友喰いの匣庭

桜井 うどん

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1章

嚮導

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 第一教室には、対面させた机が4組と、椅子がそれぞれに2つずつ、そして教室の四隅に体格の良い男性教師が配置された部屋だった。外観や廊下、階段の装飾等はアンティークな洋風のこの学校だが、教室の中に配置された椅子や机は日本の学校でごく一般的なものである。
 机のところには既に一組の少女と教師が対峙していて、説明を受けているようだった。
 椅子には座ってなかったけれど、黒板の前には一人の少女が泣き崩れていて、その傍に女性教師が一人立っていた。
 教室にいる大人は7人いたけれど、その少女の元へ行こうとするものはなく、かといって扱いに困っている様子もなく、一番近くに立っている女性教師も表情を変えずにただ静かに少女の様子を凝視していた。
(ーーあの子は、知らなかったってことね)
 早速出会った異様な光景に、流石に背筋がぴりぴりしたけれど、私に何かが出来るはずもなく、淡谷教諭に勧められるままに私は教諭と向かい合わせの椅子に着席した。
「さて、どこまで知っているのかしら?」
 私が落ち着いた様子だからだろう、淡谷教諭の話の切り出し方は、そんな質問からだった。
 私は少し考え、答える。
「何も知らないものとして、ご説明くださいますか?」
「・・・・・・まぁ、いいでしょう。この学校は、『あなたに渡されたはずの』入学案内に書かれたような、淑女を育てるためのものではありません。簡単に言うと、貴女たち生徒には殺し合いをしてもらいます」
 私の表情が変わらないので、淡谷教諭は苦笑する。
「両親からは聞かされていたのですか?」
「何も]
「ご両親を恨むなら頑張って卒業してくださいね。ご両親向けの入学案内には報復行為は禁止されていると書かれていますが、実際には卒業生に関しては両親の殺害が認められています。もっとも一般的な警察による調査は行われますから、リスクを増やす行為には変わりありませんが」
 一般的には警察による調査が行われる時点で認められているとは言えないと思うが、逆に言えば卒業した後は、基本的に命じられた相手以外は殺せないということなのだろう。それを知る術は今のところないが、何らかの監視がつくのかもしれない。
「ご教示いただきありがとうございます。他に知っておくべきルールはありますか?」
「それはこちらにまとめられています。持ち帰ることは認められていますが、この部屋を出た後からルールが適用されますから、よく読んでから部屋を出るのがよろしいでしょう。この部屋のルールは一つ、反抗しない、です。部屋の隅でみっともなく泣き崩れている生徒がいますが、あのような態度が許されるのもこの部屋までです」
 A4の用紙が3枚。箇条書きにされているルールを読み込んでいく。
 細かいルールはたくさん書かれているが、要するにこういうことだ。
 殺せ。
 隠せ。
 服従せよ。
 そして、淑女たれ。
 私がプリントを読んでいる間、淡谷教諭は私をじっと観察していた。逃亡しようとしたり、何か予想外の動きをとろうとしたときのためだろう。
 隣の机では持ち物検査が行われていた。
「毒物の持ち込みは認められていません」
 そう言って小さな瓶が取り上げられていた。
「ええっ、そんなぁ」
 いかにもがっかりした声が聞こえる。それにしてもわざわざ毒薬を持ち込もうとするということは、彼女も私と同じように境遇を知っていたのだろう。
 泣き崩れている少女のようなタイプばかりが集っているのであれば、私にも生き残る目はあるかもしれないと思ったけれど、この様子では油断ならない相手も多いのかもしれない。
プリントを読み終わると、私も持ち物検査を受けることになった。
「持参した荷物を机の上に置いてください。ポケットの中身も全て出しなさい。退室の際にX線検査がありますので、余計な手間をかけさせないように。何かを隠した場合は処分の対象となります」
 ボストンバッグに詰め込んだものが、次々に広げられていく。何着かのパジャマに私服、下着、化粧品、少しだけお金の入った財布、文房具に裁縫セット。タオルとハンカチをたくさん。あとはドライヤーやカミソリ。小さな鈴と釣り糸。通信機器は禁止と書かれていたので元々持参していない。両親向けの入学案内にも、持参したところで没収されると書かれていたからだ。
 私に関しては特に問題のあるものの持ち込みはなかったらしいが、荷物はそのまま回収された。
「荷物はこちらで学生寮に届けておきます。10分後に迎えが来ますので、引率の教員と講堂へ向かい、入学式に参加しなさい」
「かしこまりました」
「最後に御霊への祈り方をお伝えしましょう。カーテシーのやり方を貴女は知っていますか?」
 少し口調が柔らかくなった淡谷教諭が、最後にこの学院でのお祈りの作法を教えてくれた。
 学校行事では折に触れてこの動作を求められるそうだ。悪趣味にもほどがある。
 本当にきっかり10分後に迎えの教員がやってきて、淡谷教諭とはそこで別れた。
「ありがとうございました」
 一応、礼を述べると、
「私は2年生の授業を担当しています。授業でお会いできるといいですね」
 そう言って彼女ははじめて微笑んだ。
 授業でお会いできるといいですね、の意味がすぐには察せられず、私は曖昧に微笑んで彼女に背を向け、その時にやっと意味に気がついた。
 磨き上げられた廊下に、桜の花弁が一枚だけ落ちている。
 窓から、強い風が吹き込む。
 首筋から流れ込んだ冷たい風が、背中を撫でた。
 春というには随分、気温が低いようだった。
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