友喰いの匣庭

桜井 うどん

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1章

柘榴①

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 英国の庭園風の中庭に、小さな四阿がある。
 砂糖菓子のような真っ白なテーブルセットには、ギンガムチェックの赤いテーブルクロスが敷かれ、テーブルの上にはきつね色のスコーン、つやつやしたアップルパイにくるみのクッキー、きゅうりの小さなサンドイッチと、紅茶がなみなみ入った少しレトロなティーポット。
 周りを囲むのは、うら若き乙女達。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。お会いできて嬉しいわ」
「スコーンには大いに期待なさってね。さくらの君は家庭科の成績がとっても優秀でいらっしゃるのよ」
「いやだわ、たんぽぽさんはいつもそうやって私にプレッシャーをかけるのだから」
 にこやかな会話が交わされる風景を、私はぼんやりと眺めていた。
 私はもしかして、夢の中にでも迷い込んだのだろうか。命の危険などない平和な女子校にやってきた自分の夢。
 でも、夢に見るならこれではない。夢が叶うなら元々、学校なんて窮屈なところには来なかった。
「紡さんの席はこちらがいいかしら」
 先輩の声に私は我に返る。どうやら席順を決めているらしかった。
「紡さんでは他人行儀ね。どんな愛称がいいかしら」
「紡というと、コットンフラワー」
「あら、長いわよ」
「じゃあ同じようにふわふわと白いお花・・・デイジーちゃんはいかがかしら」
「あら、可愛らしい」
「デイジーちゃんはこちらにお座りになって」
「ちなつさんはシロツメクサちゃん・・・・・・ううん、長いわ。よつばちゃんで決まりね。これは譲れないわ」
「ええ、ぴったり」
 どうやらこの席では花の名前に因んだ愛称がつけられるらしかった。
 もう一人招待された同級生は「柘榴ちゃん」と命名され、席に誘われた。
「それでは、お姉様方もどうぞおかけになってください」
 ちなつが椅子をひいて微笑んだ。物慣れた様子のエスコートに、お姉様方がきゃっとはしゃいだ。
「まぁ、淑女というより紳士のようね」
「デイジーさんもどうぞおかけになって?」
 ちなつがなんの衒いもなさそうな顔で椅子をひいて見せ、私に笑いかけた。
 着席した後は、まずは自己紹介が行われた。
「私は遠藤日向。たんぽぽと呼ばれていますわ」
「私は上本千鶴、さくらと呼ばれています」
「私は田中とも子。リンドウと呼んでくださいね」
 といっても、実に簡単なものだった。
 私たち下級生の自己紹介は求められない。もうとっくに情報は共有されているということらしかった。
「さぁ、いただきましょう」
 そして、にこやかにお茶会がはじまった。
 銘々に紅茶が注がれたカップが配られ、アップルパイが切り分けられ、スコーンとクッキーとサンドイッチは、お好きにどうぞ、と中央に置かれた。
 会話は他愛もないものだった。学院生活には慣れたかしら、そういえばかちかちのクロワッサンみたいな顔をした、谷本という数学教師がいるでしょう、陰湿だから気をつけなさいね、みたいな。
 下級生は皆、無難に受け答えをしていたが、私は内心戸惑っていた。
 目の前に食べ物に手をつけて良いのかどうか。
 学院での食事は、基本的に食堂でトレーごと個別に窓口から受け取る方式がとられている。マホガニーの食卓やステンドグラスをあしらったランプなどが各所に配置されている欧風の食堂に、いかに木製といってもトレーで食事を配されるというのはどうにも似つかわしくはなかったが、席を離れない限り異物が混入される危険性が低いため、食事時間の緊張感は、入学前に想定していたよりは低いものだった。
 しかし、今回はなにしろ、先輩方が用意した飲食物である。先輩方の心づもり一つで、どうにでもできる。しかし、何も口にしなければ、失礼な振る舞いだと先輩のご機嫌を損ねる可能性が高い。
 談笑しながら、先輩方の動きを見ていると、まずはたんぽぽ先輩がアップルパイを何の躊躇いもなく口にし始めた。そして、リンドウ先輩はクッキー。さくら先輩はスコーン。
 もしかしたら、自分が作ったメニューなら比較的安心して口に出来るということなのかもしれなかった。
 ちなつの方を見ると、彼女はニコニコしながらクッキーを囓っていた。「とってもおいしいです」なんて言いながら。
 覚悟を決めて、カトラリーに手を伸ばし、アップルパイを手元で切り分けた。内心の緊張を気取られないように、あえて笑みを浮かべながら。
 舌の上に、シナモンと洋酒がきいた、品の良いリンゴの味と、バターを感じるパイ生地の層を感じた。強い風味のあるものは避けるべきだったかもしれない。毒が入っていたときに気付きにくくなってしまう。紅茶を飲まなくても済むようにこちらを選んだけれど、ちなつがクッキーを選んだのはそれが理由なのかと思い至る。
 ゆっくりと味を観察しながら咀嚼する。固くもなく、本来であれば心地よい食感であるだけのアップルパイのパイ生地が、嚥下するときにはなんだか棘を持つように感じられた。
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