捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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ヴァルデリア

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 一方、その頃のヴォルティアには、エミリアとは対照的に蒼白になるフィリップ=ヴォルティアの姿があった。

 調度品に蹴つまずいて、サイドテーブルにぶつかる。グラスと水差しが横倒しになり、昨晩から注がれたままのワインが零れた。

 今や絨毯の染みなど気にしている状態ではない。

 他にも部屋は荒れがちだった。使用人を遠ざけていたからだ。

 フィリップは書斎にいた。床には書類の束、一度も目を通したことのない本なども散乱している。

「エミリアがアルデン伯爵家を訪ねていないだって!? そんな馬鹿な話があるか。家の中は、あらためたのか!?」

 フィリップは、よろめく身体を机に預け、報告をもたらした衛兵に声を荒げた。

 ヴォルティア王国の国王、フィリップは荒れている。

 浮気現場を目撃した妻エミリアは「出て行く」と宣言した。

 宣言通り、妻は、忽然と姿を消してしまった。

 エミリア妃の捜索指示を出してから、丸一日が経過していた。

 フィリップは近衛の者の内、信頼の置ける3人と、普段からエミリアと接点のある3人の精鋭にエミリアの捜索にあたらせている。

 しかし、妻は一向に見つからない。

 ――エミリアが当てにできる場所など、碌にない。

 甘く見たのが間違いだったのか?  いや、酸い甘いなどで片が付く話ではない。

 事態は既に把握していたが、信じたくなくて現実から目を逸らしていた。

「いえ、家の中までは……、内密に捜索せよとのご指示でしたので。無理に押し入って捜索すれば、逆に何事かと勘繰られます」

 フィリップは押し黙る。

 現アルデン伯は気が弱い。王家の意に背いてエミリアを匿うとは考えにくい。

 ならばいったいエミリアは何処へ行ったのか。

 昨日、侍女の訴えで明らかになった。

 朝の支度に部屋を訪れた時、すでに寝室はもぬけの空だったと聞いている。

 部屋に乱れたところはなく、本人だけがいない。

 ただ、バルコニーの扉だけが開け放たれていた。

(エミリアが自ら出て行ったのか? それとも誰かに連れ去られたか?)

 しかしエミリアの寝室は2階だ。

 何の仕掛けもなく、無傷で降りられるはずもない。

 城内の警備にも、問題はなかったはずだ。

(まさか城の中に身を潜めて、私の動揺を嘲笑っているのか? まさかな。エミリアは何よりも、品性を重んじる。そんな醜態をさらす筈もない)

 ではどうした。

 先ほどから思考は迷宮の同じ箇所をぐるぐると回るばかりだ。

(どこで判断を誤った? 貴族が妻の他に女を持つことは良くある話だ。それに5年。5年も待ったんだ。側妃を迎えようとしたくらいで、こんな騒ぎを起こすなんて)

 サンフラン嬢――ウィルマと恋仲になったのは、エミリアとの婚約とほぼ同時期だった。

 フィリップはウィルマを妃にするつもりがあったが、父母の強力な後ろ盾で、エミリアが立后した。

 ウィルマは辛抱強く、フィリップを待っていた。正妻になりたくない筈もないのに、側妃でいいと言ってくれた。

 だからこそ、有無を言わせぬ力を得て、ウィルマを得ようとしただけだったのに……!

(皆が私を非難するだろう)

 エミリアの失踪が知れたら、誰もが原因を探ろうとする。

 フィリップとサンフラン嬢の関係は、直ぐに知れ渡るだろう。

(いや、いいんだ。関係は知られても……だが、エミリアが失踪したとなると)

 しかし、替わりにエミリアを失うとまでは予想していなかった。

 美しいばかりで、決定的に何かが足りない。

 フィリップはエミリアと寝室を共にする度、愉悦と、果てのない虚無感に襲われた。

 それでも、公平に愛を注ぐつもりだったのに。

 フィリップは、天井を仰ぐと誰に向けるともなく力なく呟いた。

「ああ、どうしてこうなったんだ……?」

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