もうとしたエミリアは、目が合うとはっと息を呑んだ。

「ああ……目が赤くなってしまったね」

 自分を信じて、縋ってくれた彼女が愛おしい。

「私はいつまでこうしていても一向に構わないが、あまり泣きすぎても身体に毒だね」

「いえ、もう充分です。お陰でもう……これで、綺麗に忘れます」

「結構。では次は、失った水分の……」

 言葉の途中で、また、エミリアが噴き出した。

「結構。って、それ、エドワード様の口癖ですね」

「そうだった? 無意識を指摘されると、恥ずかしいな。自分では気づかないものだね」

 エドワードは気恥ずかしさに目を逸らす。

「エドワード様は、噂通りの方ね。寡黙だというのも、今は信じられる気がします」

「噂なんて……誰から聞いたの」

「メイドさんがたの間で、お話しされているそうですよ。エドワード様は寡黙だけどお優しいって。最初は揶揄われたりしたから、とても寡黙そうには見えなかったのですけど」

 自分がメイドの間でどう噂されているのか。

 気にしたこともなかったが、改めて口にされると照れくさい。

 余計に恥ずかしくなって、意味もなく首の後ろに手をやる。

「ですからエドワード様も無理はお止めになって。私のために沢山お話をしてくださっていたのですよね? 優しさに気付かず、甘えてばかりでごめんなさいね」

「優しいんじゃない。私は、貴女が好きだから……自然に口数が多くなってるだけだ……」

 照れを隠すため、口調がぶっきらぼうになる。

(こんな言い回しは、したくないのに)

 エドワードは弱った。

 誰だって好意を持っている相手には優しくできるものだ。

 だから、優しいかどうかは、測れないだろう。

「いいえ。……本当に、とてもお優しい方」

 エミリアは、エドワードの反論を遮って、しみじみと呟いた。

「でなければ ”優しくない” などと仰らなくてよ」
 
 慈愛に満ちた微笑みを向けられて、エドワードは、目を瞠った。

 今まで女性を近づけたこともなかったせいか、褒められ慣れていない。

「照れていらっしゃるの? 可愛らしい一面もおありなのね」

「止してくれ。男をそんな風に揶揄うものじゃない」

「あら、先に揶揄ったのはエドワード様ですよ? それに私のほうが年上ですもの。少しくらい、いいでしょう? 赤くなって、ますます可愛い」

「可愛いは、止してくれないか」

 エドワードが眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに言い放つと、エミリアは声を上げて笑った。

 冗談めかして言うエミリアに、エドワードも思わず笑顔になる。

 今までよりも親密な雰囲気になった気がして、自然と胸が躍った。

 こんなに楽しい時間を過ごしたのはいつ以来だろう。

 屈託のない笑顔を見ていると、ずっと前からこうして二人でいたような気がする。

 エミリアの涙は乾き、頬には赤味が戻っている。

 すっかり元通りの二人に戻って、二人は帰りの馬車に乗り込んだ。

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