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悲涙鬼
しおりを挟む「もうすぐ、結婚するの・・手はあの人の親友だった人と・・・」
その女性は数年前に恋人を不慮の事故で失っていた。愛する人の死を受け止められず嘆き、絶望し何度も死のうと追い詰められていたが、両親や親友、そして恋人の親友に支えられ、何とか立ち直った。そして、長年自分を支えてくれたかつての恋人の親友にプロポーズされた。
「あの人を忘れたわけじゃない。今でもあの人と過ごした日々は私にとってかけがえのないものだった。ただ・・・あの人を失ったあの頃の記憶は本当につらかった。だから・・・・」
迷いのない強いまなざしで、その女性は目の前に立つ少女と向き合う。
人形のような真っ白な肌に紫水晶の長い髪と瞳の14、5歳の年若い少女がそこにいた。
「あの頃の私のカナシミを食べて欲しいの。」
女性の話を黙って聞いていた少女は桜色の唇をゆっくりと開いた。
「・・・いいよ・・・」
「あなたのカナシミ、わたしが食べてあげる。」
悲涙鬼―人々が抱える孤独や絶望などのカナシミの記憶を『食べて』生きる異能の存在。
姿形は普通の人間と変わらないが、紫水晶の髪と瞳の色を持っているのが特徴だ。
「・・・・ありがとう・・・」
その女性がそう呟くと彼女の頬からひとすじの涙が零れ落ち、その涙は飴玉となり、コロコロと少女の足元へと転がっていく。それを拾い上げるとパクリと飴玉を口に含んだ。
それから数週間後、その女性は真っ白いドレスを身にまとい、周りに祝福されながら愛する人の妻となった。
その姿を遠くから悲涙鬼の少女は優しいまなざしで女性を見つめていた。
「お幸せに」
少女はそう呟くと踵を返すと、その姿は風のように消えてしまった。
少女の姿が消えた同じころ、王都に本部を構える国内の治安を守る王立警察隊の署内にて1人の警察官が後輩の胸倉を掴み、問い詰めていた。
「悲涙鬼らしき人物が北の地にいただって!!」
「はい・・・なんかそれっぽい人物が若い女性といたって・・・聞いたところによるとその女性、数年前に恋人を事故で亡くしたって・・・先輩何処に行くんですか?」
パッと掴んでいた手を離すと、男はスタスタと歩き出した。
「北の地に行く。」
「また単独行動っすか?部長に怒られますよ。それに、悲涙鬼は別に人に危害を加えるわけじゃないでしょう?なにをそんなこだわっ・・・「五月蠅い!!」ちょっ・・・せんぱ~い!!」
後輩の声を無視し、男はその場を立ち去ってしまった。
「あぁもぅ~~!!先輩いったいどうしたんだろう?以前はあんな感じじゃなかったのに。あの事件だって悲涙鬼は全然無関係なのに……ただの逆恨みじゃないか。」
2年前、鉱石で財を成した宝石会社社長が若い女性を誘拐し別荘に監禁するという事件が発生した。
誘拐監禁された女性を警察が保護したときには彼女は心も身体もボロボロの状態だった。
目には光はなく、感情を失ったその姿は事件前は明るく活発だったのが、人形のように変わり果ててしまった。
犯人である宝石会社社長は現行犯逮捕されたのだが、ある日から男はあの事件の真犯人は悲涙鬼だと言いはじめた。
もちろん証拠はなく、動機も不十分なため仲間たちは誰も信じなかった。
それ以来、男は悲涙鬼に対し一方的な憎しみを抱き、その行方を捜索していた。
「悲涙鬼・・・・俺はお前を許さない。かならず・・・捕まえる。」
男の瞳は悲涙鬼に対する憎悪の色に染まっていた。
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