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事件

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「どこを振り返ってそう思うの!? どれが貴方の功績だと言うのよ!! 貴方は一人じゃロクに公務もこなせなかったじゃない!!」

 マルティナは声を張り上げた。

「えっ」

 まるで頭の中を見透かされているような反論に、フィリップの思考は一旦停止した。

 今度は扇で叩かれたりしない。

 一人じゃロクに公務もこなせなかった?

 えっ? と更に遡って、かつての公務を思い出す。

 エミリアが来る前は、どうしていたっけ……?

 思い出せない。あまり良い思い出でもなさそうだ。

 色鮮やかに思い返せるのは、エミリアを傍らに、饒舌に会話をする自分だけだった。

 フィリップをじっと見つめるマルティナは、つつと涙を流した。

「私だって、貴方が可愛くて……どうにかして王座に着けたかった。だから、エミリアとの婚約を推し進めたのよ。あの子なら、貴方を支えてくれると思ったから!」

「母上……。それって、ひょっとして」

「ええ、そうよ。貴方一人では到底重臣の反発を防げなかった。下手をすると外戚を推される可能性さえあった。……だから、妻に有能な人物を選んだのよ。貴方に不穏勢力を黙らせる力量があって? 重要な決断を迫られたことは? 意見を求められて回答したことは?」

 問われてフィリップはたじたじとなる。確かに、なかった……かもしれない。

 迷っていればいつでもエミリアが、「フィリップ様はこう、お考えでいらっしゃいますよね」と、相応しい方向を示してくれた。

「そんな貴方を黙って支え、それでも謙虚な姿勢を崩さず、貴方の功績になるよう影に徹してくれていたのに。子を産まないって、責めたんじゃないでしょうね!? その言葉が女にとってどんなに辛いか、想像できない? おまけに側妃を認めろですって!? 確かに世継は必要だけど、本心は下心でしょ。なんて、傲慢なの。私がエミリアだったら耐えられないわ。申し訳なくって……もう、合わせる顔もない!」

 マルティナはとうとう、声を上げて泣き出した。

 母の涙は強烈だ。

 直接叩かれるよりも強く、フィリップに罪悪感を抱かせ、強烈な打撃を与えた。

「母上……私は、ど、どうすれば」

 すると、自分のやってきたことはエミリアの優しさの上に成り立っていたってことか。

 王妃としての役目は当然と言わんばかりで、黙ってこなしていたエミリアに甘え、フィリップが負うべき仕事を押し付けて、さも自分の手柄のように振舞った。

(それって、とても恥ずかしい姿なのでは?)

 フィリップはようやく焦り始めた。

 とんでもなく、取り返しのつかない過ちを犯したのか??

(もしや、私は……)

 無能なのか?

 自分を最も否定する言葉が頭に浮かびかけたが、認めたくない。

「自分で考えなさい!! エミリアが貴方の不貞で王宮を去ったと知れたら、今まで友好を保っていた諸国がどう動くかも分かりません。どういう意味なのか、よく理解なさい」

 マルティナは、冷たく言い放つ。フィリップの脳内に、暗雲が立ち込めた。

……てことはエミリアを失うって、そうとうマズイんじゃないか。

 諸国が動く? どういう意味だ?

 母親の叱咤、涙、罵倒。自信も揺らいで、フィリップはすっかり動揺している。

 どうするべきなのかなんて、直ぐに決められない。

「ともかく、一刻も早くエミリアを連れ帰る事だ。草の根分けても探し出すのだ」

「――あなた!」

 アンゲリクスの出した助け舟を、マルティナは非難する。

 フィリップはこくこくと頷いた。

「そう、ですね。すぐに。すぐに、捜索隊を編成します。私も、出ます」

 フィリップはふらつく足をどうにか動かし、転げるように部屋を出た。

 後ろからウィルマの声が追いかけて来た気もするが、後ろを振り返る余裕はなかった。

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