捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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事件

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「いいんだ。貴女は私の、特別な人だから。させて欲しい」

 そう請われては、断れない。

 エミリアがおずおずと差し出した足を、エドワードは丁寧に拭った。

 踵から、足の甲へ。掌で、包み込むように。

 その触れ方の優しさに、エミリアは戸惑った。

 頬を赤らめて困惑するエミリアの様子を、垣間見て、またエドワードは切なくなった。

 焦りは禁物だ。けれど、一分一秒でも早く、この女性の心が欲しい。

 それらが得られるのなら何だって差し出す。

 思うままに抱きしめたいと、願わずにはいられない。

 それと同時に、侮蔑と憎しみの感情も湧き上がった。

 この清らかな女性の身も心も、傷付けた、ヴォルティア王。

 きっと二心ないエミリアだ。献身的に尽くしていただろう。

 彼女の善良さに甘え、驕り、あまつさえ裏切るとは。

 ――あの男を、決して許すまい。

 エドワードの心の中で、冷たい炎が燃え盛った。

 ……もっとも、夫がそんな下衆でなければ、エミリアは大人しくエドワードと行動を共にしなかったろうが。

「エドワード様、もう、十分ですわ」

 エミリアが、恥ずかしそうに膝を引こうとする。

「いや、まだだ。あと少しだけ」

 足の甲を拭い終えると、足首を持ち、ふくらはぎに布を当てる。

 ただエドワードがこうしていたいだけだ。

「……くすぐったい」
 
 エミリアは呟いたが、エドワードのしたいようにさせてくれた。

 無言で足に触れていると、何かいけないことをしているような、落ち着かない気分に陥った。

「よし、じゃあ行こう。最初からこうすれば良かった」

 先に音を上げたのは、エドワードの方だった。

 膝の下に手を差し入れて、エミリアを抱き上げる。

 このまま触れていたら、本当にいけないことをしたくなりそうだったからだ。

 次は、歌劇場でオペラ鑑賞だ。

 演目は、“オテロ”。

 主役のテノール歌手は、リカード・フェスタというそうだ。

 エドワード自体はリチャードから教わり、初めて知った。

 今最も注目を集めている歌手の一人らしい。

 興味は薄いが、女性は皆オペラを好むとの情報を鵜呑みにして決めた。

「こんなに良い席を用意してくださったの。人気の演目でしょうに」

 エミリアは恐縮しきりだ。

「最上の女性を連れて来るんだから、当然だ」

 エドワードは、膝の上に置いてあるエミリアの手を取る。

「貴女とこうして過ごせることに、感謝している」

「ありがとうございます」

 エドワードは、エミリアの指先に口づける。

 すると、頬を薔薇色に染めたエミリアが、こちらを見上げた。

 拒絶は、されない。

 また堪らない気持ちになって、抱きしめたくなる。

 けれど……それは我慢した。

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