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推しのお顔が良すぎてしんどいのです

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「グレイス・ベルンフォワ! 俺は君との婚約を破棄する!」
「そんな、レイナード殿下、何を仰るのですか?」

 この国の第一王子、レイナード王太子殿下は私の婚約者。それなのに王宮主宰のパーティで私ではなく、ピンクの髪の男爵令嬢の手を取った。
 もうそれだけでもパーティ会場では皆の噂の的だというのに、殿下はわたくしを見つけるととんでもないことを仰った。

 婚約破棄ですって!? ……いえ、正直この展開は『ある筋』からの情報で予想していたけれど。でも本当にやっちゃうなんてレイナード殿下のバカ!!

「殿下、今ならまだそのご発言は冗談で済ませられますわ。今日のところはパーティを楽しんで、お話はまた後日に……」
「ええい、うるさい! 男に二言はない!!」

 殿下は私の提案をすげなくはねつけた。ああん、やっぱりレイナード殿下のバカバカ!!
 …………でも。

(ボソッ)「……でもお顔がいいわ」
「なんだ? 何か言ったか?」
「いいえ、なんでもございませんわ! それより、私には一方的な婚約破棄などされるわれはございません!」

 自分で言うのもなんだけれど『王国の華』と謳われる容姿を持ち、普段は完璧な立ち居振舞いを心掛けている私。
 更に殿下に釣り合う年齢、公爵家という家柄、そして何と言っても厳しい王太子妃教育によって磨き上げられた頭脳。どこを見ても私以上に殿下の婚約者に相応しい令嬢などこの国にはいないはず。
 ……まあ、その慢心が男爵令嬢のつけ入る隙を与えてしまったのかも知れないけれど。まともなご令嬢なら私達の間に割り込もうとなんて考えないものね。

「いや! グレイス、お前はこのソフィアを虐めたであろう! そのような女は俺の妃に相応しくない!! ソフィアのような心優しい女こそが相応しい。俺は真実の愛に目覚めたのだ!!」

 殿下はその男爵令嬢の肩に手を回しながら、自信満々で言う。もう! そんな女の言う事を鵜呑みにするなんてどんだけバカなの!?
 …………でも。

(ボソッ)「……お顔がいいから許してしまいそう」
「なっ、なんだ!? 今、なんと?」

 あっ、危ない危ない。今まで必死に抑えてきたけれど、殿下の大好きなお顔がこんなにハッキリ見られるなんてそうそう無いから、普通は許しちゃダメな事もつい許しそうになっちゃうわ。

「いいえ、何も! それより私が虐めなどに手を染めるわけがございません。証拠も無く濡れ衣を着せようとなさるなんて酷いですわ!」
「証拠ならばある!」

 無いものをあるとはどう言うことかと問いただす前に、後方から1人の男がニヤニヤしながら現れた。
 確かあの男はレイナード殿下の側近になりたくてウロチョロしていた愚かな伯爵令息。最近では男爵令嬢の周りをもウロついていた気もするわ。
 男は手に銀盆を持ち、その上には汚れたハンカチが載っている。でも、それが証拠の品だと言うの? だってそれ、多分……

「恐れながら申し上げます。先日ベルンフォワ公爵令嬢がこのハンカチを『汚い』と言って王立学園のゴミ箱に捨てるのを、私は確かにこの目で見ました! 他に多くの証人もいますし、僅かですが公爵令嬢の香水の香りも残っています!」

 伯爵令息はそう高らかに宣言し、手袋を嵌めた手でハンカチをつまみ上げてみせた。

「!」

 それをよく見た私の驚きと言ったら。だってハンカチに黒い糸で大きく縫い取られた『Sophiaソフィア』の文字があったのですもの。

「お前はソフィアの持ち物を取り上げ、汚して捨てるという下劣な真似をしたのだろう! これが虐めの確たる証拠だ!!」

 レイナード殿下はその糸目をカッと見開いて声を荒げた。
 何て酷い言いがかり! 許せない! 反論しなくては!!
 …………でもぉぉぉぉ。

「ああっ、その滅多に開かない目が開いたところも素敵ぃ~!!」

 私の口から思わずこぼれたのは、反論ではなく推しのレアな表情が見れた事に対する感激だった。

「……」
「……」
「……」

 ……ざわ……ざわ……

 騒がしかったパーティ会場は一瞬静寂が支配し、その後に私達の周りからさざ波のようなヒソヒソ声が忍び寄ってきた。
 ああっ、今までずーーーっとこのしんどい想いを人前では隠し通してきたのに! レイナード殿下が開眼なんてしちゃうから、つい大声でクソデカ感情を漏らしちゃったじゃないのぉ!!

「……グレイス」
「はい、殿下。なんでございましょう」

 私は何事もなかったようにすまして対応を…………ッッッ無理ィ!!!

 殿下が! レイナード殿下が真っ赤になってプルプルしてる!! お顔に「!?!?」って書いてあるゥ!
 きゃあぁぁぁ今日はレア顔祭りよ!! 苦節5年、隠れ推し活動(※主に、殿下を支えるための王太子妃教育)を頑張ってきた私への、神様のご褒美チートDAYよぉぉぉ!!

 ああ、殿下。何度見ても、お 顔 だ け は 天 才 !!…………いいえ!!

「お 顔 だ け は 神……ッ!!」

 興奮のあまり倒れそうになるのをなんとか耐え、くいしばった私の歯の隙間からまた本音が漏れてしまう。

「グレイス、お前、普段の態度と全く違うではないか! まさかこの期に及んでふざけているのか!?」
「そんな! 私がふざけているだなんて!」

 だって婚約者とはいえ、王家の人間、それも王太子殿下のお顔にハアハアしているだなんて公爵家の令嬢私の立場としてはマズイじゃない!
 殿下と結婚さえしてしまえば二人きりでハアハアできる時間もたっぷりあるだろうからそれまでの我慢だと思って、今まで人前では出さないようわざとツンケンしたり、殿下に会わないように王太子妃教育にうちこんだりしていたのよ!!
 今だって本当は手に持った扇子に「私のキング♡」とか「侵略して★」って書いて殿下にかざして見せたいくらいなのに! それもこれも……

「それもこれもレイナード殿下のお顔がいいのがいけないんですのよ!」

 あっ、もう私の心のストッパーが完全に壊れたのかしら。本音が駄々漏れだわ! でも私の「お顔がいい」発言を信じるべきか、疑うべきか戸惑う殿下の表情が! 堪 ら な い!! 
 はぁ~ん! 誰か宮廷画家を連れてきてェ!! この殿下のご尊顔を絵に永遠に残して国宝にするべきだと思うのッ!! ああああしんどいわぁー!!

「グ、グレイス、俺は……」
「ちょっと待ったアアアー!!」

 突如として横から大声があがり、私達を囲んだ人混みがサッと二つに別れた。その中を進んでくるのは『美貌の王子』として国民に人気のアーノルド第二王子殿下。後ろには普段存在感の薄いオズワルド第三王子殿下もついてきている。

「兄上! 父上がお決めになった婚約を勝手に破棄するのみならず、ベルンフォワ公爵令嬢を貶めようとする卑怯な振る舞い、断じて見過ごせません!」

 アーノルド殿下が私とレイナード殿下の間に立ち塞がる。

「卑怯とはなんだ! グレイスこそソフィアを虐めた卑怯な振る舞いを詫びもせず、お、俺の顔の事でふざけだして……」
「その虐めとやらが、そこにいる女の狂言だからです!」

 アーノルド殿下の後ろにいるからあんまり良く見えないけれど、多分ビシッと男爵令嬢に向かって指をさしているのかしら。あらあら男爵令嬢ったら凄い表情ね。御自慢の可愛いお顔が台無しよ。
 それより! んもう。アーノルド殿下が邪魔ね。レイナード殿下のお顔が見えないじゃないの!

「狂言だと! それこそ証拠がないだろう。こちらはグレイスがこのハンカチを捨てるのを何人もの人が見ていると聞いたぞ!」
「……ベルンフォワ公爵令嬢、貴女は確かにこのハンカチを捨てられましたか」

 アーノルド殿下が背中越しにこちらをチラリと見て言った。私は味方してくれている彼が邪魔だとは流石に言えなくて、なんとかアーノルド殿下の脇からレイナード殿下が見えないかと、左右に体を振りながら答える。

「ええ(→)そうですわ(←)。その(→)ハンカチ(←)は」
「グレイス! お前はまたふざけているのか!」

 ああん、やっぱり見えないわ。怒っていらっしゃるレイナード殿下のお顔も見たかった……。
 でも殿下の価値はあのお顔だけなのに、そのお顔が見えないお怒りなんてなんの意味も無いわね。さっさと答えちゃいましょ。

「そのハンカチは私の物ですわ」
「……は!?!?!?」

 あーッ、今絶対に、顎が外れそうなほど殿下が驚いてるぅ!! 悔しいっ、レア顔収集のチャンスだったのに!! アーノルド殿下が邪魔ァ!!
 あっ、でもこれならいつもの冷静なグレイス・ベルンフォワ公爵令嬢の顔を保てるわ。さっきまで殿下のお顔が近すぎて挙動不審になっちゃってたからね!

「……こほん。先日、学園の私の机が何者かによって汚されていたので拭いたのですわ。そうしたら洗っても取れそうにない汚れでしたので捨てることに致しましたの。私が自分のハンカチを捨てたとして、誰に責められましょう?」

 アーノルド殿下が素早く口を差し挟む。

「そして、ベルンフォワ公爵令嬢が立ち去った後、そこの男が大袈裟に『これはソフィア嬢のハンカチだ! 皆、今公爵令嬢がハンカチを汚し、捨てたのを見たな! 皆が証人だ!』と宣言してハンカチをゴミ箱から回収すれば冤罪の出来上がりというわけだ」
「!!」

 あらら、愚かな伯爵令息が「やべっ」て顔をしてるわ。レイナード殿下の声もかなり震えているみたい。

「だ、だ、だが、ここにソフィアの名前が……」

 もう! まだ粘るなんて殿下のバカバカバカ! でもまだ男爵令嬢を信じたいのよね。そういう一途なところも完全に解釈一致で素敵よぉ! でもお顔が見えないから冷静に反論しちゃうけど。

「そちらですが、そもそも名前の縫い取りを白い糸ではなく黒い糸で大きく縫われているのが不自然です。白い糸では汚れたハンカチに後から刺繍をしたのがバレると思ったからではないでしょうか?」
「あ、後から……?」

 あら、伯爵令息が真っ青になってぶるぶる震えているわ。同じく真っ青な男爵令嬢の方をチラチラ見て、本当に愚かだこと。二人はグルだと言っているような物じゃないの。
 レイナード殿下の神なお顔は見えないけれど、聞こえてくるお声から察するに殿下はこのでっち上げには荷担していないようね。多分この二人に騙されたのでしょう。可哀相なお方。

「兄上、もう一度申し上げます。ベルンフォワ公爵令嬢は潔白です。彼女に謂われなき罪を着せ、このような公の場で辱しめ、国王陛下である父上がお決めになった婚約を自分勝手に破棄なさろうとした卑怯な振る舞い、断じて見過ごせません!」

 アーノルド殿下がレイナード殿下へ逆断罪を叩きつけたわ。本当にスラスラとよく口が回ること。これ絶対、事前にセリフを考えていたでしょう?

「そ、そうです! これはあんまりです! 兄上は婚約者である彼女のお気持ちを考えたことがあるのですか? こ、こんなに兄上を想ういじらしい方なのに!」

 その横でオズワルド殿下が焦りながら同調しているけれど、こちらの方が反応がリアルだわ。多分彼は何も知らされていないのでしょうね。

「兄上、騒ぎを聞いた父上と母上、それにベルンフォワ公爵がもうすぐこちらにやってくるでしょう。娘を侮辱された事をベルンフォワ公爵がお許しになる筈がない。王家と公爵家の繋がりを断つ事にでもなれば王国を揺るがす一大事だ。どう責任をお取りになるつもりか!!」
「ぐっ……お、俺はこのハンカチがグレイスの物だと知らなかったんだ……」
「そんな言い訳が公爵に通用するとでも!? 兄上のようないいかげんな方にこの国の未来と公爵令嬢を任せることなどできない!! この後父上に貴方の王位継承権を取り上げるよう、直訴させてもらう!!」

 パーティ会場が大きくどよめいたわ。ああ、だから最初に「冗談ですませて後日内々に話しましょう」って言おうとしたのに。アーノルド殿下は言いたいことを言った後、くるりとこちらに振り返った。まあ、なんて凄いドヤ顔。

「グレイス・ベルンフォワ公爵令嬢」
「はい」
「兄上のしたことは許されることではありません。何をもってしてもお詫びなどできないでしょう。しかし王家と公爵家の結びつきを切るわけにはまいりません」
「はあ」
「……ああ、すみません。貴女を前にすると理屈ばかり先立ってしまう。何と言ったらいいのか……」

 アーノルド殿下はそう言って、キラキラの金髪に指を通し、ファサッと風になびかせた。うーん「美しい僕は悩んでます」アピールなのかしら?

「ハッキリ言いましょう。ベルンフォワ公爵令嬢……いや、愛しいグレイス。僕は以前から貴女に恋をしていた。兄上との婚約を解消し、僕と婚約を新たに結んでは頂けませんか?」

 周りが更に大きくどよめき、ワッと喝采をあげる者さえいる始末。まあ困ったわどうしましょう。

「アーノルド殿下」
「はい」

 アーノルド殿下は甘いマスクに更に蜂蜜を垂らしたような甘さの微笑みを見せた。

「そのお申し入れ、お断り致します」
「……は!?!?!?」

 パーティ会場は一転、水を打ったように静かになったわ。アーノルド殿下はまさに顎が外れそうな顔で驚いている。レイナード殿下は……きゃああああ!! やっぱり顎が外れそうなお顔ォ!! またまたレア顔ゲットよぉぉぉ!!
 あっ、いけないいけない。ここは絶対に素を出しちゃいけないわ。残念だけれど殿下のお顔は何があっても見ないようにしておこうっと。代わりにアーノルド殿下を見ておけば心の平静が保たれるわね。

「グ、グレイス……何故」
「まあ、アーノルド殿下。私が許していないのに呼び捨てにするなど失礼じゃありません? 私、貴方のそういう傲慢なところが大嫌いですの」
「だ、大き……」
「あっ、ごめんあそばせ。傲慢なところが大嫌いは言い過ぎましたわ」
「そ、そうだよな。俺のことを……」
「本当に心の底から大嫌いなのはそのバタくさいお顔! それに、事前にレイナード殿下がこのようなバカげた真似をなさると御存知でいらしたのに止めようとしない腹黒さ!!」
「えっ……」

 アーノルド殿下は一気に顔色を失った。周りの客たちはもうザワザワとうるさいのなんの。でも私は気にせず続ける。

「あわよくば自分が王太子に成り代わろうと、わざとレイナード殿下の愚行を見逃すなんて、それこそ王国を揺るがす反逆行為ではなくて!?」

 よほど予想外だったのかアーノルド殿下はあわあわと弁解をする。

「そ、そんな……俺は事前になど」
「あら、私はちゃんと貴方様からの密書を保管していますのよ」

 私は胸元から一通の手紙を出す。そう。私が事前に情報を貰っていた『ある筋』というのは、アーノルド殿下からの密書のことでしたの。

「ほら、ここに『兄上が今度のパーティーで婚約破棄をするつもりだ』と。私は『この国の平和のためにも、レイナード殿下をお止めしてくださいね』とだけ返信した筈ですけれど」

 この手紙にはなんだかキモイ愛の言葉も連なっていたけれど、アーノルド殿下は最初からレイナード殿下を貶めて私に求婚し、公爵家の後ろ楯を手に入れるつもりでしたのね。

「何より、私が『殿下のお顔がいい』と言った途端、慌てて割って入ったのは、自分が思った通りの展開にならないと困ると思ったからでしょう!?」
「……!!」
「あ、兄上!? そうだったのですか!?」

 焦ってワタワタするオズワルド殿下の横で、アーノルド殿下ったら真っ青な顔になってぶるぶる震えてるわ。普段女性におモテになるようですから公爵令嬢ひとりぐらいなんとでもなると自信があったのね。愚かな伯爵令息と男爵令嬢と三人並んで震え続けているのがお似合いよ。

「こ、こんなバカな……」

 アーノルド殿下は凶悪な顔で歯ぎしりをしている。まあ! 初めて彼のお顔にも見どころがあると思ったわ。悪役にピッタリって意味だけど!

「兄上のどこがいいのだ!! このような愚行を犯す程度の頭に、顔は平凡な庶民のようではないか!!」
「……はアァ!?」

 吐き捨てるように言ったアーノルド殿下のお言葉に、私の耳の後ろからこめかみを血の気が通り、ザワザワと上がっていくのが自分でもわかったわ。それと反比例するかのように声が自然と低くなる。

「……あら、腹黒い生き物が何か鳴いたみたいだけれど……公爵令嬢わたくしを敵にすれば公爵お父様をも敵にすることになるから迂闊なことは言えないのではなかったのかしら。念のためもう一度、仰って下さる?」

 アーノルド殿下がまたぶるぶる震え出した。でも何とか絞り出すように言葉を紡いでゆく。

「……だ、だから! 兄上の顔のどこがいいかと……。目は開いてるのか閉じているのかわからない糸目だし! 鼻は高くも低くもない! 唇も薄いから線一本しか無いようだし!……ど、どこにでもいる庶民のような顔だろう!!」
「ふぅぅぅぅ~」

 私の口から思わず低~いため息がでちゃったわ。周りがまたざわついているわね。私の怒りがどれほどのものか、そしてアーノルド殿下もレイナード殿下ほどではないけれど実はバカ王子だと周りにも伝わったのでしょう。

「殿下、貴方は何にもわかってらっしゃらないわ。一見庶民のように親しみがあって、その実高貴な血筋というギャップ萌えがいいんじゃないの! レイナード殿下はね、ネイバーフッド帝国の賢帝と崇められた彼のひいおじい様に瓜二つなのよ!!」

 隣国ネイバーフッド帝国の先々帝。それは物語に描かれるほど勇猛かつ素晴らしい戦略を駆使した知将で、更に政治手腕も飛び抜けたレジェンド。私は小さい頃からその物語を読んで、彼を密かに推しにしていた。

 そしてレイナード殿下のお母様である我が国の王妃様こそ、隣国から輿入れしてきた皇女であり、賢帝の孫娘。王妃様のお顔は賢帝に似てはいないけれど、レイナード殿下は見事その血を受け継いだ高貴なお顔をしていらっしゃる。
 ちなみに。バタくさい顔のアーノルド殿下は側妃様の産んだ御子なのよね。

「この国宝級のお顔の良さがわからないなんて、歴史の勉強を疎かにしていると自ら告白するようなものよ。それに貴方がレイナード殿下を無理やり押しのけて王太子なんかになったら確実に帝国との関係が悪くなるでしょう。そんなことも考えないなんて本っ当に救いようが無いくらい愚かですわ!!」
「く、くそ……」

 再びギリギリと歯軋りをするアーノルド殿下。ご自慢の美貌とやらが台無しね。そもそも腹黒いだけの王子が私にレスバで勝てると思っていたのが浅はかなのよ。

 私はレイナード殿下がバカだとしても構わなかった。あのお顔さえあれば、表向きは素晴らしい王として動けるように裏で全力でお支えする覚悟でいた。だから殿下と交流することは放棄して(交流してたらハアハアしちゃうのもあるからだけど)、持てる時間の殆どを王太子妃教育で学ぶ事隠れ推し活動に注ぎ込んでいたのよ。
 私の推しに対する愛をなめないで!!

「グレイス」

 がっくりと項垂れたアーノルド殿下の横を、レイナード殿下が私に向かって歩いてくる。きゃあああ、あのお顔がどんどん大きく、解像度があがるううう!!

「は、はい」
「その……今まで俺はお前のことを誤解していたようだ」
「はい?」
「お前が冷たい女だと思っていた。実はそんなにも俺のことを想っていただなんて……」

 正確には殿下のことではなく、殿下のお顔だけれどね。

「だから婚約破棄はやめだ。俺の妃にはお前こそが相応しい」
「!?」

 その瞬間、私の頭の中からザァっと音がするように全ての血の気が引いた。

「……ち」
「ち?」
「……違うわぁ~!! 解釈違いだわッ!!」
「えっ!?」
「無い! 無いわ、今のはナイ!! 推しりしたいくらいよッ!!!」
「お、推し……?」
「そのお顔で『男に二言はない』とか『真実の愛に目覚めた』とまで言い切ったのなら、前言を翻さないのが賢帝のキャラだもの!!」

 今まで殿下がどんだけバカでも、キメるところをキメてくれさえすれば物語の賢帝に重ねることができたわ。だけどこれだけはこのお顔があっても……ううん、このお顔だからこそ無いッッッ!!

「貴方のひいおじいさまは生涯ひとりの女性だけを愛し抜いたのよぉ!! 今まで私との間に愛を育むのは難しかったから、男爵令嬢のソフィア様にほだされたのはギリギリ許せるとしても!」
(ボソッ)「……許せるんだ」

 周りから一斉に同じ呟きが漏れたけれど、そんなの気にしちゃいられない。

「そこであっさりソフィア様を捨てて私に戻ってくるのは解釈不一致よぉぉぉ!!」
「い、いや、さっきまで婚約破棄を否定してあんなに反論していたではないか!」
「それはそれ、これはこれですわ! ありもしない罪を着せられ、一方的な婚約破棄という侮辱を押し付けられそうだったから反論をするのは当然でしょう?」
「じゃ、じゃあこの状況をどうしろと!!」

 私は一瞬だけ考えた。憧れの賢帝は「英雄色を好む」という言葉を否定し、ただひとりだけの女性を愛した人。やはりこの線だけは譲れない。ならば。

「ソフィア様に騙されたのは可哀相ですけど、一度は真実の愛と決めたお方でしょう。生涯添い遂げて頂かなければ。男に二言はございませんよね?」

 殿下のお口がパクパクと、金魚のように開け閉めされているわ。レア顔だけれど推し降りしたくなったせいか先ほどよりはときめかないわね。あ、やっとお声が出たわ。

「そ、それではお前はどうする!」
「殿下のお顔を崇拝しながら、全力でお二人を応援させていただきます。こうなったらカップルで推させていただくのも悪くないかもしれませんわね」
「え……カップルで推さ……?」
「そうと決まれば、ソフィア様」
「え? ひゃ、ひゃいっ!?」

 男爵令嬢は私に声をかけられ、真っ青なまま曖昧に返事をした。もう! 貴女がしっかりしなくてどうするの! このままじゃ推せないわ。理想の夫婦になるよう教育が必要なようね。

「貴女にはレイナード殿下をきっっっっちり支える、素晴らしい未来の王太子妃として、今日からガッツリ勉強していただきますわ!」
「えっ!? あ、あの……」
「私は今まで1日15時間を王太子妃教育に費やしていましたけれど、貴女は今からスタートですから1日最低20時間は必要ね。私もサポートして差し上げますから頑張りましょうね!」
「ええっ!? あの、いや、その……」
「そ、そんなのおかしいです!」

 男爵令嬢に詰め寄ろうとした私の前にオズワルド殿下が入り込んだ。

「僕は、貴女が今まで兄上のために懸命に努力してこられたのを知っています!」

 ああ、そうね。殿下はわたくしと共に王宮内で同じ師に付いて一所懸命に学んだこともあったから確かに一番御存知よね。彼はいつも弟のように私を慕ってくるから可愛らしいと思っていたのに、この場で歯向かってくるなんてちょっと驚きよ。

「……なのにそれを全て捨てて、他の女性をサポートするなんておかしいです。貴女こそ王太子妃に相応しい女性なのに!」
「殿下、これは私の意思ですのよ」
「貴女の意思も大事ですが、人にはなさねばならぬ使命というものもあるのです! 貴女こそ王太子妃の器だと言っているでしょう!!」
「!!……あ……」

 柄にもなく興奮したオズワルド殿下が言葉尻を強くした拍子に、長い前髪が揺れ隠されていた糸のような目がチラリと現れた。
 ……何てことでしょう!!

「……お、推せる……ッ!!!」

 私としたことが!! そういえば第三王子オズワルド殿下も王妃様が産んだ御子じゃないのッ!!
 あんなに普段大人しくて目立たなくて周りに埋もれていて、その上性格も努力家で可愛らしいとくれば、あの髪で隠された素顔は第二王子殿下と同じキラキラ系美貌の王子(※但し全く私のタイプじゃない)なのが後から判明して皆にワーキャー持て囃されるのだとばかり思っていたのに!!

「お、オズワルド殿下……お顔が……神!!!」
「えっ!?!?!?」

 わなわなと震えた私が腰を抜かしそうになりながらそう言ったのを受け、その場にいる全員が大きく疑問の声をあげる。オズワルド殿下は赤くなりパッとそのご尊顔を両手で隠してしまわれた。ああ、勿体ないッ! もっともっとその高貴なお顔を出していかなくちゃ国家の損失よぉぉぉ!!

「や、やめてください! そうやって僕が……僕が貴女に憧れていたからって、揶揄からかわれて嬉しがるとでも!?」
「……まぁ! それって……」

 今までレイナード殿下のことしか考えていなかったから、オズワルド殿下のお顔が賢帝に瓜二つ……いいえ瓜三つだと気づかなかった身でこんなことを言っても説得力が無いでしょうけれど。でも今のオズワルド殿下の発言の意味がわからないほど私もニブくはなくってよ!!

「殿下、私が嘘や揶揄いでそんなことを言う人間だと思っていらっしゃるのですか?」

 殿下はパッと両手を開き、慌てて仰る。

「そんなこと! だけど、僕がたとえひいおじい様に似ていたとしても、僕は貴女よりも年下だし、第三王子の身ではとても貴女に釣り合わないから……!」

 きゃああああ!! ナニコレぇぇぇぇ。殿下ったらギャンかわなんですけど~~~~!?
 ああっ、なんだか鼻の奥がツーンとしてきたわ。万が一鼻血が出たら公爵令嬢として生きてはいけない一生の恥! 鼻に力を入れてなんとか乗り切らなくては。

「殿下、私のほうこそ殿下に釣り合わぬ身かもしれませんが、一生殿下を推し、微力ながら支えると誓いますわ」
「ベルンフォア公爵令嬢……いえ、グレイス!! ぼ、僕の妃になってくれると!?」
「ええ、喜んで」
「僕もこの場で誓う! 生涯貴女だけを愛し抜くと!!」
「まあああああッ!! なんて嬉しいお言葉!!」

 もうだめェェェ!! 限界だわ。私は扇子を開き、顔を隠してハンカチで鼻を抑えた。周りからワアアアッと歓声が上がる。おそらく皆は私が嬉し泣きをしていると勘違いしてくれるはず。ハンカチが赤く染まるのさえ誰かに気づかれなければ。


 ◆◇◆◇◆


 こうしてこの大混乱の場は、この後やって来た国王陛下と王妃殿下、そして私の父によって治められた。
 レイナード殿下は陛下が決めた婚約を勝手に破棄しようとした事、また私に濡れ衣を着せようとした事で王位継承権を取り上げられた。
 アーノルド殿下はレイナード殿下の目論見を知っていながら止めるのではなく、それを利用して自分がのし上がろうとした事でやはり王位継承権を取り上げられた。
 まあ二人ともバカ王子だという事がパーティーの参加者にバレてしまったし、私がオズワルド殿下と婚約したことで公爵家の後ろ盾が殿下についちゃったから仕方ないわね。

 今は引き続き王太子妃教育に励んでいるけれど、勉強の合間にオズワルド王太子殿下にハアハアしても許されるから私は最高に幸せよ!!

 ……あ、幸せなんだけど。
 オズワルド殿下のお顔が、尊すぎて!
 おまけに賢帝のひ孫だけあって、とっても賢いの! 未来の名君確定だと思ったらそれも尊くって!!
 更に更に私だけを愛してくれるの!! モジモジしながら「……そんなに顔を見ないでください」とか「その扇子の『侵略して★』はちょっと……」とか言うくせに、私のことはめっちゃくちゃ褒めながら愛を語るのがどタイプすぎるの!!

 ……ああああ毎日推しが尊くてしんどいわぁー!!!
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