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1章
強圧
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小さな窓はなぜか天井近くに細長くあつらえられており、小さな窓のせいで保健室の中は薄暗い。
天使の梯子のように射し込む光をぼんやりと見つめながら、私は教師に指示されたとおりゆっくりと顎をひく。
「いいですよ、次は採血をしましょう」
男性教師の声が、私の耳元を震わせた。
この学園では、普通よりも頻繁に健康診断が行われるらしかった。その理由はよく分からなかったけれど、教師の談によれば個別に枠をとって、採血、心電図、画像検査まで含めた本格的な健康診断が定期的に実施されるらしい。問題が起きれば必要に応じて治療を受けられる、という説明を受けた。
殺し合いをさせる割にはずいぶんな親切さではないか。
教師の指示で座ったのはこざっぱりとした丸椅子だった。
指示の通りに制服のワイシャツの袖をまくり、白い腕を教師の前で裏返す。
アルコールを含んだ脱脂綿を私に押しつけるのは、この学校の養護教諭だった。何を考えているのか分からない、能面のような人だった。しかし優秀らしく、医師の資格を持っているらしい。
だから校内では養護教諭という肩書きの彼が、採血をすることになんら支障はない。
アルコールの香りがふわりとあたりに広がると、意外に太さがあるようにも感じる針がゆっくりと私の皮膚をやぶり、侵入してくる。微かな痛み。
私がこの教師の機嫌を損ねれば、私は死ぬかもしれない。採血の針に即死毒が籠められているかどうかなど、分かるはずもないのだ。
しかしとりあえずは身体に違和感をおぼえることもなく、静かに赤黒い血液がシリンジに溜まっていく。
「次は心電図です」
ベッドに横たわり、シャツを緩め、下着の位置をずらすように指示される。緩慢ともいえる慎重さで、クリップや吸盤が装着される。さりげなくシャツが必要以上に上まで引き上げられたことを感じて内心溜息をついた。
こんな能面でも、か。
しかし私は身動ぎもできない。抵抗が許される関係性ではない。
ぺったりとした視線が身躯にはりつく。長い。
私は意識を逸らそうと、保健室の壁に視線を向けた。どうしてこんなにも無機質にできるのだろうというような簡素な、どこの学校にもありそうな時計。ベッドサイドの壁にはくだらない『健康いきいきだより』なんてものが貼られていて、赤血球の役割について解説されている。さらに下には健康診断の時間割表が貼られている。私の名前を見つけた。その下は掛川ちなつで、それで今日の診断は終わりのようだ。ということはこの後はーー。
静寂を破ったのは、立て付けの悪い引き戸がレールの上で勢いよく摩擦する、耳障りな金属音だった。
「岩船先生」
それは確か、数学の教師だったように思う。色の悪い三角の長い顔が、必要以上に乱された私の制服に向けられた。
そのまま視線が全身を撫でるように這うのが解る。
「どうされましたか」
岩船という名前らしい能面が、動揺した様子もなく答えた。
「2年の生徒で、“案件”です。友永まどか、重体。救命対象と“判断”されております」
「すぐ向かいます」
岩船は先ほどの緩慢さが嘘のように手際よく私からクリップと吸盤を取り除き、
「すぐに服装を整えて退室しなさい。私は保健室を施錠してすぐに出なければなりません」
事務的な口調で命じた。
もはや一刻の猶予すらないことを察した私は、慌てて立ち上がり、年嵩の男性の四つの目が全てこちらに向けられている中で服装を整えた。
「失礼いたしました」
優雅さについて注意を受けない最低限度の挨拶をし、扉の横に立っている数学の教師の横をすり抜けようとすると、
「色毒ですか。小娘の分際で」
独り言のように放たれた言葉が、私の耳を掠めた。
驚いて振り返ると、うろのような瞳が私に向けられていて、その後無関心を装うようにゆっくりと逸らされた。
頬の表面に熱が上るのを感じながら、これが羞恥によるものななのか怒りによるものなのか、私は判断がつかないでいた。
天使の梯子のように射し込む光をぼんやりと見つめながら、私は教師に指示されたとおりゆっくりと顎をひく。
「いいですよ、次は採血をしましょう」
男性教師の声が、私の耳元を震わせた。
この学園では、普通よりも頻繁に健康診断が行われるらしかった。その理由はよく分からなかったけれど、教師の談によれば個別に枠をとって、採血、心電図、画像検査まで含めた本格的な健康診断が定期的に実施されるらしい。問題が起きれば必要に応じて治療を受けられる、という説明を受けた。
殺し合いをさせる割にはずいぶんな親切さではないか。
教師の指示で座ったのはこざっぱりとした丸椅子だった。
指示の通りに制服のワイシャツの袖をまくり、白い腕を教師の前で裏返す。
アルコールを含んだ脱脂綿を私に押しつけるのは、この学校の養護教諭だった。何を考えているのか分からない、能面のような人だった。しかし優秀らしく、医師の資格を持っているらしい。
だから校内では養護教諭という肩書きの彼が、採血をすることになんら支障はない。
アルコールの香りがふわりとあたりに広がると、意外に太さがあるようにも感じる針がゆっくりと私の皮膚をやぶり、侵入してくる。微かな痛み。
私がこの教師の機嫌を損ねれば、私は死ぬかもしれない。採血の針に即死毒が籠められているかどうかなど、分かるはずもないのだ。
しかしとりあえずは身体に違和感をおぼえることもなく、静かに赤黒い血液がシリンジに溜まっていく。
「次は心電図です」
ベッドに横たわり、シャツを緩め、下着の位置をずらすように指示される。緩慢ともいえる慎重さで、クリップや吸盤が装着される。さりげなくシャツが必要以上に上まで引き上げられたことを感じて内心溜息をついた。
こんな能面でも、か。
しかし私は身動ぎもできない。抵抗が許される関係性ではない。
ぺったりとした視線が身躯にはりつく。長い。
私は意識を逸らそうと、保健室の壁に視線を向けた。どうしてこんなにも無機質にできるのだろうというような簡素な、どこの学校にもありそうな時計。ベッドサイドの壁にはくだらない『健康いきいきだより』なんてものが貼られていて、赤血球の役割について解説されている。さらに下には健康診断の時間割表が貼られている。私の名前を見つけた。その下は掛川ちなつで、それで今日の診断は終わりのようだ。ということはこの後はーー。
静寂を破ったのは、立て付けの悪い引き戸がレールの上で勢いよく摩擦する、耳障りな金属音だった。
「岩船先生」
それは確か、数学の教師だったように思う。色の悪い三角の長い顔が、必要以上に乱された私の制服に向けられた。
そのまま視線が全身を撫でるように這うのが解る。
「どうされましたか」
岩船という名前らしい能面が、動揺した様子もなく答えた。
「2年の生徒で、“案件”です。友永まどか、重体。救命対象と“判断”されております」
「すぐ向かいます」
岩船は先ほどの緩慢さが嘘のように手際よく私からクリップと吸盤を取り除き、
「すぐに服装を整えて退室しなさい。私は保健室を施錠してすぐに出なければなりません」
事務的な口調で命じた。
もはや一刻の猶予すらないことを察した私は、慌てて立ち上がり、年嵩の男性の四つの目が全てこちらに向けられている中で服装を整えた。
「失礼いたしました」
優雅さについて注意を受けない最低限度の挨拶をし、扉の横に立っている数学の教師の横をすり抜けようとすると、
「色毒ですか。小娘の分際で」
独り言のように放たれた言葉が、私の耳を掠めた。
驚いて振り返ると、うろのような瞳が私に向けられていて、その後無関心を装うようにゆっくりと逸らされた。
頬の表面に熱が上るのを感じながら、これが羞恥によるものななのか怒りによるものなのか、私は判断がつかないでいた。
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