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5.無理なお願い

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紡績工場に勤める母の影響で、昔から手芸が好きだった私。
とりわけ、母が持って帰ってくる糸でレースを作るのが大好きだった。


勿論、これを仕事にできればと夢見た事はあったがそんなに裕福では無い我が家では金になるか分からない仕事よりも、確実に給金を貰える仕事に就くしか道は無かった。


それでも諦めきれずに、趣味として作り続けて溜まった作品を何とかしようと軽い気持ちで孤児院へ寄付すると、子ども達が目を輝かせて喜んでくれた。

私の作った物で人を幸せにする事ができた。
それだけで私は幸せだった。

けれど、たまたまフルールさんが私の作品に目を留めてくれて、あの有名店ブティックフリージアのお抱えレース職人として私を拾ってくれた。

私に夢を与えてくれた恩人フルールさん。


そんな恩人に1ミクロンも迷惑をかける訳には行かない!


そんな事を考えてブティックフリージアへ急ぐ。
店のドアノブに手を掛けると、中から聞き慣れた声がする。


この声は…
アルベルト…!?


急いでドアを開け放つ。


「アルベルト!!貴方ここで何をしているの!?フルールさんに近付かないで!」

私がドアを開けると、お店にはフルールさんとショーケースに手をつきフルールさんに必死で話し掛けていたであろうアルベルトがいた。


「あら、エリス。いらっしゃい。貴女の知り合いだったのね」

穏やかではない登場の仕方をしてしまったのにも関わらず、フルールさんは笑顔で私を迎え入れてくれた。
それとは対照に、振り返ったアルベルトは明らかに私の顔を見て嫌悪感を露わにし、更には舌打ちをする。

「こんな所まで追って来るなんて、ストーカーかい?こんな事をすればする程僕の気持ちは離れていく一方だよ?」

「誰がアンタなんてっ…」

と言いかけて、言葉を飲み込む。
今はお客さんがいないとは言え、ここはフルールさんのお店だ。騒ぎを起こす訳にはいかない。

ふーっと深呼吸をして、出来るだけ冷静に。出来るだけ冷静にと自分に言い聞かせて言葉を選ぶ。

「心配しなくても、私は貴方に一欠片の気持ちも無いわ。ただ、ここにいるフルールさんには迷惑をかけないでほしいの」

フルールさんは、状況がまだよく分かっていないようだが、黙って私の話に耳を傾けてくれている。

後で説明します…ごめんなさい…

心の中でフルールさんに謝る。
ここは、何としてもアルベルトに穏便に出て行って欲しい。
優しいフリをして、人からお金を騙し取ったり財布を盗んだり、思い込みが激しかったり、とんでもない奴な事は間違いない。
フルールさんと私しかいないこの状況で逆上されでもしたら困る。


「誰がフルールさんに迷惑をかけるって?今1番迷惑をかけているのはエリス、君だよ。僕とフルールさんの仲を引き裂こうとする君が1番迷惑た。フルールさん、コイツの言う事に耳を傾けない方が良いですよ。コレ、僕のストーカーなんです…」

「はあっ!?」

思わず大きい声が出る。
いけない、冷静に冷静に…。
でも、今のアルベルトに何を言っても通じない。どうするべきか…と考えていると、店の扉が開く。


「っんにちはーっと…お取込み中でしたかい?」

低い声で挨拶をして入ってきた男性は、店のドアよりも大きく、顔も身体も古傷だらけ、腕は丸太ほどあるのではないか!?と思う程太く…極め付けに、とんでもない強面…。失礼だがもうそちらの筋のお方にしか見えない。

「あらマイク。ご苦労様。いえ大丈夫よ」

フルールさんはヒラヒラと手を振りながら、マイクと呼ばれる男性に声をかける。

「フルールさん、こちらの方は…」

そう言ってマイクさんがチラリとアルベルトに目をやると、アルベルトは小さくヒッと声を漏らす。


「きょ、今日はこの辺でっ!」

アルベルトは猫に狙われた鼠のように萎縮し、急いでこの場を去ろうとする。

クセに。
去り際に私にだけ聞こえる声で、

「お前、覚えておけよ」

という謎の捨て台詞を吐いて出て行った。





それは無理なお願いだ。
私は心底アンタの事を頭から消し去りたいのだから…。



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