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1章
サフラン③
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礼拝は3学年合同である。礼拝堂は学校の敷地の広さを考えればごく小規模なものだが、集う生徒達の数を考えれば十分すぎると言ってもいい。それにどうせ学年末にはもっと広く感じられるようになるのだ。それを見ることができればの話ではあるけれど。
週に一度ある礼拝の内容自体は、礼拝というよりかは、ありきたりな学校朝礼といった趣のものだった。生活習慣を乱さないようにしましょう、身嗜みに気をつけましょう、しっかりと学びましょう。そして最後に、申し訳程度に、「御霊に祈りましょう」と言われる。くだらない。
今日も同じような時間が繰り返されるだろう。そう思って定められた自分の位置に並ぶ 私はこの時間が好きではない。意味のない朝礼が退屈だなんて贅沢な意味ではなくて、この時間は木戸匡江が私の後ろに並ぶからだ。
匡江は私の学年で、現状一番幅をきかせている生徒だった。
恵まれた体格を持ち、身長は170センチを越えて筋肉質である。体育の授業を受ければ目を見張るような身体能力を見せつけ、特に体術においては向かうところ敵なしといった具合だ。
いつのまにか既知のこととして語られるようになっていた『名門』も、おそらく匡江のことだろうということで、クラスメイトの見解は一致しているようだった。
そしてこういった状況で、力を持つ者の周りには力を求める者たちが集まる。教室では木戸派とでもいうべき派閥が既に完成しつつあり、何やらしきりに情報交換や謀に勤しんでいるようだった。
私やちなつは、木戸派には加わらなかった。一つには入りようがなかったということもある。新学期早々に上級生のお茶会に誘われた私たちは、ともにお茶会に招かれた光の死とも相まって、どうにも不気味な存在として匡江に認識されているらしく、授業で話をする機会があっても、木戸派の面々には取り繕うことすらない恐れと敵意を示された。
しかし仮に誘われなかったとしても、私は教室の片隅の一団に加わることはなかっただろう。
私だけが抱く脅迫的な考えなのかもしれなかったが、匡江のあり方は、この学校の求める女学生のあり方からすると、『美しくない』気がしたのだ。
力を見せつけ、人を従える。人間のサバイブの方法としては当然とも言える方法である。ありきたりと言っていい。しかし、暗殺者のあり方としてはどうだろうか。
分からない。匡江はいつも身嗜みもきちんとしているし、座学の成績も悪くはないようだ。もしかしたらこれも正解の一つなのかもしれないけれど、それでも私は、ここに加わった先に待ち受けるものが、あまり良い結果に繋がらないような気がしていた。
とはいえ、現状匡江は背中を向けたくない学生の筆頭であることには違いなく、礼拝の時間には、背中が緊張感でぴりぴりと落ち着かない時を過ごすことになるのだった。
高藤校長が教壇に立った。礼拝堂に僅かに漂っていたざわめきがぴたりと停止し、沈黙が落ちる。
「さて、淑女たる皆さん、おはようございます」
相変わらず高藤校長は芝居がかった動きで微笑んで見せた。
「今日は悲しいお知らせがあります」
ちっとも悲しくなさそうに彼は言う。事実、彼にとっては悲しいことなどあろうはずもなく。
「今月は4人の御霊が空へ昇りました。1年生が3人、2年生が1人。なお、3年生は今月、皆この地にとどまりました。全ての御霊が美しいものでした。若き御霊に、まずは祈りを」
得意げにすら聞こえる校長の声に生徒達が一斉に頭を垂れる。
皆の頭が上がりきるのを待ってから、校長は続きを話し始めた。
「御霊に敬意を表する証として、消えゆく御霊の最後の輝きについて、お話をしておきましょう。まず、入学式に参加された新入生のみなさんの記憶に新しいと思います。4月1日、神野千鶴さん。彼女は残念ながら、淑女であることが出来ませんでした。今世では残念ながら良い導きに出会うことが出来ませんでしたが、おそらくは来世にて幸福を得られることでしょう。4月6日、渡良瀬礼さん。彼女は果敢にも同級生の殺害を試みましたが、残念ながら少しばかり実力が足りませんでした。美しい仕事とは言えませんでしたが、彼女は身をもって教訓を得ることができたでしょう。4月17日、浜口光さん。彼女は美しい庭において、甘美な毒を受けました。これは実に美しい仕事でした。彼女の胃の内容物から検出された毒は、入手経路の特定が大変難しいもので、また、状況証拠こそあれど、当日の目撃者は一人も名乗り出てきませんでした。おそらく近いうちの授業で取り上げられることになるでしょう。しかし、4月28日。澤井絢子さん。本日の仕事は実にいただけなかった! 朝礼が終わったら、一年生の諸君は基礎理論Ⅰの17ページを熟読しなさい。目撃者を残さぬことは基礎中の基礎です。一番基礎的な手順を怠るということは、己の愚を晒すことに他なりません」
長い話にやや弛緩しかけた空気が、校長の睥睨とともにぴしりと固まった。
「1年生の藤嶺清花さんは、礼拝が終わったら職員室に出頭するように」
木戸派の女生徒の名前が発せられた瞬間に、事態が動いた。
まず、清花が猛烈な勢いで走り始めた。
彼女に押し退けられた生徒が転んで、小さな悲鳴が上がった。
清花の動きを見越していたかのように、教員が冷静な動作で出口を塞ぐ。
そして次の瞬間、清花が崩れ落ちた。魔法が解けた操り人形のようだった。
そして全身の力が抜けた清花は、その後米袋のようにずるずると教員達に引きずられ、私たちの視界から消えていった。
「さて、皆さんに勘違いをしてほしくないのは」
そして何事もなかったように校長が演説を続ける。
「権力への服従を説くのは、義務だからではなく、貴女たちのためだということです。自らの責務をこなすことすらできなかった出来損ないが、自らの過ちを知った時に、淑女であろうとすることもかなぐり捨てて、知性の欠片もない逃亡を企てる。こんな下品なお転婆さんが、安楽な死を迎えられるとでも思いますか?」
そんなはずはないですよね、と校長は優しげにすら見えるまなざしで生徒を見渡した。
「さて、天に招かれる御霊がまた一つ、増えることになりました」
そう言って校長は静かに目を閉じた。
「祈りを」
私たちは跪く。何を祈っているのかも分からないまま。
礼拝堂を出るときに、匡江の顔を盗み見た。白くこわばった表情からは、何の感情も読み取ることが出来なかった。
週に一度ある礼拝の内容自体は、礼拝というよりかは、ありきたりな学校朝礼といった趣のものだった。生活習慣を乱さないようにしましょう、身嗜みに気をつけましょう、しっかりと学びましょう。そして最後に、申し訳程度に、「御霊に祈りましょう」と言われる。くだらない。
今日も同じような時間が繰り返されるだろう。そう思って定められた自分の位置に並ぶ 私はこの時間が好きではない。意味のない朝礼が退屈だなんて贅沢な意味ではなくて、この時間は木戸匡江が私の後ろに並ぶからだ。
匡江は私の学年で、現状一番幅をきかせている生徒だった。
恵まれた体格を持ち、身長は170センチを越えて筋肉質である。体育の授業を受ければ目を見張るような身体能力を見せつけ、特に体術においては向かうところ敵なしといった具合だ。
いつのまにか既知のこととして語られるようになっていた『名門』も、おそらく匡江のことだろうということで、クラスメイトの見解は一致しているようだった。
そしてこういった状況で、力を持つ者の周りには力を求める者たちが集まる。教室では木戸派とでもいうべき派閥が既に完成しつつあり、何やらしきりに情報交換や謀に勤しんでいるようだった。
私やちなつは、木戸派には加わらなかった。一つには入りようがなかったということもある。新学期早々に上級生のお茶会に誘われた私たちは、ともにお茶会に招かれた光の死とも相まって、どうにも不気味な存在として匡江に認識されているらしく、授業で話をする機会があっても、木戸派の面々には取り繕うことすらない恐れと敵意を示された。
しかし仮に誘われなかったとしても、私は教室の片隅の一団に加わることはなかっただろう。
私だけが抱く脅迫的な考えなのかもしれなかったが、匡江のあり方は、この学校の求める女学生のあり方からすると、『美しくない』気がしたのだ。
力を見せつけ、人を従える。人間のサバイブの方法としては当然とも言える方法である。ありきたりと言っていい。しかし、暗殺者のあり方としてはどうだろうか。
分からない。匡江はいつも身嗜みもきちんとしているし、座学の成績も悪くはないようだ。もしかしたらこれも正解の一つなのかもしれないけれど、それでも私は、ここに加わった先に待ち受けるものが、あまり良い結果に繋がらないような気がしていた。
とはいえ、現状匡江は背中を向けたくない学生の筆頭であることには違いなく、礼拝の時間には、背中が緊張感でぴりぴりと落ち着かない時を過ごすことになるのだった。
高藤校長が教壇に立った。礼拝堂に僅かに漂っていたざわめきがぴたりと停止し、沈黙が落ちる。
「さて、淑女たる皆さん、おはようございます」
相変わらず高藤校長は芝居がかった動きで微笑んで見せた。
「今日は悲しいお知らせがあります」
ちっとも悲しくなさそうに彼は言う。事実、彼にとっては悲しいことなどあろうはずもなく。
「今月は4人の御霊が空へ昇りました。1年生が3人、2年生が1人。なお、3年生は今月、皆この地にとどまりました。全ての御霊が美しいものでした。若き御霊に、まずは祈りを」
得意げにすら聞こえる校長の声に生徒達が一斉に頭を垂れる。
皆の頭が上がりきるのを待ってから、校長は続きを話し始めた。
「御霊に敬意を表する証として、消えゆく御霊の最後の輝きについて、お話をしておきましょう。まず、入学式に参加された新入生のみなさんの記憶に新しいと思います。4月1日、神野千鶴さん。彼女は残念ながら、淑女であることが出来ませんでした。今世では残念ながら良い導きに出会うことが出来ませんでしたが、おそらくは来世にて幸福を得られることでしょう。4月6日、渡良瀬礼さん。彼女は果敢にも同級生の殺害を試みましたが、残念ながら少しばかり実力が足りませんでした。美しい仕事とは言えませんでしたが、彼女は身をもって教訓を得ることができたでしょう。4月17日、浜口光さん。彼女は美しい庭において、甘美な毒を受けました。これは実に美しい仕事でした。彼女の胃の内容物から検出された毒は、入手経路の特定が大変難しいもので、また、状況証拠こそあれど、当日の目撃者は一人も名乗り出てきませんでした。おそらく近いうちの授業で取り上げられることになるでしょう。しかし、4月28日。澤井絢子さん。本日の仕事は実にいただけなかった! 朝礼が終わったら、一年生の諸君は基礎理論Ⅰの17ページを熟読しなさい。目撃者を残さぬことは基礎中の基礎です。一番基礎的な手順を怠るということは、己の愚を晒すことに他なりません」
長い話にやや弛緩しかけた空気が、校長の睥睨とともにぴしりと固まった。
「1年生の藤嶺清花さんは、礼拝が終わったら職員室に出頭するように」
木戸派の女生徒の名前が発せられた瞬間に、事態が動いた。
まず、清花が猛烈な勢いで走り始めた。
彼女に押し退けられた生徒が転んで、小さな悲鳴が上がった。
清花の動きを見越していたかのように、教員が冷静な動作で出口を塞ぐ。
そして次の瞬間、清花が崩れ落ちた。魔法が解けた操り人形のようだった。
そして全身の力が抜けた清花は、その後米袋のようにずるずると教員達に引きずられ、私たちの視界から消えていった。
「さて、皆さんに勘違いをしてほしくないのは」
そして何事もなかったように校長が演説を続ける。
「権力への服従を説くのは、義務だからではなく、貴女たちのためだということです。自らの責務をこなすことすらできなかった出来損ないが、自らの過ちを知った時に、淑女であろうとすることもかなぐり捨てて、知性の欠片もない逃亡を企てる。こんな下品なお転婆さんが、安楽な死を迎えられるとでも思いますか?」
そんなはずはないですよね、と校長は優しげにすら見えるまなざしで生徒を見渡した。
「さて、天に招かれる御霊がまた一つ、増えることになりました」
そう言って校長は静かに目を閉じた。
「祈りを」
私たちは跪く。何を祈っているのかも分からないまま。
礼拝堂を出るときに、匡江の顔を盗み見た。白くこわばった表情からは、何の感情も読み取ることが出来なかった。
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