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【本編】
5話/ 外面令嬢は、ついに本音を暴かれる
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◇◆◇◆◇◆
公爵邸の大広間に場所を移したディアナは、ドレスのまま長剣(安全のため刃を潰した模造剣です)を帯刀させられました。腰にかかる剣の重みでスカートの左側がつぶれています。
「この間のフェリア嬢の話ですが、エドワード王子は右側にフェリア嬢を侍らせてましたね。お嬢様の場合はいつも左側なのでは?」
「そやね。まあ侍るってほど一緒にいた事もないけど……エスコートされる時は男性の左腕に右手をかけるのがマナーやから、普段からの立ち位置もなんか自然とそうなってるわ」
カレンはディアナの左側に立ち、エスコートされる女性のように軽く腕を絡ませました。
「その意味をお教えしますね。剣を抜いてください」
「?」
カレンの言うことがよくわからないまま、左手で鞘に手を添え右手で剣を抜こうとします……が、軽い手応えがあり抜けません。
ディアナが手元を見るといつの間にか剣の柄と剣帯に、ひもが結ばれていて抜けないようになっていたのです。
「これは私達シノビがつかう特殊な結び方ですけど、両手で剣を抜かせないよう抑えるとか、鞘のお尻を持ち上げて剣を落とすとか、左横に立てばお嬢様でもできることはあるでしょうね」
ディアナにもその意味が理解できました。王立学園の中で帯刀を許されているのは学園の衛兵と王族、そして王族の護衛のみ。
若く血が逸りがちな男子生徒が間違っても私闘等に走らないように学園内での剣の授業も全て模造剣ですし、貴族の従者が主を守る為という理由でも刃物を所持使用すれば即時学園追放のルールがあります。
カレンも学園内では服の下に手甲と、鉄板を仕込んだブーツを身に付けているのみです。
そんな環境でエドワード王子に近づき彼の武器を使用不能にできれば……。
「……私は左側に立たせても害がないとエド殿下に信用されてて、フェリア嬢はそこまで信用されてない、っちゅーこと?」
「フェリア嬢に夢中に見える王子がそこまで考えているかは疑問の余地がありますが、文武両道だった王子が無意識にでも危険を感じて彼女を左側には立たせないようにしているのかもしれません」
「でも右側に立つなら右腕を封じればええんちゃうの?」
「無理です。ちゃんと鍛えている男性と女性の素手同士ではそもそもの膂力が違います。私でも右腕を封じるなど無理ですね」
「えっカレンでも?」
「ええ。更にフェリア嬢のような小柄で細腰の女性なら、武器もなくまともに王子と戦うなど愚の骨頂です。フェリア嬢が王子を害するつもりなら剣を抜かせないようにし、更に別の強い実行犯が必要だと思います」
「でも裏の顔は探っても出なかったって事は、当然実行犯らしき者との繋がりも出ないんやろ? てことはそもそもフェリア嬢が潔白……でもなんか腑に落ちんわ……殿下も完全に信用してないんなら直ぐに婚約破棄なんかせんで様子を見ればええのに」
「私がずっと引っ掛かっているのはそこなんですよ! フェリア嬢を右側に置きながら、お嬢様との婚約破棄騒動を学園内で何度も繰り返すなんて、二重三重に愚かな行動です。今まで賢さをうたわれていた王子にはそぐわないでしょう?」
「確かに殿下があんな事するなんて人が変わったようやとは思てたけど……」
「考え付く理由としては、王子は無意識でフェリア嬢を左側に置かないだけで心は完全に囚われているのか、誰かがお嬢様の悪口を吹き込んでいて、王子もそれを事実と信じているからフェリア嬢をダシにして婚約破棄しておきたいとかですかね?」
「えっ、私の悪いとこなんて仏頂面なんと、金にならん話をグダグダする奴が嫌いで話をぶったぎるとこだけやと思うけど…………あ。」
カレンがにこりと笑顔のまま、声のトーンが恐ろしく低くなりました。
「……まさかとは思いますが、過去に王宮で王子とお茶をした時、私達が気を利かせて王子と二人きりにして差し上げたのにそんな態度だったんですか?」
「えっ……あの……ちゃうよ? 話をぶったぎったりはしてへん……」
「ほう? お嬢様にしては歯切れが悪い返答ですね。何か心当たりが?」
「だっ、だって標準語で喋るの気ぃ使うんやもん……」
ディアナの一番の親友、一番頼りになる姉のような存在のカレン。そのカレンが今この瞬間だけはディアナにとって一番怖い存在になっていました。笑顔を崩さぬまま静かに怒っています。
「なるほど。王子にも殆どオートモードで対応していた、と?」
「そっ、そんなにしょっちゅうではないし! それにオートモードだとしても失礼なことは言ってない筈やもん!」
「でしょうね。でも話が弾むようなことも言ってないですよね? 王子とはどんな話をしたか覚えてますか?」
ディアナはオロオロとしながら記憶を探り、楽しかった話題を思い出します。
「あっ、殿下が公務で地方とか他国に行った話をしてくれた時はいつも凄く面白かったし、オートモードとは違かったで!」
「はぁ、それ確か、お茶が終わった後にお嬢様の瞳がキラッキラして、顔に『この話は金になる。急いでアイデアを纏めなきゃ』って書いてあった時ですよね。王子にその事を見抜かれてなければいいですけれど。お嬢様から何か話した事は?」
「……あんまり覚えてないけど、お茶がとても美味しいですとか、お庭の花が綺麗ですねとか、今日の服装とか……」
「それ、いつも退屈なお茶会で他のご令嬢とオートモードで話しているパターンそのものじゃないですか?」
ディアナの身がしゅんと小さく縮んだ後、ぱっと顔を上げて矢つぎばやに言い募りました。
「……だって! なに話していいかわからへん! 私の得意なもん言うたら銭よ! こないだこんな事をして銭をなんぼ稼いだ~とか話したら頭のオカシイ女だと思われるわ!! そんなん呆れられて嫌われるだけやんか!」
「でも冷たい態度を取れば誤解されますよね? 矛盾しています。既に嫌われているかもしれませんよ?」
ピシリとカレンに言われて、またもしゅんとしたディアナは床を見ます。
「……そやね。きっともう嫌われてるから婚約破棄されるんやろ」
「お嬢様はそれでよろしいんですね?」
「……こないだも言うたけど、これは元々お上が決めた婚約やもん。殿下が私を見初めたなら別やけど、私にはせいぜい慰謝料を貰う権利くらいしかあれへんし」
「ほーぉ? 先ほどから『呆れられて嫌われる』とか『見初めたなら別』とか、この婚約に何かを期待していたように聞こえますね?」
怒っていた筈のカレンの声音が何故かふっと緩んだ気がしました。ディアナが床から目を上げると、先程ヘリオスを手玉に取った時のようなイタズラっ子の瞳と視線が絡まります。
「カレン?」
「やはりお嬢様はエドワード殿下をお慕いなさっていたのですね?」
「なっ……ななな、何言うてんの! ?」
「素敵ですよね~。あの美しい黒髪。新緑のようなグリーンの瞳。文句無しの美形ですし、態度も朗らかで紳士的。武の腕も立って男らしいですもんね?」
「たっ確かに見た目はシュッとして男前かもしれんけど!! 中身はあんなヘタレやと知らんかったし!!」
「ふうん。婚約破棄に縁起を担ぐようなヘタレとお知りになるまでは、結構良いな~と思っていらしたんですね?」
「!!!」
ディアナの雪のような白い首に、頬に、耳に、熱い血が上り赤く染まります。彼女の視界は光がチカチカと瞬いていました。
「…………もう知らん!! カレンのアホ!!」
ディアナは剣帯を外してカレンに押し付け、その場を逃げ出しました。
「お嬢様!! まだこれから訓練が!」
カレンの声も無視し、たとえ淑女としてはしたないと言われようとも全力で駆け出すディアナ。大広間の頑丈な扉が閉まり、部屋を静寂が支配した後にカレンの呟きが小さく反響します。
「……アカン、可愛くってついやり過ぎてもうた。ヘリオス様に知られたら殺されるわ」
公爵邸の大広間に場所を移したディアナは、ドレスのまま長剣(安全のため刃を潰した模造剣です)を帯刀させられました。腰にかかる剣の重みでスカートの左側がつぶれています。
「この間のフェリア嬢の話ですが、エドワード王子は右側にフェリア嬢を侍らせてましたね。お嬢様の場合はいつも左側なのでは?」
「そやね。まあ侍るってほど一緒にいた事もないけど……エスコートされる時は男性の左腕に右手をかけるのがマナーやから、普段からの立ち位置もなんか自然とそうなってるわ」
カレンはディアナの左側に立ち、エスコートされる女性のように軽く腕を絡ませました。
「その意味をお教えしますね。剣を抜いてください」
「?」
カレンの言うことがよくわからないまま、左手で鞘に手を添え右手で剣を抜こうとします……が、軽い手応えがあり抜けません。
ディアナが手元を見るといつの間にか剣の柄と剣帯に、ひもが結ばれていて抜けないようになっていたのです。
「これは私達シノビがつかう特殊な結び方ですけど、両手で剣を抜かせないよう抑えるとか、鞘のお尻を持ち上げて剣を落とすとか、左横に立てばお嬢様でもできることはあるでしょうね」
ディアナにもその意味が理解できました。王立学園の中で帯刀を許されているのは学園の衛兵と王族、そして王族の護衛のみ。
若く血が逸りがちな男子生徒が間違っても私闘等に走らないように学園内での剣の授業も全て模造剣ですし、貴族の従者が主を守る為という理由でも刃物を所持使用すれば即時学園追放のルールがあります。
カレンも学園内では服の下に手甲と、鉄板を仕込んだブーツを身に付けているのみです。
そんな環境でエドワード王子に近づき彼の武器を使用不能にできれば……。
「……私は左側に立たせても害がないとエド殿下に信用されてて、フェリア嬢はそこまで信用されてない、っちゅーこと?」
「フェリア嬢に夢中に見える王子がそこまで考えているかは疑問の余地がありますが、文武両道だった王子が無意識にでも危険を感じて彼女を左側には立たせないようにしているのかもしれません」
「でも右側に立つなら右腕を封じればええんちゃうの?」
「無理です。ちゃんと鍛えている男性と女性の素手同士ではそもそもの膂力が違います。私でも右腕を封じるなど無理ですね」
「えっカレンでも?」
「ええ。更にフェリア嬢のような小柄で細腰の女性なら、武器もなくまともに王子と戦うなど愚の骨頂です。フェリア嬢が王子を害するつもりなら剣を抜かせないようにし、更に別の強い実行犯が必要だと思います」
「でも裏の顔は探っても出なかったって事は、当然実行犯らしき者との繋がりも出ないんやろ? てことはそもそもフェリア嬢が潔白……でもなんか腑に落ちんわ……殿下も完全に信用してないんなら直ぐに婚約破棄なんかせんで様子を見ればええのに」
「私がずっと引っ掛かっているのはそこなんですよ! フェリア嬢を右側に置きながら、お嬢様との婚約破棄騒動を学園内で何度も繰り返すなんて、二重三重に愚かな行動です。今まで賢さをうたわれていた王子にはそぐわないでしょう?」
「確かに殿下があんな事するなんて人が変わったようやとは思てたけど……」
「考え付く理由としては、王子は無意識でフェリア嬢を左側に置かないだけで心は完全に囚われているのか、誰かがお嬢様の悪口を吹き込んでいて、王子もそれを事実と信じているからフェリア嬢をダシにして婚約破棄しておきたいとかですかね?」
「えっ、私の悪いとこなんて仏頂面なんと、金にならん話をグダグダする奴が嫌いで話をぶったぎるとこだけやと思うけど…………あ。」
カレンがにこりと笑顔のまま、声のトーンが恐ろしく低くなりました。
「……まさかとは思いますが、過去に王宮で王子とお茶をした時、私達が気を利かせて王子と二人きりにして差し上げたのにそんな態度だったんですか?」
「えっ……あの……ちゃうよ? 話をぶったぎったりはしてへん……」
「ほう? お嬢様にしては歯切れが悪い返答ですね。何か心当たりが?」
「だっ、だって標準語で喋るの気ぃ使うんやもん……」
ディアナの一番の親友、一番頼りになる姉のような存在のカレン。そのカレンが今この瞬間だけはディアナにとって一番怖い存在になっていました。笑顔を崩さぬまま静かに怒っています。
「なるほど。王子にも殆どオートモードで対応していた、と?」
「そっ、そんなにしょっちゅうではないし! それにオートモードだとしても失礼なことは言ってない筈やもん!」
「でしょうね。でも話が弾むようなことも言ってないですよね? 王子とはどんな話をしたか覚えてますか?」
ディアナはオロオロとしながら記憶を探り、楽しかった話題を思い出します。
「あっ、殿下が公務で地方とか他国に行った話をしてくれた時はいつも凄く面白かったし、オートモードとは違かったで!」
「はぁ、それ確か、お茶が終わった後にお嬢様の瞳がキラッキラして、顔に『この話は金になる。急いでアイデアを纏めなきゃ』って書いてあった時ですよね。王子にその事を見抜かれてなければいいですけれど。お嬢様から何か話した事は?」
「……あんまり覚えてないけど、お茶がとても美味しいですとか、お庭の花が綺麗ですねとか、今日の服装とか……」
「それ、いつも退屈なお茶会で他のご令嬢とオートモードで話しているパターンそのものじゃないですか?」
ディアナの身がしゅんと小さく縮んだ後、ぱっと顔を上げて矢つぎばやに言い募りました。
「……だって! なに話していいかわからへん! 私の得意なもん言うたら銭よ! こないだこんな事をして銭をなんぼ稼いだ~とか話したら頭のオカシイ女だと思われるわ!! そんなん呆れられて嫌われるだけやんか!」
「でも冷たい態度を取れば誤解されますよね? 矛盾しています。既に嫌われているかもしれませんよ?」
ピシリとカレンに言われて、またもしゅんとしたディアナは床を見ます。
「……そやね。きっともう嫌われてるから婚約破棄されるんやろ」
「お嬢様はそれでよろしいんですね?」
「……こないだも言うたけど、これは元々お上が決めた婚約やもん。殿下が私を見初めたなら別やけど、私にはせいぜい慰謝料を貰う権利くらいしかあれへんし」
「ほーぉ? 先ほどから『呆れられて嫌われる』とか『見初めたなら別』とか、この婚約に何かを期待していたように聞こえますね?」
怒っていた筈のカレンの声音が何故かふっと緩んだ気がしました。ディアナが床から目を上げると、先程ヘリオスを手玉に取った時のようなイタズラっ子の瞳と視線が絡まります。
「カレン?」
「やはりお嬢様はエドワード殿下をお慕いなさっていたのですね?」
「なっ……ななな、何言うてんの! ?」
「素敵ですよね~。あの美しい黒髪。新緑のようなグリーンの瞳。文句無しの美形ですし、態度も朗らかで紳士的。武の腕も立って男らしいですもんね?」
「たっ確かに見た目はシュッとして男前かもしれんけど!! 中身はあんなヘタレやと知らんかったし!!」
「ふうん。婚約破棄に縁起を担ぐようなヘタレとお知りになるまでは、結構良いな~と思っていらしたんですね?」
「!!!」
ディアナの雪のような白い首に、頬に、耳に、熱い血が上り赤く染まります。彼女の視界は光がチカチカと瞬いていました。
「…………もう知らん!! カレンのアホ!!」
ディアナは剣帯を外してカレンに押し付け、その場を逃げ出しました。
「お嬢様!! まだこれから訓練が!」
カレンの声も無視し、たとえ淑女としてはしたないと言われようとも全力で駆け出すディアナ。大広間の頑丈な扉が閉まり、部屋を静寂が支配した後にカレンの呟きが小さく反響します。
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