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ある夏の出来事
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「んっ、んん…」
その狭い後部座席は、男女の温もりで満たされていた。
「上手くなったね…そう、そこ…っあ」
男は、手の中の豊満な尻をぐっと掴み腰をさらに深く落とす。
「本当…?先生、まだ余裕みたいだけど」
「んぁっ…」
女の太腿を伝う液体が、鼠色のシートの色をほんのり濃く色づけていく。
まだ幼さの残る、しかし大きな手の指先が女の太腿の間に滑り込み硬く突起した陰核を突いた。
「はぁっ…そこ…は…っ」
「先生、すごい、こんなに」
ふと、快楽の隙間に浮かぶ過去の光景。
それは夏の終わりの教室でのことー。
とある地方都市の、公立高校。
普通科と工業科を擁し、特に後者は地域でも評判が良く、偏差値こそ平均より少し上ほどではあるものの進学希望者の多い優良な高校であった。
今でこそ女子生徒もそれなりに増えたが、やはり工業科は男子生徒が7割を占める。
男子の多いこの学校に、この春から赴任してきた国語科教師 雪下凛奈(ゆきもとりんな)は少しばかり居心地が悪そうにしていた。
28歳、胸の上まで伸ばしたストレートの黒髪と、程よい肉付き。美人とは言い難いものの、若い女性教諭など珍しいためかファンと公言する男子生徒もちらほらいる。
「凛奈先生!」
すっかり声変わりを果たして、可愛げのない男子生徒の声。
「?」
廊下の隅で立ち止まると、自らが副担任を務める2年C組の生徒が1人こちらを覗き込んでいた。
「えっと…」
「島谷っすよ。そろそろ覚えてくださいよ」
「あっ、ごめんなさい。島谷くん。どうしたの?」
「あの、こないだの課題…ちょっとわかんないところがあって」
それがふたりの、初めての会話だった。
凛奈は8つ年上のサラリーマンの婚約者とともに小さなマンションの一室に暮らしている。
毎日が本当に幸せだった。贅沢ではないけれど不自由のない暮らし、優しい婚約者とともに過ごす週末。籍を入れるのは凛奈の誕生日にしようかー彼がそう言った日から、凛奈は自身の誕生日を心待ちにしていた。
ある金曜の夜ー。
凛奈は毎週この日を楽しみに待っていた。
下着は…白にしようか。いいや、先週も白だったから、今日は黒で攻めちゃおうかな。
ほとんど紐のような、小さな下着を手に取りひとり顔を赤らめる。
その紐と対をなす、黒いレースのブラジャーに腕を通し、丁寧に大きな胸を押し込んだ。
約束をしているわけではないが、金曜日の夜は決まって身体を求めてくるーそれがいつからかは定かではないが、凛奈はとてもその習慣が好きだった。
あまりお酒を飲まない彼が付き合いでお酒を飲んで帰る日。酔って剥き出しになった欲望をこの身にぶつけてくる、それを受け止められるのは女として最高に幸せなことだ、そう凛奈は思っていた。
実際、それを超える快楽に出会ったことはないし、何よりー愛されていると、いつも以上に感じられるから。
ーベッドに腰掛け、ずり上げられたブラジャーからたわわな胸が溢れ出し小粒の乳首がつんと上を向く。
「もっと…あんっ…」
凛奈の振り絞るような声に、婚約者は口に含んだ突起を唇で締め上げた。
「はぁん…っ」
紐は滲み出る液体ですでにふやけてしまっている。
「本当、凛奈のおっぱいは最高だな…」
普段見せないいやらしさいっぱいの笑顔で呟くと、乳輪周りから中心へとじっとりと舌で弄った。
ビクンッ、と背中をそらす。無意識に腿と腿の間が開く。シーツには小さなシミ。早く、早くーその願いはまだ叶わない。
「我慢、できないよぅ」
「まだだよ凛奈。俺がこんなもので済むと思う?」
悪戯に、しかし官能的な笑みを浮かべる婚約者。ベッドサイドの引き出しの一番下に手を伸ばした。
凛奈は身構えた。今夜は何を?心音が早くなっていく。同時に身体の火照りは最高潮に達する。期待が、凛奈の心と身体を駆け巡る。
目隠し。後ろ手に手首を縛られ、不安と興奮が交錯する。
はぁ、はぁという凛奈の息遣いが寝室中に響き渡る。
「いやらしい下着つけてるな。ほとんど見えてるじゃないか」
「え…へへ…おニューだよ」
綺麗に処理された陰部は少女のようにつるりとしている。
「学校じゃ、君がこんな変態だとは誰も思わないんじゃない?」
婚約者はそう言ってクスリと笑った。
その瞬間ー。
「あぁっん!!!」
太いものがズブリと中に入ってきた。
彼のものではない。人工的なものだ。
ブーッ、ブーッという機械音が微かに聞こえる。突然訪れる快楽に身を捩り、思わず腰を揺すった。
「…いい声」
低く柔らかな声とともに、口元にじっとりと温かなものが当たる。
「ん…あ」
凛奈は口をぽっかりと開け、舌先を出してそれをせがんだ。
チロチロと先端を舐め、彼のものを確認する。少し苦味のある体液が凛奈の唾液と混ざり喉の奥へと滑っていく。その時ー。
「は、あ、もう、ダメッ」
凛奈は上半身をベッドに倒し、振動音のする下半身をビクビクと上下した。
だらしなく歪んだ口元からは自身の唾液とも彼のカウパー液ともわからぬ体液が頬に線を描いている。
「イッちゃった?」
「………」
悦びの最中声を出すこともかなわず、ただ湿った吐息が返答代わりとなっていた。
週明け、空はますます高く肌を刺すような日差しが降り注ぐ。
凛奈は夏の終わりの自身の誕生日までをどう過ごそうか考えながら、2年C組と書かれた教室のドアを開いた。
「起立!」
学級委員の声。
いつものように授業が始まる。繰り返し、繰り返し。いつものことだ。礼。着席。
「はい、今日は1学期最後の現代文の授業です」
凛奈はまだ少しざわついた教室を見渡し、そう告げた。
期末試験を終え、すっかり夏休みムードの生徒たちを相手にするのは少し骨が折れる。
「おい、静かにしろよ」
張りのない声をあげたのは島谷だった。
「島谷くん、いつもありがと。でも夏休みまえだもんね、浮き足立っちゃうよね」
困ったような表情で、それでもなんとか微笑んで見せた凛奈に生徒たちは心なしか大人しくなる。
「じゃあこないだの試験の振り返りをしまーす」そう言うと、やっぱりまたざわつく教室なのであった。
そういえばー。
試験の前だったか、島谷は凛奈を呼び止め課題のことを聞いてきたが、凛奈はすっかりそのことを忘れていた。
入籍という一大イベントを前に、いけないことだが仕事が疎かになっている部分があったのかもしれない。
これは悪いことをしたな、と申し訳ない気持ちになる。
せっかく思い出したのだから、きちんと謝らなくては。その授業の後、凛奈は島谷に声をかけた。
「島谷くん、島谷くん」
「あ、はい」
「ちょっと話したいことがあるんだけどー」
言いかけたとき、背後から誰かの声がした。
「島谷!次体育だろ!先行って遊ぼうぜ!」
島谷は凛奈から視線を逸らし、背後の同級生に目をやった。
「おう、すぐ行くわ!」
サッと目線を凛奈に戻す。
「先生ごめん、何ですか?」
凛奈は口籠もり、とっさにこう答えた。
「あ、えっと、HRの後、ちょっと残ってもらえるかな?」
そんな大層なことでもないのに、居残りを命じてしまった。反感を買ったかな。島谷の顔色を窺う。
「いいっすよ。じゃ、すいません」
あっさりと快諾してくれた。島谷は大きな学生鞄からジャージを取り出し片手に抱えると颯爽と教室から飛び出して行った。
教室の隅で女子たちがコソコソと話し始める。
「雪下せんせ、島谷とナニするんだろーっ」
「やだ~ナニって何!?」
キャハハ、という笑い声を残して彼女たちも教室を後にした。
年頃の女子はある意味男子よりずっと成熟しているものだ。そんなふうにおかしな妄想をされても仕方がないのかもしれない。
凛奈はふぅ、と小さく息をつき、人もまばらになった教室を背にした。
HRの後、まだ生徒たちは何人か教室に残っていた。
部活動のない生徒はさっさといなくなるが、これから練習を控えた生徒は時間潰しに駄弁っていることも多い。
「島谷くん、引き止めちゃってごめんねー」
「いいっすよ、今日は部活休みなんで」
「部活…あっ、バスケ部!」
島谷は意外そうな顔で凛奈を見た。覚えているとは思っていなかったらしい。
「っす。で、何すか」
そう言って目を逸らす彼の顔は心なしか赤くなっていた。
「あ…そう、そうそう!こないだ、課題のこと聞いてくれたじゃない?」
まだ少し幼さの残る照れた顔に、凛奈は動揺と、弟を見るような慈しみの気持ちを抱いた。
「そうでしたっけ」
え?と凛奈はキョトンとする。あたりを見渡すと、いつの間にか生徒たちの影はなかった。
「あー…聞いたかも、はい。聞きました」
ホッとして、続きを切り出した。
「あのときはごめんなさい、私から聞きに行けば良かったのに…バタバタしていて。今更だけど、今聞けるかな?」
「え、いや、もう試験も終わったし、いいっすよ」
島谷の鼓動が速くなる。
島谷にとって、雪下凛奈という教師はーいや、女は、初恋の人だった。
バスケしかしてこなかった17年間の人生の中で生まれた初めての感情。恋愛なんてどうやっていいかわからない。とにかくどうにかして接触したい、そう考えての行動が、課題についての質問だったのだ。
彼にとってその感情が果たして本当に恋なのか、はたまたただの肉欲なのかーそれは本人にもわからない。
柔らかく囁くような声。女子高生にはない豊満で成熟した身体。柔らかそうな白い肌。ほんの少し茶色がかった黒髪。大きくはないが優しく丸い瞳。リップクリームできちんとケアされたつるんとした唇。どれをとっても彼にとって理想の女だった。
彼は何度も、何度も何度も彼女を思って夜を自らの手で慰めた。
どんな形のバストだろう、どんな風に陰毛が生えているのだろう、どんな声を出すのだろう、どんな匂いがするのだろうーいろんな想像を幾度となく繰り返しては壊し、次の夜にまた作り上げる。
彼の知識はそう、そういった画像や映像でしかないのだがーその切り貼りが、彼の中の凛奈を作り上げていた。
「そう…だよね。もう遅いね…本当にごめんなさい!」
島谷の眼前には、しゅんとした凛奈の顔があった。島谷はゴクリと唾を飲み、
「いやっ…あの、やっぱりお願いします!」。
ぱぁっと凛奈の表情が明るくなる。
「本当!?良かった!」
じゃあ次の部活のない日にでもー凛奈が口を開こうとするより先に、島谷が呟いた。
「先生…好きです」
長い、沈黙。
「あっ、すいません、いきなり。いや、あの、俺…」
凛奈は呆気に取られ、しばしの間ぼうっと島谷の目を見つめていた。
「えっと、だからどうってわけじゃ、いやそんなことはないんだけど」
島谷が口籠る。もはや自身でも何を言っているのかわからないのだ。なぜ唐突に口を突いてその言葉が出てしまったのかも、わからない。このチャンスを逃せばしばらく次はないし、夏休みに入ってしまえばそうそう会うこともないしーそんな打算は、後から浮かんできた。
「…島谷くん、今のは聞かなかったことにするね」
凛奈が時間をかけて選んだ、最適な言葉。教師と生徒。お互いの未来のためにも、こう言うしかない。国語教師として精一杯の知恵を振り絞ったつもりだ。
「う…はい…」
いや、しかし。凛奈は教師として間違ったことは言っていなかったが人としては酷く彼を傷つけた。
もうこうなっては…どうにでもなれ、だ。
「ちょっ…と!?島谷くん…!?」
その狭い後部座席は、男女の温もりで満たされていた。
「上手くなったね…そう、そこ…っあ」
男は、手の中の豊満な尻をぐっと掴み腰をさらに深く落とす。
「本当…?先生、まだ余裕みたいだけど」
「んぁっ…」
女の太腿を伝う液体が、鼠色のシートの色をほんのり濃く色づけていく。
まだ幼さの残る、しかし大きな手の指先が女の太腿の間に滑り込み硬く突起した陰核を突いた。
「はぁっ…そこ…は…っ」
「先生、すごい、こんなに」
ふと、快楽の隙間に浮かぶ過去の光景。
それは夏の終わりの教室でのことー。
とある地方都市の、公立高校。
普通科と工業科を擁し、特に後者は地域でも評判が良く、偏差値こそ平均より少し上ほどではあるものの進学希望者の多い優良な高校であった。
今でこそ女子生徒もそれなりに増えたが、やはり工業科は男子生徒が7割を占める。
男子の多いこの学校に、この春から赴任してきた国語科教師 雪下凛奈(ゆきもとりんな)は少しばかり居心地が悪そうにしていた。
28歳、胸の上まで伸ばしたストレートの黒髪と、程よい肉付き。美人とは言い難いものの、若い女性教諭など珍しいためかファンと公言する男子生徒もちらほらいる。
「凛奈先生!」
すっかり声変わりを果たして、可愛げのない男子生徒の声。
「?」
廊下の隅で立ち止まると、自らが副担任を務める2年C組の生徒が1人こちらを覗き込んでいた。
「えっと…」
「島谷っすよ。そろそろ覚えてくださいよ」
「あっ、ごめんなさい。島谷くん。どうしたの?」
「あの、こないだの課題…ちょっとわかんないところがあって」
それがふたりの、初めての会話だった。
凛奈は8つ年上のサラリーマンの婚約者とともに小さなマンションの一室に暮らしている。
毎日が本当に幸せだった。贅沢ではないけれど不自由のない暮らし、優しい婚約者とともに過ごす週末。籍を入れるのは凛奈の誕生日にしようかー彼がそう言った日から、凛奈は自身の誕生日を心待ちにしていた。
ある金曜の夜ー。
凛奈は毎週この日を楽しみに待っていた。
下着は…白にしようか。いいや、先週も白だったから、今日は黒で攻めちゃおうかな。
ほとんど紐のような、小さな下着を手に取りひとり顔を赤らめる。
その紐と対をなす、黒いレースのブラジャーに腕を通し、丁寧に大きな胸を押し込んだ。
約束をしているわけではないが、金曜日の夜は決まって身体を求めてくるーそれがいつからかは定かではないが、凛奈はとてもその習慣が好きだった。
あまりお酒を飲まない彼が付き合いでお酒を飲んで帰る日。酔って剥き出しになった欲望をこの身にぶつけてくる、それを受け止められるのは女として最高に幸せなことだ、そう凛奈は思っていた。
実際、それを超える快楽に出会ったことはないし、何よりー愛されていると、いつも以上に感じられるから。
ーベッドに腰掛け、ずり上げられたブラジャーからたわわな胸が溢れ出し小粒の乳首がつんと上を向く。
「もっと…あんっ…」
凛奈の振り絞るような声に、婚約者は口に含んだ突起を唇で締め上げた。
「はぁん…っ」
紐は滲み出る液体ですでにふやけてしまっている。
「本当、凛奈のおっぱいは最高だな…」
普段見せないいやらしさいっぱいの笑顔で呟くと、乳輪周りから中心へとじっとりと舌で弄った。
ビクンッ、と背中をそらす。無意識に腿と腿の間が開く。シーツには小さなシミ。早く、早くーその願いはまだ叶わない。
「我慢、できないよぅ」
「まだだよ凛奈。俺がこんなもので済むと思う?」
悪戯に、しかし官能的な笑みを浮かべる婚約者。ベッドサイドの引き出しの一番下に手を伸ばした。
凛奈は身構えた。今夜は何を?心音が早くなっていく。同時に身体の火照りは最高潮に達する。期待が、凛奈の心と身体を駆け巡る。
目隠し。後ろ手に手首を縛られ、不安と興奮が交錯する。
はぁ、はぁという凛奈の息遣いが寝室中に響き渡る。
「いやらしい下着つけてるな。ほとんど見えてるじゃないか」
「え…へへ…おニューだよ」
綺麗に処理された陰部は少女のようにつるりとしている。
「学校じゃ、君がこんな変態だとは誰も思わないんじゃない?」
婚約者はそう言ってクスリと笑った。
その瞬間ー。
「あぁっん!!!」
太いものがズブリと中に入ってきた。
彼のものではない。人工的なものだ。
ブーッ、ブーッという機械音が微かに聞こえる。突然訪れる快楽に身を捩り、思わず腰を揺すった。
「…いい声」
低く柔らかな声とともに、口元にじっとりと温かなものが当たる。
「ん…あ」
凛奈は口をぽっかりと開け、舌先を出してそれをせがんだ。
チロチロと先端を舐め、彼のものを確認する。少し苦味のある体液が凛奈の唾液と混ざり喉の奥へと滑っていく。その時ー。
「は、あ、もう、ダメッ」
凛奈は上半身をベッドに倒し、振動音のする下半身をビクビクと上下した。
だらしなく歪んだ口元からは自身の唾液とも彼のカウパー液ともわからぬ体液が頬に線を描いている。
「イッちゃった?」
「………」
悦びの最中声を出すこともかなわず、ただ湿った吐息が返答代わりとなっていた。
週明け、空はますます高く肌を刺すような日差しが降り注ぐ。
凛奈は夏の終わりの自身の誕生日までをどう過ごそうか考えながら、2年C組と書かれた教室のドアを開いた。
「起立!」
学級委員の声。
いつものように授業が始まる。繰り返し、繰り返し。いつものことだ。礼。着席。
「はい、今日は1学期最後の現代文の授業です」
凛奈はまだ少しざわついた教室を見渡し、そう告げた。
期末試験を終え、すっかり夏休みムードの生徒たちを相手にするのは少し骨が折れる。
「おい、静かにしろよ」
張りのない声をあげたのは島谷だった。
「島谷くん、いつもありがと。でも夏休みまえだもんね、浮き足立っちゃうよね」
困ったような表情で、それでもなんとか微笑んで見せた凛奈に生徒たちは心なしか大人しくなる。
「じゃあこないだの試験の振り返りをしまーす」そう言うと、やっぱりまたざわつく教室なのであった。
そういえばー。
試験の前だったか、島谷は凛奈を呼び止め課題のことを聞いてきたが、凛奈はすっかりそのことを忘れていた。
入籍という一大イベントを前に、いけないことだが仕事が疎かになっている部分があったのかもしれない。
これは悪いことをしたな、と申し訳ない気持ちになる。
せっかく思い出したのだから、きちんと謝らなくては。その授業の後、凛奈は島谷に声をかけた。
「島谷くん、島谷くん」
「あ、はい」
「ちょっと話したいことがあるんだけどー」
言いかけたとき、背後から誰かの声がした。
「島谷!次体育だろ!先行って遊ぼうぜ!」
島谷は凛奈から視線を逸らし、背後の同級生に目をやった。
「おう、すぐ行くわ!」
サッと目線を凛奈に戻す。
「先生ごめん、何ですか?」
凛奈は口籠もり、とっさにこう答えた。
「あ、えっと、HRの後、ちょっと残ってもらえるかな?」
そんな大層なことでもないのに、居残りを命じてしまった。反感を買ったかな。島谷の顔色を窺う。
「いいっすよ。じゃ、すいません」
あっさりと快諾してくれた。島谷は大きな学生鞄からジャージを取り出し片手に抱えると颯爽と教室から飛び出して行った。
教室の隅で女子たちがコソコソと話し始める。
「雪下せんせ、島谷とナニするんだろーっ」
「やだ~ナニって何!?」
キャハハ、という笑い声を残して彼女たちも教室を後にした。
年頃の女子はある意味男子よりずっと成熟しているものだ。そんなふうにおかしな妄想をされても仕方がないのかもしれない。
凛奈はふぅ、と小さく息をつき、人もまばらになった教室を背にした。
HRの後、まだ生徒たちは何人か教室に残っていた。
部活動のない生徒はさっさといなくなるが、これから練習を控えた生徒は時間潰しに駄弁っていることも多い。
「島谷くん、引き止めちゃってごめんねー」
「いいっすよ、今日は部活休みなんで」
「部活…あっ、バスケ部!」
島谷は意外そうな顔で凛奈を見た。覚えているとは思っていなかったらしい。
「っす。で、何すか」
そう言って目を逸らす彼の顔は心なしか赤くなっていた。
「あ…そう、そうそう!こないだ、課題のこと聞いてくれたじゃない?」
まだ少し幼さの残る照れた顔に、凛奈は動揺と、弟を見るような慈しみの気持ちを抱いた。
「そうでしたっけ」
え?と凛奈はキョトンとする。あたりを見渡すと、いつの間にか生徒たちの影はなかった。
「あー…聞いたかも、はい。聞きました」
ホッとして、続きを切り出した。
「あのときはごめんなさい、私から聞きに行けば良かったのに…バタバタしていて。今更だけど、今聞けるかな?」
「え、いや、もう試験も終わったし、いいっすよ」
島谷の鼓動が速くなる。
島谷にとって、雪下凛奈という教師はーいや、女は、初恋の人だった。
バスケしかしてこなかった17年間の人生の中で生まれた初めての感情。恋愛なんてどうやっていいかわからない。とにかくどうにかして接触したい、そう考えての行動が、課題についての質問だったのだ。
彼にとってその感情が果たして本当に恋なのか、はたまたただの肉欲なのかーそれは本人にもわからない。
柔らかく囁くような声。女子高生にはない豊満で成熟した身体。柔らかそうな白い肌。ほんの少し茶色がかった黒髪。大きくはないが優しく丸い瞳。リップクリームできちんとケアされたつるんとした唇。どれをとっても彼にとって理想の女だった。
彼は何度も、何度も何度も彼女を思って夜を自らの手で慰めた。
どんな形のバストだろう、どんな風に陰毛が生えているのだろう、どんな声を出すのだろう、どんな匂いがするのだろうーいろんな想像を幾度となく繰り返しては壊し、次の夜にまた作り上げる。
彼の知識はそう、そういった画像や映像でしかないのだがーその切り貼りが、彼の中の凛奈を作り上げていた。
「そう…だよね。もう遅いね…本当にごめんなさい!」
島谷の眼前には、しゅんとした凛奈の顔があった。島谷はゴクリと唾を飲み、
「いやっ…あの、やっぱりお願いします!」。
ぱぁっと凛奈の表情が明るくなる。
「本当!?良かった!」
じゃあ次の部活のない日にでもー凛奈が口を開こうとするより先に、島谷が呟いた。
「先生…好きです」
長い、沈黙。
「あっ、すいません、いきなり。いや、あの、俺…」
凛奈は呆気に取られ、しばしの間ぼうっと島谷の目を見つめていた。
「えっと、だからどうってわけじゃ、いやそんなことはないんだけど」
島谷が口籠る。もはや自身でも何を言っているのかわからないのだ。なぜ唐突に口を突いてその言葉が出てしまったのかも、わからない。このチャンスを逃せばしばらく次はないし、夏休みに入ってしまえばそうそう会うこともないしーそんな打算は、後から浮かんできた。
「…島谷くん、今のは聞かなかったことにするね」
凛奈が時間をかけて選んだ、最適な言葉。教師と生徒。お互いの未来のためにも、こう言うしかない。国語教師として精一杯の知恵を振り絞ったつもりだ。
「う…はい…」
いや、しかし。凛奈は教師として間違ったことは言っていなかったが人としては酷く彼を傷つけた。
もうこうなっては…どうにでもなれ、だ。
「ちょっ…と!?島谷くん…!?」
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