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最終話/平和な庭先にて
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桜はもう散り、葉を付け始めていた。
大和はロクさんの家の縁台に腰掛け、コーヒーを飲んでいた。今日は非番なので個人的な訪問だ。
「もー、なんでロクさん、あの時犯人がここにいるって教えてくれなかったんだよ!」
「そうだよ! ロクさんのケチ!」
「あーあ、あの時もっとちゃんと犯人を見ておけばよかった!」
小学生の三人組がロクさんにブウブウと文句を言っていたが、ロクさんはいつもの柳に風で流してしまう。
「ごめんなさいねぇ。でもやっぱり強盗犯なんて危ないじゃない? だからあなた達にやっくんを呼んで貰うようお願いしたのよ」
「ふふん。まあね! 俺達が大和を呼ばなかったらロクさんは大ピンチだったもんな!」
「そうよ。あなた達が居なければ事件を解決する事はできなかったのよ。……でも、やっくんは大人なんだから呼び捨ては良くないわ。『大和さん』ってさん付けにしない?」
「えー? 『さん』は無い! だって大和って大人なのになんか情けない感じだもんな~?」
「な~」
「そーそー。ロクさんだって『やっくん』呼びじゃんか」
「あら、私は下の名前で呼んでるのよ。大和康昭巡査だから、やっくん。小さい頃から知り合いなのよ」
「お前ら、情けないは言い過ぎだろ。俺だって事件解決の功労者の一人だぞ。ちゃんとさん付けで呼びなさい!」
大和が子供たちに威厳を示すように言うと、彼らは揃ってう~んと言い出した。
「確かにそうだよな。犯人を捕まえたし」
「でもやっぱり『さん』は無いよなぁ。ロクさんみたく『やっくん』も違うし」
「じゃあ『やまっち』はどう?」
「お! 良いんじゃね?」
「それだ! じゃあ『やまっち』でよろしくな!」
「よろしく! やまっち」
「はぁ、俺の意見は無視かよ……まあ呼び捨てよりはマシか……」
持参した缶コーヒーを手に項垂れる大和。ロクさんは縁台に正座をしてニコニコしたままだ。子供達はまたロクさんに詰め寄る。
「ねえねえロクさん。なんで桜の木の下にお金が埋まってるってわかったの?」
「遠めがねで見たの? 『ここに埋まってる』って見えるの!?」
「いいなー! 俺達もいつになったら見えるようになるんだろう?」
三人の興奮を余所に、大和はロクさんを強い目で見た。それは大和も知りたかった事だ。ロクさんはゆっくりと首を横に振る。
「違うわ。遠めがねでそれは見えないの。わかったのはただのカンよ」
「えーっ」
「カンなの~? つまんない~」
「カンと言ってもちゃんと理由があるのよ。あの人に最初会った時、あそこに桜は一本だけでちょうど満開だった。なのに足下は桜の絨毯だったのよ。散り際ならわかるけどおかしいでしょう?」
「?」
「え? どういうこと?」
「意味がわかんない」
子供達が首を傾げるなか、大和はひとり合点がいったように「なるほど」と呟いた。
「え、なになにやまっちはわかるの?」
「知りたい!」
「教えて~」
男子三人の羨望の眼差しを受け、ちょっと良い気分の大和が説明する。
「エヘン。君達、今年の花見は行ったかい?」
「「「行ったー!」」」
「じゃあ思い出して欲しい。桜がちょうど満開の時、よほど強い風でも吹かない限り花びらはそんなに沢山は落ちない筈だ。桜の絨毯ってのは、地面が見えないほど花びらがびっしりと落ちている状態の事を言うんだ。それは満開を過ぎて桜が散り始めないと普通は起きない」
「あー」
「確かにそうかも」
「うん、見たことある!」
「桜並木なんかで他にも桜があれば、風の吹きだまりで一ヶ所だけ花びらが集まって絨毯になることもある。だけど現場の桜の木は一本しかなかった。じゃあどうしてそんなに花びらが落ちてるのか……?」
「わかった!」
「えっ俺わかんない」
「俺もわかった! 犯人が集めたんだ!」
「何でだよ! そんな事するよりさっさと遠くへ逃げた方がいいじゃん!」
「あっ、そっか……」
「えっ、じゃあなんで?」
男の子達の推理はそこで止まってしまったようだ。大和は立ち上がり、庭の土を靴の爪先で削る。
「ほら、こうやって土を掘って……埋めても、跡をうまく隠すのは難しいだろ? 何かを埋めるならもっと大きく掘らなきゃいけないから尚更だよ。ロクさんも同じ事を考えたんでしょ?」
ロクさんはニッコリと首を縦に振る。
「流石やっくん。そうよ。土を掘って埋めた跡を誤魔化すために、余所からも花びらを集めてあそこに撒いたのかしら? って、佐藤さんと話しながら考えたの。……あら、違う名前だったかしら? まぁどっちでもいいわよね」
「そっかぁ! やるじゃん、やまっち!」
「ちょっとは認めてやるよ!」
「遠めがねは使えないみたいだけどな!」
「ははは。ありがとう」
男の子三人の言葉に苦笑いする大和。彼らはいつものようにロクさんにチラシ製の遠めがねをねだり、別れの挨拶をして「パトロール」の為に出ていった。
ロクさんが再び縁台に正座をして言う。
「でも、事件が解決したのも、お金が見つかったのもやっくんのお陰よ。本当にありがとう」
「えっ、そんなこと無いよ」
「いいえ、わたしが言うだけではこうはいかなかったわ」
刑事課の刑事達はロクさんの主張を薄笑いで聞いていた。大和は課も違うし階級も一番下の人間だ。だからひたすら低姿勢で懇願する形を取り、刑事達に「あのおばあちゃんのカンはめちゃくちゃ当たるんです! 桜の木の根元を俺が掘りますから許可を下さい」と何度も頭を下げた。
結果、大和のしつこさに今回のみという条件で刑事側が折れた。多分何も見つからなかった場合の責任を大和に押し付ければ現行犯逮捕した功績とチャラになるだろうと踏んだのだろう。
しかし刑事立会いの下で土を掘り返すと見事に金が見つかったのだ。
「犯人は警察署での聴取でも最初は私に話したのと同じ話をしたのでしょう? 」
ロクさんはのんびりとススキ茶を飲みながら言う。
「自分はただの運転手役で、バイトだと騙されて顔を知らない首謀者の計画に乗っただけ。他の実行犯達とお金を分けてから彼らを適当な所で車から降ろし、残ったお金を指示通りに紙袋に入れてコインロッカーの上に置いてきた。個人情報を握られているから指示に従うしかない。ネコババなんてしていない……って。残った金額は知らないけど、実行犯と同じか、それ以上だったんじゃない?」
大和は無言でコーヒーを飲んだ。金は大和が掘り出したからおおよその金額はわかる。だがいくら今回の活躍があっても一般人のロクさんにそこまでの捜査内容を言えるわけがない。
……まあ、この場合は無言が肯定と受け止められてしまうかもしれないが。
「でも私には彼が首謀者だと最初から判っていた。そして所持金が200万円なのも。じゃあ首謀者に渡したって言ってた残りのお金はどこにあるのか? まさか本当にコインロッカーの上に置くような事をするわけないわよね。振り込みは足がつくって彼自身が言っていたわ」
「それで、あそこに金を埋めておいて、わざと捕まる気だったのか……」
「そうね。何も知らない運転手役を演じ、所持金の200万円には手を付けず、捕まった後は反省したフリをして仲間の事もペラペラ話したら多分減刑されるでしょう。私が彼に同情して庇う証言をする事も計算に入れていたかもね。それなら軽い刑罰で直ぐに戻ってこれる。一事不再理って言うんでしょう? 同じ罪では二度裁かれないのよね。」
大和はロクさんが『一事不再理』を知っているのに吃驚してあんぐりと口を開け、彼女の顔を眺めた。
「戻ってきてすぐにお金の使い方が荒くなるようなヘマはしないでしょうけど、罪を償い終わった人間のその後を細かく追いかける程、今時の刑事さんも暇じゃないわよね?」
いたずらっぽく目をきらめかせてロクさんが言う。大和はがっくりとなった。
「だから俺の前でわざと銃を突きつけて脅したのか……。自首まですれば場合によっては情状酌量で不起訴の可能性すらある。罪が確定しないと一事不再理で逃げきれないから」
どうやら芦田川はかなりITに精通していたらしく、本当に一人二役で銀行強盗の計画メールをやり取りしていたらしい。海外のサーバー等も経由していて送信元も偽装しているから所轄だけでは特定は困難だったろう。
大和たちが見つけた金という証拠がなければロクさんの意見は鼻で笑われ、芦田川は本当に運転手役だという主張で逃げきれていたかもしれない。ギリギリの綱渡りだったのだ。
大和はため息を吐いた。
「あら、やっくん。『自分は犯人の掌で踊らされていた』って思って落ちこんでるの?」
大和はバッと勢いよくロクさんの方を見た。ロクさんの両手はきちんと正座した膝の上に乗っている。彼女は大和の視線の動きを見て「おやまぁ」と目を見開いてからにっこりした。
「嫌だわ。指の間から見ても相手の考えている事なんてわからないって知ってるでしょう? やっくんの顔を見れば今の事ぐらいは想像できちゃうんだから」
大和は真っ赤になった。そしてその赤い顔を隠し、大声で愚痴る。
「……くそっ、どっちかっていうと被疑者も俺も、皆ロクさんの掌で踊らされていたって感じだよなぁ~!」
「そんな事ないわよ。あの日、私はあの人と話しながら、内心どうしようかヒヤヒヤしていたもの」
「ぜってぇ嘘だろ!」
大和がそう吐き捨てても、ロクさんはニコニコしたままだ。
(全く、そうやって嘘ばっかつくんだもんな。危ないから気を付けろって言ってんのに怪しい人にも声をかけちまうし)
でもロクさんは自分の利益の為に嘘をつくのではない。相手が嘘をつくからそれに併せているだけなのだ。
全ては嘘だらけのこの世が無情だからなのだ。
だがしかし、世に何があろうと桜の美しさと、平和なこの庭先で飲むお茶の旨さは変わらないだろう。ロクさんは周りの平和を守るために嘘を見抜き、また、小さな嘘をつく「近所のおせっかいおばあちゃん」なのだから。
「ロクさ~ん! ちょっとちょっと……」
我等口多美術館の庭先に、今日も訪問者が現れた。
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