6 / 6
6話(最終話) そしてふたりは幸せになる
しおりを挟む
◆◇◆◇◆
ユリアはヒュー改めウィルフレッドと、侯爵邸の立派な庭を散歩していた。気持ちの良い陽射しが二人をぽかぽかと温かく包んでいる。
「俺はガキの頃から馬や剣術が好きだった。父にせがんでよく剣の稽古をつけて貰ってたよ」
ウィルフレッドの言葉にユリアは目を細め頷いた。彼女も同じだったからだ。
「アッシュノット侯爵の名は兄が継ぐ。兄はとてもデキが良くてね。俺の補佐など要らなかった。俺は好きにやらせて貰おうと思ったんで、叔父が伯爵家を継げと言っていたが断って騎士団に入った」
「何故偽名を? お前なら第一近衛にだって入れただろう」
ユリアの疑問は至極当然のものだ。第一近衛隊は騎士なら誰でも憧れる国王陛下直属のエリート。実力は当然必要だが身分も求められる為、最初からチャンスを持つ者は限られる。しかしヒューは困ったように微笑んだ。
「俺は昔からアッシュノットの息子というだけで周りから持ち上げられた。父から『驕る事無かれ』と何度も窘められたし兄が優秀だったから良かったけど、そうじゃなければ今頃クソみたいな奴になってたかもしれない。……いただろ? 第三隊に入ってコッテリ絞られていた奴がさ」
「……ああ! アイツ。便所掃除の」
「そう、罰として便所掃除をやらされて泣きベソかいてたアイツ」
二人は屈託なく笑った。ユリアの居る第二近衛隊は国王と王妃以外の王族を警護する役目だ。第三隊は王宮の一部や庭など、城壁の中を守るが近衛隊の様に王宮の深部までは立ち入れない。
そして第三隊には平民出身だが腕が立ち忠誠心がある者と、騎士としては今ひとつなのだが貴族の子女だからという理由で配置された者が混在している。
前者は良いが後者の中には身分をかさに着て平民の同僚を馬鹿にする者もいた。そんな事をすれば隊の秩序を守らない者として罰を与えられたし騎士団内の剣術大会で恥をかくのが関の山なのだが、何故だか毎年一人はそういった人間が現れるのだ。
ウィルフレッドはひとしきり笑った後に話を続ける。
「……だからバスクを名乗った。俺は身分に関係なく俺の実力だけで周りを認めさせたかったんだ……だが」
ウィルフレッドは足を止め、ユリアを見つめる。
「お前を見てそれすらも驕りだと気づかされたよ。キースリング」
「私が?」
ユリアはウィルフレッドを見上げた。彼の瑠璃色の瞳に吸い込まれそうな気持ちになる。
「お前は周りに『女だから、貴族だから出世した』と何度言われても決して折れず、腐らず、ひたむきに己を鍛えていた」
「……まあ、貴族の娘に生まれたのも、それで近衛に入れたのも事実だから」
「そうだ。俺はそこをはき違えていた。結局“俺の実力”なんてものは、アッシュノットの土台の上に成り立ってる。家を出る前は父のツテで元隊長に剣を習っていたし、この身体だって毎日何も考えずに飯を食って作られたものだ」
「ああ、そういうことか」
ユリアにもウィルフレッドの言いたいことがわかった。第四隊や第五隊の役職付きはともかく、一兵卒は貧しい平民出身も多い。彼らの中には、入団前は腹一杯食うことも出来なかった……と、毎日の食事に感謝している者もいた。
「貴族の恩恵を目一杯受けて生きて来たくせに『貴族だから』と言われたくなくて素性を隠すなど、酷く甘い考えだった。お前を見ていて自分が恥ずかしくなったよ」
「そんなことは……でも、だから私に親切にしてくれていたのか」
ユリアが最後の言葉を俯きがちに言うと、ウィルフレッドはピクリと頬の筋肉をひきつらせ、ハァーと溜め息を吐いた。
「バスク……じゃなかった、ウィルフレッド様?」
「ははは。ウィルと呼んでくれ。それよりそんな顔をするな……ユリア」
「……っ」
ウィルフレッドに始めて名前を呼ばれたユリアは動揺する。流行り風邪のように顔が熱い。ウィルフレッドは少しだけあきれた様に言う。
「お前、本当に鈍感なんだなぁ」
「なっ、何が……」
「確かにお前の剣に対するひたむきさは尊敬してたよ。だけどそれだけで俺の休みを潰してまでお前の剣の稽古に付き合うわけないだろ!」
「えっ、じゃあ」
彼はまた、支度部屋で見せたような複雑な表情をした。
「お前みたいな……心持ちも、体捌きも、剣の切先の動きも、み、見た目も! 全てが綺麗な女なんて今まで会ったことも無かったよ。……多分、もう見習いの頃から惚れてた」
「……バスク」
「ウィル、だ」
「ウィ、ル……わ、私もお前、貴方を……」
ユリアの胸にじんわりと大きな喜びが広がる。彼女は彼の愛の告白に応えたかったが舌が震え、上手く話せない。もどかしい想いが自然と彼女の両の手を前に伸ばした。
ウィルフレッドはその手を掴み、引き寄せる。二人は互いの背中を強く抱いた。
「……ずっと逢いたかった。あの後、何故私を避けていたの?」
ユリアがウィルフレッドの胸に頬を寄せて呟く。
「避けてなんかいない」
「だって、第四隊に近づくなって。それと面倒なことになったって、スミスが言ってた」
「……それ、何て言われたか正確に教えてくれ」
ユリアがスミスとの会話を再現すると、ウィルフレッドはユリアから少しだけ体を離し、ハァーと溜め息を吐きながら頭をグシャリと乱暴にかいた。せっかくの髪型がボサボサになり、いつもの騎士の彼らしくなる。
「スミスの野郎……いや、俺もあの時は頭に血が昇ってたしな」
そう独り言を言うと、急に両手でユリアの頬を挟む。
「!?」
「そもそもお前が鈍感なのも原因なんだぞ! 今まで何人の騎士仲間に口説かれたと思ってる!?」
「口説……? いや、そんなことは一度も無い筈」
ユリアは目を白黒させつつ言ったが、ウィルフレッドはユリアの頬を捕まえたまま、顔を近づける。
「そんなふざけたことを言う口は塞いでやる」
「えっ、ちょっと、冗談にしては性質が悪すぎでは……」
二人の唇の間に手を差し込みガードしながら、ユリアははた、と気づく。
「まさか、口説かれたって、こういう悪い冗談も含まれるの?」
「それだけじゃない。いやらしいことを言われたとか、食事に誘われたとか、細かいのまで数えればキリがない」
「ふぇっ!?」
ユリアの頭の中に「キリがない」事柄の記憶が目まぐるしく流れていった。あれもこれも全て気づかずスルーするかバッサリと斬り捨てていたが、確かにそれも口説きとカウントすれば相当な回数になるだろう。だが、ユリアが鈍感だったとは言え、口説いているとわからない様に言う男性側にも問題があるではないか。
「えええ……男って……」
「男はそういうものだ。なのにあんな……あんな台詞を万が一他の男の前で言ってみろ!」
あんな台詞、とは言わずもがな。「くっ、殺せ!」のことだろう。
「正直、それまで俺は何年かかってものんびりと距離を縮めていけばいいと思ってたよ。だけどお前は何にもわかってない癖に煽ってくるし、スミスが持ってきた本がもしも第四隊の中で出回ってるなら一刻も早く何とかしないとマズイと思った。……誰かに手を出される前に」
「それで『第四隊に近づくな』と? 長期休暇も?」
ユリアの問いにウィルフレッドはしかめっ面をした。
「ああ。急いで邸宅に帰って父に話をして、お前の両親に認めてもらうには爵位も必要だと思った。だから休みを取って馬を飛ばして遠方の叔父のところまで話をつけにいったんだぞ。あと、さっきまで書いてた書類とか書類とか書類とか! 凄く面倒くさかったんだからな!」
「そんなに怒らなくってもいいでしょう!?」
「怒るだろそりゃ! これだけ頑張ったのに、お前が『私は傷物の女だ』って言った時の俺の気持ちも考えろよ! 俺が休みの間に何かあったのかと……!」
「それはウィル、貴方があの時、私に手を出したからじゃない!」
「!!」
ユリアの今の言葉は、今までのどんな模擬戦よりもウィルフレッドに致命的な一撃を与えたらしい。ぐっと言葉に詰まり、そのまま頭を抱えてしゃがみこんだ。
「……ああああ、そうだよ! 手を出したよ! 俺が今までどんだけ我慢したと思ってるんだーー!!」
ユリアは呆気にとられ、暫くするとふっと笑いたくなった。
足元にうずくまるウィルフレッドを見て、嬉しいような、気恥ずかしいような、そして再び彼を「可愛いな」と思う気持ちが湧き上がったからだ。
「ふふっ。我慢してたの?」
「……してたよ。すごく! お前が鈍いからずっと我慢して友人として側にいたんだぞ」
「気づかなかった。貴方、私を守る素敵な騎士様だったのね」
「ぶはっ!」
「ふふふっ」
二人は涙が出るほど笑った後、ウィルフレッドがちょっとおどけて言った。
「では、美しい姫、貴女を一生御守りします。どうか俺の伴侶に」
「いいえ」
「えっ」
「自分の身ぐらい自分で守るもの。でも、貴方の伴侶には喜んでなるわ」
二人はまた笑い、そして微笑み合う。どちらからともなく自然と抱き合って口づけを交わした。
かつてあの支度部屋でウィルフレッドが必死で我慢した唇へのキス。今それを受けたユリアはその甘さに痺れつつ、改めて彼の愛がどれだけ激しいのかとわからせられたのであった。
◆◇◆◇◆
アッシュノットとキースリングの両家は和やかに昼食を共にし、婚約は恙無く執り行われた。
社交界での婚約披露パーティーとは別に、二人は騎士団や城内での知り合いを集め【とび跳ねる小鹿亭】を貸し切って祝賀パーティーを開いた。シェリーンやポーラ、そして勿論スミスも参加し、そこで彼は初めてこう白状する。
「だって俺、シェリーンさんに『この薄い本をバスクさんへ渡して。貸すって言えばいいから』って内密に頼まれただけなんだもん。なのに次の日ヒューが猛獣みたいに怒ってるから意味がわからなくて、もうひたすら怖かったよ。キースリングへの伝言なんてちゃんと覚えてないに決まってるじゃん」
スミスはちょっぴり怒られつつも、肉汁が溢れ出る美味しい料理と芳醇な香りの高級ワインに無事ありつけたのである。
ユリアはヒュー改めウィルフレッドと、侯爵邸の立派な庭を散歩していた。気持ちの良い陽射しが二人をぽかぽかと温かく包んでいる。
「俺はガキの頃から馬や剣術が好きだった。父にせがんでよく剣の稽古をつけて貰ってたよ」
ウィルフレッドの言葉にユリアは目を細め頷いた。彼女も同じだったからだ。
「アッシュノット侯爵の名は兄が継ぐ。兄はとてもデキが良くてね。俺の補佐など要らなかった。俺は好きにやらせて貰おうと思ったんで、叔父が伯爵家を継げと言っていたが断って騎士団に入った」
「何故偽名を? お前なら第一近衛にだって入れただろう」
ユリアの疑問は至極当然のものだ。第一近衛隊は騎士なら誰でも憧れる国王陛下直属のエリート。実力は当然必要だが身分も求められる為、最初からチャンスを持つ者は限られる。しかしヒューは困ったように微笑んだ。
「俺は昔からアッシュノットの息子というだけで周りから持ち上げられた。父から『驕る事無かれ』と何度も窘められたし兄が優秀だったから良かったけど、そうじゃなければ今頃クソみたいな奴になってたかもしれない。……いただろ? 第三隊に入ってコッテリ絞られていた奴がさ」
「……ああ! アイツ。便所掃除の」
「そう、罰として便所掃除をやらされて泣きベソかいてたアイツ」
二人は屈託なく笑った。ユリアの居る第二近衛隊は国王と王妃以外の王族を警護する役目だ。第三隊は王宮の一部や庭など、城壁の中を守るが近衛隊の様に王宮の深部までは立ち入れない。
そして第三隊には平民出身だが腕が立ち忠誠心がある者と、騎士としては今ひとつなのだが貴族の子女だからという理由で配置された者が混在している。
前者は良いが後者の中には身分をかさに着て平民の同僚を馬鹿にする者もいた。そんな事をすれば隊の秩序を守らない者として罰を与えられたし騎士団内の剣術大会で恥をかくのが関の山なのだが、何故だか毎年一人はそういった人間が現れるのだ。
ウィルフレッドはひとしきり笑った後に話を続ける。
「……だからバスクを名乗った。俺は身分に関係なく俺の実力だけで周りを認めさせたかったんだ……だが」
ウィルフレッドは足を止め、ユリアを見つめる。
「お前を見てそれすらも驕りだと気づかされたよ。キースリング」
「私が?」
ユリアはウィルフレッドを見上げた。彼の瑠璃色の瞳に吸い込まれそうな気持ちになる。
「お前は周りに『女だから、貴族だから出世した』と何度言われても決して折れず、腐らず、ひたむきに己を鍛えていた」
「……まあ、貴族の娘に生まれたのも、それで近衛に入れたのも事実だから」
「そうだ。俺はそこをはき違えていた。結局“俺の実力”なんてものは、アッシュノットの土台の上に成り立ってる。家を出る前は父のツテで元隊長に剣を習っていたし、この身体だって毎日何も考えずに飯を食って作られたものだ」
「ああ、そういうことか」
ユリアにもウィルフレッドの言いたいことがわかった。第四隊や第五隊の役職付きはともかく、一兵卒は貧しい平民出身も多い。彼らの中には、入団前は腹一杯食うことも出来なかった……と、毎日の食事に感謝している者もいた。
「貴族の恩恵を目一杯受けて生きて来たくせに『貴族だから』と言われたくなくて素性を隠すなど、酷く甘い考えだった。お前を見ていて自分が恥ずかしくなったよ」
「そんなことは……でも、だから私に親切にしてくれていたのか」
ユリアが最後の言葉を俯きがちに言うと、ウィルフレッドはピクリと頬の筋肉をひきつらせ、ハァーと溜め息を吐いた。
「バスク……じゃなかった、ウィルフレッド様?」
「ははは。ウィルと呼んでくれ。それよりそんな顔をするな……ユリア」
「……っ」
ウィルフレッドに始めて名前を呼ばれたユリアは動揺する。流行り風邪のように顔が熱い。ウィルフレッドは少しだけあきれた様に言う。
「お前、本当に鈍感なんだなぁ」
「なっ、何が……」
「確かにお前の剣に対するひたむきさは尊敬してたよ。だけどそれだけで俺の休みを潰してまでお前の剣の稽古に付き合うわけないだろ!」
「えっ、じゃあ」
彼はまた、支度部屋で見せたような複雑な表情をした。
「お前みたいな……心持ちも、体捌きも、剣の切先の動きも、み、見た目も! 全てが綺麗な女なんて今まで会ったことも無かったよ。……多分、もう見習いの頃から惚れてた」
「……バスク」
「ウィル、だ」
「ウィ、ル……わ、私もお前、貴方を……」
ユリアの胸にじんわりと大きな喜びが広がる。彼女は彼の愛の告白に応えたかったが舌が震え、上手く話せない。もどかしい想いが自然と彼女の両の手を前に伸ばした。
ウィルフレッドはその手を掴み、引き寄せる。二人は互いの背中を強く抱いた。
「……ずっと逢いたかった。あの後、何故私を避けていたの?」
ユリアがウィルフレッドの胸に頬を寄せて呟く。
「避けてなんかいない」
「だって、第四隊に近づくなって。それと面倒なことになったって、スミスが言ってた」
「……それ、何て言われたか正確に教えてくれ」
ユリアがスミスとの会話を再現すると、ウィルフレッドはユリアから少しだけ体を離し、ハァーと溜め息を吐きながら頭をグシャリと乱暴にかいた。せっかくの髪型がボサボサになり、いつもの騎士の彼らしくなる。
「スミスの野郎……いや、俺もあの時は頭に血が昇ってたしな」
そう独り言を言うと、急に両手でユリアの頬を挟む。
「!?」
「そもそもお前が鈍感なのも原因なんだぞ! 今まで何人の騎士仲間に口説かれたと思ってる!?」
「口説……? いや、そんなことは一度も無い筈」
ユリアは目を白黒させつつ言ったが、ウィルフレッドはユリアの頬を捕まえたまま、顔を近づける。
「そんなふざけたことを言う口は塞いでやる」
「えっ、ちょっと、冗談にしては性質が悪すぎでは……」
二人の唇の間に手を差し込みガードしながら、ユリアははた、と気づく。
「まさか、口説かれたって、こういう悪い冗談も含まれるの?」
「それだけじゃない。いやらしいことを言われたとか、食事に誘われたとか、細かいのまで数えればキリがない」
「ふぇっ!?」
ユリアの頭の中に「キリがない」事柄の記憶が目まぐるしく流れていった。あれもこれも全て気づかずスルーするかバッサリと斬り捨てていたが、確かにそれも口説きとカウントすれば相当な回数になるだろう。だが、ユリアが鈍感だったとは言え、口説いているとわからない様に言う男性側にも問題があるではないか。
「えええ……男って……」
「男はそういうものだ。なのにあんな……あんな台詞を万が一他の男の前で言ってみろ!」
あんな台詞、とは言わずもがな。「くっ、殺せ!」のことだろう。
「正直、それまで俺は何年かかってものんびりと距離を縮めていけばいいと思ってたよ。だけどお前は何にもわかってない癖に煽ってくるし、スミスが持ってきた本がもしも第四隊の中で出回ってるなら一刻も早く何とかしないとマズイと思った。……誰かに手を出される前に」
「それで『第四隊に近づくな』と? 長期休暇も?」
ユリアの問いにウィルフレッドはしかめっ面をした。
「ああ。急いで邸宅に帰って父に話をして、お前の両親に認めてもらうには爵位も必要だと思った。だから休みを取って馬を飛ばして遠方の叔父のところまで話をつけにいったんだぞ。あと、さっきまで書いてた書類とか書類とか書類とか! 凄く面倒くさかったんだからな!」
「そんなに怒らなくってもいいでしょう!?」
「怒るだろそりゃ! これだけ頑張ったのに、お前が『私は傷物の女だ』って言った時の俺の気持ちも考えろよ! 俺が休みの間に何かあったのかと……!」
「それはウィル、貴方があの時、私に手を出したからじゃない!」
「!!」
ユリアの今の言葉は、今までのどんな模擬戦よりもウィルフレッドに致命的な一撃を与えたらしい。ぐっと言葉に詰まり、そのまま頭を抱えてしゃがみこんだ。
「……ああああ、そうだよ! 手を出したよ! 俺が今までどんだけ我慢したと思ってるんだーー!!」
ユリアは呆気にとられ、暫くするとふっと笑いたくなった。
足元にうずくまるウィルフレッドを見て、嬉しいような、気恥ずかしいような、そして再び彼を「可愛いな」と思う気持ちが湧き上がったからだ。
「ふふっ。我慢してたの?」
「……してたよ。すごく! お前が鈍いからずっと我慢して友人として側にいたんだぞ」
「気づかなかった。貴方、私を守る素敵な騎士様だったのね」
「ぶはっ!」
「ふふふっ」
二人は涙が出るほど笑った後、ウィルフレッドがちょっとおどけて言った。
「では、美しい姫、貴女を一生御守りします。どうか俺の伴侶に」
「いいえ」
「えっ」
「自分の身ぐらい自分で守るもの。でも、貴方の伴侶には喜んでなるわ」
二人はまた笑い、そして微笑み合う。どちらからともなく自然と抱き合って口づけを交わした。
かつてあの支度部屋でウィルフレッドが必死で我慢した唇へのキス。今それを受けたユリアはその甘さに痺れつつ、改めて彼の愛がどれだけ激しいのかとわからせられたのであった。
◆◇◆◇◆
アッシュノットとキースリングの両家は和やかに昼食を共にし、婚約は恙無く執り行われた。
社交界での婚約披露パーティーとは別に、二人は騎士団や城内での知り合いを集め【とび跳ねる小鹿亭】を貸し切って祝賀パーティーを開いた。シェリーンやポーラ、そして勿論スミスも参加し、そこで彼は初めてこう白状する。
「だって俺、シェリーンさんに『この薄い本をバスクさんへ渡して。貸すって言えばいいから』って内密に頼まれただけなんだもん。なのに次の日ヒューが猛獣みたいに怒ってるから意味がわからなくて、もうひたすら怖かったよ。キースリングへの伝言なんてちゃんと覚えてないに決まってるじゃん」
スミスはちょっぴり怒られつつも、肉汁が溢れ出る美味しい料理と芳醇な香りの高級ワインに無事ありつけたのである。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる