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捨てられ王妃

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「もちろん、大切にするよ」

 エミリアの手を取り、唇を寄せた。

「やめて! 触らないでください!」
 
 慌てて振り払った。

 ぞわりと背筋を走ったのは嫌悪感だ。

「……私の事が嫌いになったかい? でも、仕方がないじゃないか。彼女を愛する気持ちは抑えられないし、私たちは仲良くするしかない。栄えあるヴォルテイア国王と王妃なのだから」

 ね? と同意を求められて、エミリアはぶんぶんと首を振った。

 この、目の前にいる男は何だ? 5年間連れ添った、信頼できる夫だとずっと信じていた――

 フィリップ・ヴォルテイアなのか?

 とても、正気の言動とは思えない。

 つまり、彼が言いたいのは、こうだ。



『君を表向きの妃として愛するから、愛人を公認せよ』



(なんて……ことなの……!)

「エミリア、どうした?」

「こんなことって……!」

 エミリアは、涙で視界が歪むのを感じた。

(……私が愚かだったのだわ。五年もの間この方の本性を暴くことができなかった。……いえ、違うわ。心のどこかで疑っていた。だから、この方の愛を得ようと必死に努力を重ねた……!)

「泣いているのか?」

「……いいえ、私が人前で涙など見せるものですか」

 落涙を悟られまいと、エミリアはさっと体を返す。

 拳を固く握り、掌に爪を立てる。

 涙は、こうして気を紛らわせれば、簡単に収まる。

「……そうだから君は可愛くないんだよ。浮気に腹を立てるなら、少しはか弱い振りでもして私の気を惹けばいいのに」

「……」

 か弱い振りなど、してどうなる。

 弱味を見せれば付け込まれる。帝王学の基本中の基本だ。

 怒りと絶望に身を震わせながらも、エミリアは今一歩、部屋から立ち去れなかった。

 この現実は嘘ではないか。僅かな希望を残している自分がいた。

 エミリアが欲しいのは、今や謝罪の一言だった。

 それなのにフィリップが返したのは、嘆息だけだ。

「あのう、エミリア様……差し出口を挟む無礼をお許しください。私は、お慕いする陛下をお慰めしたいだけなのです。ですのでどうか、認めて頂けないでしょうか?」

「認めるですって? 何を」

「王宮への滞在です。私は、毎日陛下のお側に居たいのです」

「聞いたか、このいじらしい言葉を。それくらい訳はない。滞在の口実などどうとでもなる」

「サンフラン嬢、いくら相手が国王陛下でも、未婚の貴女が妻のいる男性と肉体の関係を結ぼうなどと、あまりにも愚かです。今すぐお屋敷へ帰りなさい。私は認めない。貴女のご両親にも顔向けできません」

「それでしたら、エミリア様。何の問題もございませんわ。父も母も、了承しておりますもの」

「はっ!?」

 扉へ向いていた身体を、思わず翻す。
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