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かすみ
一緒
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「俺が好きなのは本当のかすみじゃないから、付き合いたくないって?」
「…そうだね。結局、本当の私のことが嫌いになって別れることになるんだから。付き合うだけ時間の無駄だよ。そんなの生産的じゃない、でしょ?」
恋愛脳の自分を変えたかった。悠馬でいっぱいになっちゃう自分を変えたかった。でも、悠馬といるとどうしたって、こうなっちゃう。全然変われない。
変わることができたなら、もう一度一緒にいられたのかもしれない。前とは違った、お互いにとってメリットとなる関係になれたのかもしれない。
でも、それは無理なことで。それがわかっているから、安易に『はい』とは言えない。そういう意味では、ちゃんと学習できている。
「わかったよ」
わざとらしいため息とともに、悠馬がすくっとその場に立ち上がる。
「かすみが付き合いたくないっていうなら、そうする」
悠馬の一語一句がグサリ、グサリと胸に突き刺さり、重くて鈍い痛みが胸を支配する。
それを堪えるように、ぎゅうっと唇を噛みしめる。我慢しろ、笑えなくてもいいから。もう悠馬に対して、ありのままの自分を隠す必要なんてないんだ。もう全部バレて、終わるのだから。
力一杯に拳を握りしめ、悠馬のつま先をじっと見つめる。
沈黙が部屋の空気を重くする。一秒一秒が、とてつもなく長い。
それらを蹴散らすかのように、悠馬が一段と大きなため息を吐いた。
つま先しか見えなかった視界に、しゃがみこんだ悠馬の膝と、筋張った男らしい手の甲が見える。と思ったら、両頬をむにっとつねられ、強引に上を向かされた。
「なんて言うかよ、ばーか」
視界いっぱいに、悠馬の顔。ピントが合っていないみたいにボケボケで、表情なんて全然読めない。
なのにはっきりと、柔らかな曲線を描く三本の皺が見える。
つねられたほっぺが、熱くて、痛い。
「かすみは嘘つきだ」
「……そ、だよ。嘘ばっか。こんな私なんて、嫌でしょ。だから」
「俺達が別れた時。あの時も、嘘ついてたのか?」
優しい笑みはそのままに、悠馬が憂い気に眉を顰める。いつの間にかつねられていた頬は、優しく掌で包まれていた。
「ついてたんだろーな。かすみが何も言わないのなんて、おかしいって思ってたんだ。だけど、何も言わないってことはかすみも俺と同じで、別れたいってことだって思ってた」
別れることが正しいんだと思ってた。だから、本当は別れたくなかったけど何も言わなかった。
「嬉しいことは嬉しいって、嫌なことは嫌だって、思ったことは何でも言うのがかすみだと思ってたから。そう勝手に思い込んでたから、かすみの言うこと全部鵜呑みにしてた。でも、違うって気付いた。かすみは嘘つきだ」
「だから、何?今まで散々嘘つかれてムカつくから謝罪しろ、って?それじゃ足りないから慰謝料でも払えって?」
「かすみのついた嘘って、例えば何?」
「……だから、全部だよ」
「全部って?」
「だからっ!!悠馬のこと吹っ切れたっていうのも、偶然だっていうのも、悠馬が好きなものが一緒だっていうのも、全部!全部、悠馬に好かれたくて、嫌われたくなくてついた嘘なの!」
「俺のこと好きだっていうのは?」
「……え?」
「俺が他の女といるのがムカつくって言ってたのは?就職したら俺と会い辛くなって不安だって言ってたのは?それも、全部嘘だったのか?」
悠馬の問いかけに、喉の奥がきゅうっと締まって、何も言葉が出てこない。
「この部屋も、嘘なのか?」
悠馬がチラリと右を見て、左を見る。
そういうのまで全部、嘘をつけていたらどんなに良かったか。それができないから今の今まで、こんなにももがき苦しんでいるのに。
「……こんな私は、面倒臭いでしょ。重いでしょ。気持ち悪いでしょ?行き過ぎてて、怖いって思うでしょ」
自分でもちゃんとわかってる。自分のこの想いは悠馬にとって迷惑にしかならない。二人にとって生産的じゃないって。本当の自分は好きになってもらえないって。
「それが、そうでもない」
悠馬が小さく自分の頬をかいて、ふっと笑った。
「いや、むしろ嬉しい」
本当に嬉しいんだという風に、笑った。
「……嘘だ」
「かすみのこと好きなんだから、かすみが俺のこと好きだって知って、嬉しくないはずないだろ」
トクトク、ドキドキ、バクバクと、鼓動の音が大きくなる。胸が詰まって痛い。喉の奥が苦しい。目頭が、すごく、熱い。
「確かに、かすみとは趣味が合うし一緒にいて楽だし、そういうとこを好きになったけど、それだけじゃない。嫉妬して不安になって俺に怒りをぶつけてくるかすみのことを愛おしいって思うし、いろんなことに一生懸命になってるかすみを尊敬もしてる。趣味が違ったとしても、嘘をついてたとしても、俺がかすみを好きな気持ちは変わらない。そういうのも全部ひっくるめて、かすみが好きだ。嘘とか、本当とか、どうでもいい。俺はそういうかすみが、好きだ」
悠馬の口調は淡々としていて普段と何も変わらない。だというのに普段と違って、そこには揺るぎない意志のようなものが、確かな熱が込められていた。
そんなもの私の希望的観測で、私が勝手にそう思っているだけで、本当は普段と何も変わらないのかもしれない。本当は特別な意味なんてないのかもしれない。
「俺の言ってること、信じられない?やっぱり俺とは付き合いたくない?」
「付き合っても、どうせ別れるよ。どうせまた、私のこと……」
「あの時、俺は逃げた。かすみと向き合うことを面倒に思って、かすみが言うことを鵜呑みにして、受け流した。でも、もう逃げないし、逃がさない。かすみとの未来を諦めたくない。もう、後悔はしたくないんだ」
思いがけない言葉に、はっと顔を上げる。
悠馬のしかめ面。私のことを面倒に思って、呆れてる顔。
ずっとそうだと思ってきたけど、もしかして、違うの……?
「後悔、したの?」
「しない訳あるか。再会してからなんて特にずっと、後悔してばっかだ。かすみが何考えてんのかわかんなかったし、他の男ともって思ったら、すげー嫉妬したし、かすみをそんな風にさせた自分に対してムカついてしょうがなかった。あの時、楽な方に逃げなければって、ずっとずっと後悔してた」
後悔、嫉妬……悠馬が?
ぽけっとしたまま動かない私を見て、悠馬が小さく笑う。きゅっと指先を握られ、そこがじんわりと熱を持ち、私の身体を芯から温めていく。
「かすみといると楽しいし、自然体でいられる。でも俺はもう、楽なだけの関係ではいたくない。辛くてムカついて悲しくてやるせなくっても、それでもかすみと一緒にいたい。いや、そういうのがない上っ面だけの関係なんてもう嫌なんだ。かすみに嫉妬されたいし、不安や不満をぶつけられたい。そういうの全部受け止めてやりたい。俺もぶつけて、かすみに受け止めてほしい。そういう二人になって、そうやってずっとずっと一緒にいたい。かすみは?やっぱり、俺とはもういたくない?」
「……私は」
今のままの方がいい。その方がいいに決まってる。ううん、もう全部終わらせるべきだ。
そうちゃんとわかってるのに、悠馬の言葉にどうしようもなく胸が熱くなる。悠馬の持つ引力に引き寄せられて、吸い込まれる。このまま抗うことなく、どこまでも流されてしまいたい。
でも、流されたくない。それだと私は何も変われない。また、傷ついて、傷付けてを繰り返す。どうにかここで踏みとどまって、違う道に進みたい。私の為に、悠馬の為にも、そうしなきゃいけないんだ。
……でも。でも!
意志と誘惑の間で、ぐわんぐわんと激しく揺れる。小さい子供のするように、泣き叫んでしまいたかった。
「かすみが好きだ」
少しかすれた、少し低い悠馬の声。
変わりたい。私は変わって、新しい自分としてこれから自分の足で立って、自分の足で歩んでいきたい。
「かすみが、好きだ」
変わりたい。そう、何度だって強く思う。
それなのに、どうしようもなく嬉しい。胸がきつく締め付けられて、痛い程に熱くなって、涙が止まらない。指先が震える。頭がぼやける。
悠馬が私のことを好きだと言う。
そのことが、嬉しくて、嬉しくてたまらない。
だってそれは、私にとって一番の奇跡で。
そんな奇跡を自ら手放すことなんて、どうしたってできない。できるはずがない。
自分を変えたくて、必死にもがき苦しんで足掻いてきたのに、全てがどうでもよくなってしまう。
もうこれ以上、自分に嘘はつけない。
「……ゆ、まが、好き。好き」
「うん。俺も、かすみが好きだ」
嬉しくて嬉しくて、胸が苦しい。涙が止まらない。悠馬が好きな気持ちが溢れて、止まらない。
「一緒だな」
そう言って、悠馬は目尻の皺を一層深めた。
「…そうだね。結局、本当の私のことが嫌いになって別れることになるんだから。付き合うだけ時間の無駄だよ。そんなの生産的じゃない、でしょ?」
恋愛脳の自分を変えたかった。悠馬でいっぱいになっちゃう自分を変えたかった。でも、悠馬といるとどうしたって、こうなっちゃう。全然変われない。
変わることができたなら、もう一度一緒にいられたのかもしれない。前とは違った、お互いにとってメリットとなる関係になれたのかもしれない。
でも、それは無理なことで。それがわかっているから、安易に『はい』とは言えない。そういう意味では、ちゃんと学習できている。
「わかったよ」
わざとらしいため息とともに、悠馬がすくっとその場に立ち上がる。
「かすみが付き合いたくないっていうなら、そうする」
悠馬の一語一句がグサリ、グサリと胸に突き刺さり、重くて鈍い痛みが胸を支配する。
それを堪えるように、ぎゅうっと唇を噛みしめる。我慢しろ、笑えなくてもいいから。もう悠馬に対して、ありのままの自分を隠す必要なんてないんだ。もう全部バレて、終わるのだから。
力一杯に拳を握りしめ、悠馬のつま先をじっと見つめる。
沈黙が部屋の空気を重くする。一秒一秒が、とてつもなく長い。
それらを蹴散らすかのように、悠馬が一段と大きなため息を吐いた。
つま先しか見えなかった視界に、しゃがみこんだ悠馬の膝と、筋張った男らしい手の甲が見える。と思ったら、両頬をむにっとつねられ、強引に上を向かされた。
「なんて言うかよ、ばーか」
視界いっぱいに、悠馬の顔。ピントが合っていないみたいにボケボケで、表情なんて全然読めない。
なのにはっきりと、柔らかな曲線を描く三本の皺が見える。
つねられたほっぺが、熱くて、痛い。
「かすみは嘘つきだ」
「……そ、だよ。嘘ばっか。こんな私なんて、嫌でしょ。だから」
「俺達が別れた時。あの時も、嘘ついてたのか?」
優しい笑みはそのままに、悠馬が憂い気に眉を顰める。いつの間にかつねられていた頬は、優しく掌で包まれていた。
「ついてたんだろーな。かすみが何も言わないのなんて、おかしいって思ってたんだ。だけど、何も言わないってことはかすみも俺と同じで、別れたいってことだって思ってた」
別れることが正しいんだと思ってた。だから、本当は別れたくなかったけど何も言わなかった。
「嬉しいことは嬉しいって、嫌なことは嫌だって、思ったことは何でも言うのがかすみだと思ってたから。そう勝手に思い込んでたから、かすみの言うこと全部鵜呑みにしてた。でも、違うって気付いた。かすみは嘘つきだ」
「だから、何?今まで散々嘘つかれてムカつくから謝罪しろ、って?それじゃ足りないから慰謝料でも払えって?」
「かすみのついた嘘って、例えば何?」
「……だから、全部だよ」
「全部って?」
「だからっ!!悠馬のこと吹っ切れたっていうのも、偶然だっていうのも、悠馬が好きなものが一緒だっていうのも、全部!全部、悠馬に好かれたくて、嫌われたくなくてついた嘘なの!」
「俺のこと好きだっていうのは?」
「……え?」
「俺が他の女といるのがムカつくって言ってたのは?就職したら俺と会い辛くなって不安だって言ってたのは?それも、全部嘘だったのか?」
悠馬の問いかけに、喉の奥がきゅうっと締まって、何も言葉が出てこない。
「この部屋も、嘘なのか?」
悠馬がチラリと右を見て、左を見る。
そういうのまで全部、嘘をつけていたらどんなに良かったか。それができないから今の今まで、こんなにももがき苦しんでいるのに。
「……こんな私は、面倒臭いでしょ。重いでしょ。気持ち悪いでしょ?行き過ぎてて、怖いって思うでしょ」
自分でもちゃんとわかってる。自分のこの想いは悠馬にとって迷惑にしかならない。二人にとって生産的じゃないって。本当の自分は好きになってもらえないって。
「それが、そうでもない」
悠馬が小さく自分の頬をかいて、ふっと笑った。
「いや、むしろ嬉しい」
本当に嬉しいんだという風に、笑った。
「……嘘だ」
「かすみのこと好きなんだから、かすみが俺のこと好きだって知って、嬉しくないはずないだろ」
トクトク、ドキドキ、バクバクと、鼓動の音が大きくなる。胸が詰まって痛い。喉の奥が苦しい。目頭が、すごく、熱い。
「確かに、かすみとは趣味が合うし一緒にいて楽だし、そういうとこを好きになったけど、それだけじゃない。嫉妬して不安になって俺に怒りをぶつけてくるかすみのことを愛おしいって思うし、いろんなことに一生懸命になってるかすみを尊敬もしてる。趣味が違ったとしても、嘘をついてたとしても、俺がかすみを好きな気持ちは変わらない。そういうのも全部ひっくるめて、かすみが好きだ。嘘とか、本当とか、どうでもいい。俺はそういうかすみが、好きだ」
悠馬の口調は淡々としていて普段と何も変わらない。だというのに普段と違って、そこには揺るぎない意志のようなものが、確かな熱が込められていた。
そんなもの私の希望的観測で、私が勝手にそう思っているだけで、本当は普段と何も変わらないのかもしれない。本当は特別な意味なんてないのかもしれない。
「俺の言ってること、信じられない?やっぱり俺とは付き合いたくない?」
「付き合っても、どうせ別れるよ。どうせまた、私のこと……」
「あの時、俺は逃げた。かすみと向き合うことを面倒に思って、かすみが言うことを鵜呑みにして、受け流した。でも、もう逃げないし、逃がさない。かすみとの未来を諦めたくない。もう、後悔はしたくないんだ」
思いがけない言葉に、はっと顔を上げる。
悠馬のしかめ面。私のことを面倒に思って、呆れてる顔。
ずっとそうだと思ってきたけど、もしかして、違うの……?
「後悔、したの?」
「しない訳あるか。再会してからなんて特にずっと、後悔してばっかだ。かすみが何考えてんのかわかんなかったし、他の男ともって思ったら、すげー嫉妬したし、かすみをそんな風にさせた自分に対してムカついてしょうがなかった。あの時、楽な方に逃げなければって、ずっとずっと後悔してた」
後悔、嫉妬……悠馬が?
ぽけっとしたまま動かない私を見て、悠馬が小さく笑う。きゅっと指先を握られ、そこがじんわりと熱を持ち、私の身体を芯から温めていく。
「かすみといると楽しいし、自然体でいられる。でも俺はもう、楽なだけの関係ではいたくない。辛くてムカついて悲しくてやるせなくっても、それでもかすみと一緒にいたい。いや、そういうのがない上っ面だけの関係なんてもう嫌なんだ。かすみに嫉妬されたいし、不安や不満をぶつけられたい。そういうの全部受け止めてやりたい。俺もぶつけて、かすみに受け止めてほしい。そういう二人になって、そうやってずっとずっと一緒にいたい。かすみは?やっぱり、俺とはもういたくない?」
「……私は」
今のままの方がいい。その方がいいに決まってる。ううん、もう全部終わらせるべきだ。
そうちゃんとわかってるのに、悠馬の言葉にどうしようもなく胸が熱くなる。悠馬の持つ引力に引き寄せられて、吸い込まれる。このまま抗うことなく、どこまでも流されてしまいたい。
でも、流されたくない。それだと私は何も変われない。また、傷ついて、傷付けてを繰り返す。どうにかここで踏みとどまって、違う道に進みたい。私の為に、悠馬の為にも、そうしなきゃいけないんだ。
……でも。でも!
意志と誘惑の間で、ぐわんぐわんと激しく揺れる。小さい子供のするように、泣き叫んでしまいたかった。
「かすみが好きだ」
少しかすれた、少し低い悠馬の声。
変わりたい。私は変わって、新しい自分としてこれから自分の足で立って、自分の足で歩んでいきたい。
「かすみが、好きだ」
変わりたい。そう、何度だって強く思う。
それなのに、どうしようもなく嬉しい。胸がきつく締め付けられて、痛い程に熱くなって、涙が止まらない。指先が震える。頭がぼやける。
悠馬が私のことを好きだと言う。
そのことが、嬉しくて、嬉しくてたまらない。
だってそれは、私にとって一番の奇跡で。
そんな奇跡を自ら手放すことなんて、どうしたってできない。できるはずがない。
自分を変えたくて、必死にもがき苦しんで足掻いてきたのに、全てがどうでもよくなってしまう。
もうこれ以上、自分に嘘はつけない。
「……ゆ、まが、好き。好き」
「うん。俺も、かすみが好きだ」
嬉しくて嬉しくて、胸が苦しい。涙が止まらない。悠馬が好きな気持ちが溢れて、止まらない。
「一緒だな」
そう言って、悠馬は目尻の皺を一層深めた。
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