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◆章灯の回想2
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「章灯ン家って犬飼ってんの?」
「そうなの? 知らなかった! どんな犬? 名前は?」
「パグだよ。名前はゲンさん」
「『ゲンサン』? 変わった名前~」
「『ゲンサン』じゃなくって『ゲン』さん。さんを付けて呼んでるんだよ」
「何で? 犬じゃん」
「犬はさ、俺達よりずっと早く年をとるんだって。ゲンさんはまだ10歳くらいだけど、人間でいえばもうおじいちゃんだから」
「へぇ~」
小学校の帰り道、犬を散歩しているおばあさんに遭遇し、それがきっかけとなってペットを飼っているか、という話になった。
当時、俺の友達でペットを飼っている人は少なかった。親が数年毎に転勤する仕事をしていて賃貸アパートにしか住めなかったり、家を建てたばかりだから汚されたくないとか、産まれたばかりの赤ちゃんがいるとか、それから、家族の中に動物のアレルギーを持っている人がいて飼えないというのもあった。
だから、家に犬がいると言うと、
「この後章灯の家に行っても良いだろ?」
とそんな声が上がった。友達を家に呼ぶことは特に禁止されているわけでもないので、俺は二つ返事でOKした。
「ただいまー。あぁ、ゲンさん、ただいま」
「わふ」
俺が玄関を開けると、一番に出迎えてくれるのはお母さんじゃなくてゲンさんだ。
「章灯、お帰りなさい。あら、今日はお友達もいるのね」
そしてやや遅れてお母さんがやって来る。これがいつもの流れ。
「お菓子、居間に準備するから、手を洗ってらっしゃいな」
「はぁーい。上がって上がって」
「……お邪魔します」
「お邪魔しますー」
すたすたと洗面所に向かう俺の隣をゲンさんがとことことついて来る。もうだいぶ足腰は弱っているらしい。獣医さんが言ってた。
「……なぁ」
「……うん」
後ろで何やらぼそぼそと聞こえてくる。
思ってた以上におじいちゃんでびっくりしたのかな。それとも、思ってたより可愛かったとか?
そんなことを考えていた。
その頃の俺は飼い主のご多分に漏れずってやつで、ウチのゲンさんが他のどんな犬よりも世界で一番可愛いと思っていた。例えそれが『ぶちゃカワ』の代表格・パグであっても。どんなタレント犬を並べても大差をつけて圧勝すると思っていたのだ。
……まぁ、もちろんいまでもそう思っているけど。
けれどそれはやはり親の欲目ってのに似たやつで、回りから見れば、良くて『ぶちゃカワ』、悪くて『不細工犬』なのである。
小学生の割には空気を読める友人達は、「大人しいな」とか「頭良さそう」などと見た目には触れず当たり障りの無いことを言い、ゲンさんの頭と背中を何度か撫でると、話題はあっという間に発売されたばかりのゲームソフトや、昨日のアニメの内容に変わってしまったのだった。
トイレに立って、部屋に戻ろうとした時、2人がひそひそと話している声が聞こえた。
「あんまり可愛くないな、章灯の犬」
「うん。何か思ってたのと違ったな」
もし俺が高校生くらいだったら、「そんなこと言うなよ!」って大きい声を出して2人を追い出したかもしれない。
けれど、そんなことは出来なかった。そんなことを言う勇気もなかったし、そうすることで2人と喧嘩したとして、上手く仲直り出来る自信もなかったのだ。
友達はたくさんいたけど、特に仲の良い2人だったから。
大切だったんだ。傷つけたくなかった。仲が良ければ良いほど本音でぶつかりあえるってことを、その時の俺は知らなかった。
だから、何も言えずに黙って立っていた。話題が変わるのをひたすら待って。
もう、ただただ悲しかった。
家族を馬鹿にされたような気がして。
「そうなの? 知らなかった! どんな犬? 名前は?」
「パグだよ。名前はゲンさん」
「『ゲンサン』? 変わった名前~」
「『ゲンサン』じゃなくって『ゲン』さん。さんを付けて呼んでるんだよ」
「何で? 犬じゃん」
「犬はさ、俺達よりずっと早く年をとるんだって。ゲンさんはまだ10歳くらいだけど、人間でいえばもうおじいちゃんだから」
「へぇ~」
小学校の帰り道、犬を散歩しているおばあさんに遭遇し、それがきっかけとなってペットを飼っているか、という話になった。
当時、俺の友達でペットを飼っている人は少なかった。親が数年毎に転勤する仕事をしていて賃貸アパートにしか住めなかったり、家を建てたばかりだから汚されたくないとか、産まれたばかりの赤ちゃんがいるとか、それから、家族の中に動物のアレルギーを持っている人がいて飼えないというのもあった。
だから、家に犬がいると言うと、
「この後章灯の家に行っても良いだろ?」
とそんな声が上がった。友達を家に呼ぶことは特に禁止されているわけでもないので、俺は二つ返事でOKした。
「ただいまー。あぁ、ゲンさん、ただいま」
「わふ」
俺が玄関を開けると、一番に出迎えてくれるのはお母さんじゃなくてゲンさんだ。
「章灯、お帰りなさい。あら、今日はお友達もいるのね」
そしてやや遅れてお母さんがやって来る。これがいつもの流れ。
「お菓子、居間に準備するから、手を洗ってらっしゃいな」
「はぁーい。上がって上がって」
「……お邪魔します」
「お邪魔しますー」
すたすたと洗面所に向かう俺の隣をゲンさんがとことことついて来る。もうだいぶ足腰は弱っているらしい。獣医さんが言ってた。
「……なぁ」
「……うん」
後ろで何やらぼそぼそと聞こえてくる。
思ってた以上におじいちゃんでびっくりしたのかな。それとも、思ってたより可愛かったとか?
そんなことを考えていた。
その頃の俺は飼い主のご多分に漏れずってやつで、ウチのゲンさんが他のどんな犬よりも世界で一番可愛いと思っていた。例えそれが『ぶちゃカワ』の代表格・パグであっても。どんなタレント犬を並べても大差をつけて圧勝すると思っていたのだ。
……まぁ、もちろんいまでもそう思っているけど。
けれどそれはやはり親の欲目ってのに似たやつで、回りから見れば、良くて『ぶちゃカワ』、悪くて『不細工犬』なのである。
小学生の割には空気を読める友人達は、「大人しいな」とか「頭良さそう」などと見た目には触れず当たり障りの無いことを言い、ゲンさんの頭と背中を何度か撫でると、話題はあっという間に発売されたばかりのゲームソフトや、昨日のアニメの内容に変わってしまったのだった。
トイレに立って、部屋に戻ろうとした時、2人がひそひそと話している声が聞こえた。
「あんまり可愛くないな、章灯の犬」
「うん。何か思ってたのと違ったな」
もし俺が高校生くらいだったら、「そんなこと言うなよ!」って大きい声を出して2人を追い出したかもしれない。
けれど、そんなことは出来なかった。そんなことを言う勇気もなかったし、そうすることで2人と喧嘩したとして、上手く仲直り出来る自信もなかったのだ。
友達はたくさんいたけど、特に仲の良い2人だったから。
大切だったんだ。傷つけたくなかった。仲が良ければ良いほど本音でぶつかりあえるってことを、その時の俺は知らなかった。
だから、何も言えずに黙って立っていた。話題が変わるのをひたすら待って。
もう、ただただ悲しかった。
家族を馬鹿にされたような気がして。
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