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1. お姉様はずるいので復讐致します

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仕掛けるなんて、わたくしは本当にずるくて卑怯になってしまったわね」

 わたくしは自嘲気味に呟きますが、頬にはもう涙は落ちません。
 今まで散々悩み、泣いてきたのです。

 小さな頃、王家にご挨拶へ伺って初めてお会いした時から私はあの御方に恋をしました。

 今までその叶うこともない恋心の為に真摯に努力を積み重ねて得たものを、さもわたくしが簡単に手に入れたかのように義妹や殿下に「ずるいずるい」と言われ続け、貶められ、心底疲れてしまったのです。

 ある日、(本当にずるくなっても良いんじゃないか)……と悪魔に囁かれたわたくしは、その誘惑に耐えられずちてしまいました。
 わたくしは、復讐を企てたのです。

 その時からわたくしの恋心は砕け、涙は枯れ果てたのです――――――


 ◇◆◇◆◇◆


「あんたって本当にずるくて卑怯よね、お・ね・え・さ・ま」

 義妹いもうとの挑発にのせられまいと、わたくしはそっと服越しに胸のロケットペンダントを握り、息を飲んで耐えました。

「もう王子サマの心は完全に私のものよ?それを国王と王妃に手を回してまで、婚約者の座にしがみついちゃってさ。バッカみたい」

 アマンディーヌ――――父の再婚で義理の妹となった女性は、尚も暴言を吐きます。
 その肉感的な身体を露出度の高いドレスに包みニヤリと笑う姿は、確かに美しくはあるけれど毒々しくも見えます。
 わたくしは限られた人しか入れない王宮の図書室でかつて読んだ、南国の食虫植物についての貴重な文献を思い浮かべましたが、すぐに頭からそれを追い出して反論しました。

「アマンディーヌ、それは違うわ。国王陛下と王妃様にわたくしがお願いなんて恐れ多くてできませんもの。この婚約者変更に反対しているのは、あくまでもあのおふたりのご意志よ」

「あぁらそうかしらぁ? フロレンスお姉様はずるい人ですもの。ふたりの前でその枝みたいな身体で倒れてみせて、ワタクシはかわいそうなんですぅって同情を引いたんじゃないのぉ?」

「……」

 "枝みたいな身体"と当てこすりながら、義妹は胸を突き出します。
 わたくしの胸や腰の薄い体つきだけは、8歳の時に亡くなった母に似ているのです。
 わたくしが細身なのをお気に召さなかった婚約者――――この国の王太子であるユベール殿下は今、アマンディーヌの豊かな胸にご執心ですから彼女は尚更自信があるのでしょう。

 わたくしは内心をできるだけ気取られないようにしていましたが、義妹はそれを別の意味に取ったのでしょうか。

「あら、もしかしてお姉様、泣きそう? 三日もお部屋にとじ込もって泣いてたのに、これ以上泣いたら萎れて枯れ枝になっちゃうわね!! アハハハハ!!」

 今朝からドルイユ侯爵である父と、その後妻でアマンディーヌの実母であるわたくしの義母は揃って出掛けています。
 いつも父の前で「私はお姉様と違って何もできないから……」「違うの、お姉様が私に厳しいのは血が繋がってないから仕方のないことだわ」等々、猫をかぶってわたくしを貶めるような事を言うアマンディーヌ。

 今は本性を現してわたくしを嘲笑っています。
 その言葉遣いは庶民の方のように明け透けでいながら、中身は荒んだ貴族子女のように思いやりがありません。
 義母は元庶民で男爵の妻となり彼女を産んだと言っていたので仕方のないことかもしれません。

 彼女のこの姿を知っているのはわたくしとごく少数の使用人、あとはおそらく同じ本性の義母だけ。
 立派で尊敬できる人物だった父は義母と義妹の猫かぶりと色香に惑わされ、すっかり二人の味方になってしまいました。

「……泣かないわ。わたくしを諦めさせたいなら、わたくしとの勝負で勝ってからになさい」

「だからもう私の勝ちじゃないの。ユベールが婚約者を私に変えたいって言ったんだから! 国王と王妃以外の王宮の皆は、お姉様みたいなガリ勉の地味な女より、私のように愛らしくて華がある方が王子にはふさわしいって言ってるそうよ?」

 先ほどからの王家の皆様に対して敬称をつけない無礼な態度を窘めたい気持ちをぐっと抑え、わたくしは純粋な疑問点を口にしました。

「ガリ勉とは……?」

「ペンをガリガリさせて勉強ばかりしてるって意味らしいけど、あんたの場合はガリッガリに痩せてるからまさにピッタリね! 病弱で貧相だった母親に似たのが運の尽きよ!!」

 ……許せない。祖母の高貴な血を引く、美しくて知性と優しさに溢れていた愛する母を馬鹿にするなんて。
 高位貴族の娘として、王太子の婚約者としてはあるまじき事かもしれませんが、わたくしは少しだけ語気を強めます。

「貴女がいうそのガリ勉とは、王太子妃教育の事を言っているのかしら?……わたくしは10歳の頃からずっと必死に学んできたわ。貴女が下品でいやらしい方法を使って男性の心を掴む事以外で、わたくしより優れているところがあるのかしら?」

「……なっ! お義父とう様に言いつけてやるわよ!!」

「言いつけてもわたくしはまた部屋にとじ込もって婚約者交代を認めないだけよ。だから、わたくしとの勝負で貴女に優れたところがあると認めれば考えてあげても良いわ」

 アマンディーヌはドレスを鷲掴みにしてわなわなと震え、わたくしを睨み付けます。

「ほんっとうにイヤミでずるい女ね!! あんたのお得意のガリ勉だのダンスだの剣術だので私が勝てるわけないとわかっていてそんな事を言うなんて!!」

 王太子妃教育は非常に厳しいものですが、その分国内最高水準の教育を受けられます。
 この国の歴史、地理、各貴族の王家への忠誠度合い。他国との貿易と力関係。あらゆる教養とマナーと社交のテクニックに、楽器演奏からダンスに歌と刺繍。しまいには敵に襲われた際の護身術から簡単なサバイバル術まで全て詰め込まれました。

 最初は複数居た王太子の婚約者候補も、その苛烈なスケジュールに音を上げ、殆どが候補を辞退してゆきました。
 そんな中わたくしはそれらをこなす事に加え、空き時間に王宮の図書室に入れるように懇願しました。
 いにしえの呪い、暗殺術、毒を持つ動植物とその対処法の文献など、ありとあらゆる書物を読み漁ったのです。

 全てはわたくしをお気に召さないユベール殿下の役に立つため。
 たとえ殿下の寵愛を獲られなくとも、殿下と国とを支える妃として傍に仕えることができれば愛しいあの御方に認めて貰えると思っていたのです。
 そしてその努力を国王陛下は評価して下さり、わたくしが正式にユベール殿下の婚約者に選ばれました。

 しかしわたくしの努力はユベール殿下の心を更に凍らせました。
 いつの間にか殿下よりもわたくしの方が知性も教養も会話術も上だ、と陰で言われるようになってしまったのです。
 殿下はますますわたくしを疎んじ、わたくしが王太子妃教育を受けている間に自分の勉強を投げ出して他の女性を追いかけるようになったのでした。

 いくら長年他国との戦争がなく平和なために最近王宮の風紀が乱れがちだと嘆かれているとはいえ、そんな事をする王太子などまともな令嬢なら相手にせずやんわりとかわして逃げる筈です。
 ……ただ、わたくしの義妹アマンディーヌがまともでなかっただけで。
 わたくしの名代だなどと勝手に言い、殿下とお茶を楽しんだり、この屋敷で会ったりする内にすっかり殿下は骨を抜かれてしまったのです。

 わたくしは元々この名門ドルイユ侯爵家の惣領娘の立場でした。亡くなった母と同じように。
 わたくしにはきょうだいがおらず、他に侯爵家を継げるのは再従兄弟はとこのレオニールくらいです。
 ですから三年前、正式に王家から婚約の申し入れがあった際には、父は跡継ぎ問題を理由に難色を示していました。
 しかしその後、義母と再婚した父はコロリと意見を翻し「侯爵家はレオニールに継がせてアマンディーヌと結婚させる。だから安心して王太子妃になれ」と言っていました。

 それを先日ユベール殿下が「フロレンスとの婚約を解消して代わりにアマンディーヌをその座につけたい」と言い出し、父も義母もそれは喜び、再度意見を覆そうとしたのです。

 でも国王陛下と王妃様がそれを許しませんでした。
 わたくしに非が無い以上、わたくしが納得して身を引かない限り認められないと揃って仰せになったのです。
 陛下はともかく、ユベール殿下を溺愛していた王妃様が反対したのは意外でした。
 しかしある意味アマンディーヌとお似合いの、すぐ「ずるいずるい」と言う王太子殿下より、側妃様が産んだ第二王子殿下の方が優秀という噂もうっすらと聞いています。
 王妃様はユベール殿下にはわたくしというカードが必要とお考えになったのでしょう。

 父と義母はわたくしに身を引くよう説得にかかりました。
 父は昔のように優しい態度になりましたがその心は透けて見えています。
 養女とはいえ、今はドルイユ侯爵家の娘であるアマンディーヌが殿下の婚約者になれば王家とドルイユ侯爵家の繋がりは切れず、わたくしは惣領娘の立場に戻されます。
 父としてはわたくしが殿下の婚約者となるより都合が良いと考えたのでしょう。自分の言うことを聞く適当な貴族男子を連れてきてわたくしと結婚させれば、侯爵が代替わりしても自分が引き続き侯爵家を支配できるからです。

 わたくしは説得に応じず、今朝父と義母が出掛けるまでの三日間、自室に鍵をかけて閉じ籠りました。
 アマンディーヌはただ泣いていたと思っているようですが、その間、わたくしは卑怯な復讐計画を練っていたのです。

「……あんたはユベールの言うとおり、ずるい卑怯者よ!!」
「わかったわ。確かに知識やダンスで勝負するのは卑怯と言ってもいいわね。じゃあこうしましょう。かくれんぼはどう?」
「……は? 何いってんの?」

 アマンディーヌは目を見張りました。意外すぎる提案にわたくしへの攻撃的な態度が一瞬途切れます。わたくしはそこへ畳み掛けました。

「わたくしが隠れるから、貴方がわたくしを見つけられれば貴方の勝ちとして認めるわ。期限は……そうね。お父様達が昼にお戻りになるまで。ハリー、貴方が証人としてアマンディーヌのそばに居てくださいな?」

 わたくしはそれまで気配を抑えて横に控えていた執事のハリーに声をかけます。

「フロレンスお嬢様、よろしいのですか?」
「ええ、これでアマンディーヌに見つかればすっぱり諦めるわ。わたくしはひとりで隠れるから、暫くは侍女メイドを誰も付けないでね」
「ちょっと待ちなさいよ! 勝手に決めないで!」
「他に今すぐできる公平な勝負があるかしら?それともやっぱりダンスで決めましょうか。歌や刺繍でも良くってよ?」
「……」

 アマンディーヌが黙り込んだのを了承ととらえ、わたくしはこう告げてドアに向かいました。

「じゃあ30数えてから探し始めてくださいね」
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