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悠馬
変わった男と変わらない女
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「来週の金曜飲み会だから。あんたも出席すること」
「……は?」
自分のデスクで昼飯を食ってたら、唐突にやってきた狭山に何の前置きもなく宣言された。
「場所と時間決まったらまた言うね」
じゃ、そーいうことで、と早々にこの場を去ろうとする狭山を慌てて引き留める。
「おい、勝手に決めんなよ。行くなんて言ってないだろ」
「メンズをできるだけたくさん呼んでくれって言われてんの。もちろん独身のね」
「そんなん別に俺じゃなくたって、たくさんいるだろ」
「貸し。返してもらってない」
「……」
その一言で封殺される。
貸し、と言うのは前の飲み会のアレか。
確かにあの時は助かった。狭山のお陰であの場をスムーズに抜けられ、早い時間にかすみに会えたのだ。もちろん、お礼も考えてはいた。でもそれは、小菓子とかを想定していて、金曜の夜に飲み会という形で返すのは今の俺にとって一番勘弁してもらい。
「まあ、どうしてもっていうなら仕方ないけど。だったらまた別の形で返してもらうわ。ホテルのランチバイキングでもいいしー、肌寒くなってきたからカシミアのカーディガンも欲しいんだよねー。あ、そうだ。柏木ちゃんと一日デートってのはどう?」
狭山が名案だとばかりに指を折る。どう考えても割に合わない。それはつまり、飲み会に参加する以外の選択肢はないってことじゃねえか。
「……分かった。行くよ」
理不尽さをひしひしと感じつつ、何を言っても無駄だと早々に諦める。狭山に口で勝てる気は全くしない。俺がそう言うと、狭山はお手本のような笑顔を貼り付け、「ありがとー」と小首を傾げた。
面倒臭い。
揚々と立ち去る狭山の後ろ姿目掛けて、大きなため息をつく。
会社内の人付き合いなど必要最低限、仕事に支障の出ない程度でいい。プライベートを削ってまでする価値があるとは到底思えなかった。そんな考えの俺が飲み会に(全くもって乗り気じゃなく断れるなら今すぐにでも断りたいが)参加するということは、それなりの価値があるということだ。
狭山には何かと良くしてもらってる。仕事面でも人間関係でも、世話になることが多く、ぶっちゃけ頭が上がらない。それに、普通にいい奴だ。異性で何の気兼ねもなく話せる同僚なんて、狭山以外にいない。
狭山との縁は繋いでおいた方が今後も何かと都合がいいのは明らかで、だからこそ狭山の多少強引な誘いも受け入れざるを得ない。
とは言え、面倒臭いことに変わりはない。行きたくない。飲み会に参加する時間も金も勿体ない。それに費やすならかすみに全部費やしたい。何なら仕事よりもかすみに会うことを優先したい。
セックスをしたいからじゃく、かすみに会いたいから会う。その延長線上にセックスがある。
確かに、初めはセックスが目的だった。そこは否定しない。でも、それに至るまでのかすみと過ごす時間がすごく気楽で、自然体でいられて、心地良くて。楽しくて、嬉しくて。その流れでする、そんなかすみとするセックスが最高に気持ちいいのだと気がついた。
元々好きだった相手なのだから、惹かれるのなんて当たり前で、もう一度好きになるのにさして時間も理由もいらなかった。
来週の金曜のことを思い、またしてもため息をつく。好きな相手と会える夜を犠牲にしてまで、本当に参加しなきゃいけない飲み会なのだろうか。疑問しかない。
男を集めろ、ってことは女もそれ相応の数来るということだろう。もしかして、飲み会という名の合コンとかじゃないだろうな。
あり得る。狭山の人柄や人脈から考えて、十分にあり得る。ていうか、それ以外の答えが見つからない。
そんなもの、尚更行きたくない。
かすみにどう説明しようか。
それを考えると、より憂鬱になる。
不快な思いをさせたくない。怒らせたくも悲しませたくもない。変な疑いもかけられたくはない。
会社の飲み会と言えばいいだけだ。でもさらに踏み込んで聞かれたら?どうせ話すことになるなら、最初から自分で言う方が潔いだろう。会社の仲間内で開かれる、女子もたくさん参加する飲み会と称した大規模な合コンだって。
思わず深いため息が漏れる。
最近の俺たちはとても上手くいっている。些細な諍いも剣呑な空気になることもなく、ストレスフリーで笑顔の絶えない穏やかな関係を築けている。
自分から態々それにヒビを入れるような真似はしたくない。したくないけど、仕方ない。
ふっと記憶の中のかすみが脳裏によぎる。俺に詰め寄り、不機嫌な顔を貼り付けたまま黙り込むかすみが。
そういえば、再会してからかすみのそんな顔は見たことなかったな。
そういったかすみの一面を、以前の俺は面倒に思い嫌だと感じていたはずなのに、それが見れないことをどこか懐かしく、少しだけ寂しく感じた。
※ ※
その週の金曜の夜。仕事終わり。俺の部屋。セックスの後のベッドの上。
「飲み会?ん、わかった」
かすみの反応に身構えながら意を決して発した言葉は、たった二言返されて終わった。
想定外のあまりにも聞き分けが良すぎる反応に、思わず拍子抜けする。
「…あ、ああ。でー」
「じゃあ来週はナシってことね」
「……いや」
「ん?前みたいに終わるくらいに来た方がいい?」
「ああ、できれば……いや、そうじゃなくて」
「え?何?」
俺が何を渋っているのか全く分からないという表情で、かすみが聞く。演技なのか、本当にわかってないのか。軽く動揺した頭では判断できない。
「……いいのか?」
「飲み会?いーよいーよ、行ってきなよ!あ、もしかして私に悪いと思ってる?元々約束なんてしてないんだし、全然気にしなくていーよ!」
それもだが、そうじゃなくてーー
気にならないのか?
誰と飲むのか。どういう飲み会なのか。何時からどこらへんで飲むのか。一次会で帰ってくるのか。
ーーそこに女子は参加するのか。
ん?と、くりっとさせた瞳でかすみが俺を見る。他に何があるのか、という顔だ。別にない、と言えばそこでこの話は終わりだ。面倒なことにならず俺の杞憂で終わって良かった良かった。
もう夜も遅い。いつもみたいに後はもう寝るだけだ。電気を消して、後ろからかすみを抱しめて、おやすみと言い合って寝るとしよう。そう、しようーー
コクっと一回喉が鳴った。
「……同僚に誘われて、どうしても来いっていうから。仕方なく」
言うつもりなんてなかった。聞かれたくもなかった。聞かれてもいないのに。
なんで俺は弁解してんだろう。
「あー、あるよねー。そういうの」
「結構大人数の、不特定多数が集まるかんじの」
「ふーん」
「……女子もさ、来るんだって」
「大人数って言うんだから、来るだろうねえ。むしろ男だけだったら怖いわ」
かすみがケラケラと声をあげて笑う。その無邪気な笑顔に、身体がすっと冷える。
そうじゃない。そうじゃないだろ……
「……いわゆる、合コン。みたいな?」
「へえ」
「独身のやつで集まるんだって」
ほら、気になるだろ?嫌な思いになるだろ?聞きたいことがあるんじゃないのか?
怒れよ。俺を責めろよ。行くなって言え。
「で?」
「……へ?」
「悠馬もそこで彼女見つけるの?」
かすみの唇が綺麗な弧を描く。真っすぐに向けられた瞳に、怒りはない。嫌悪も嫉妬もない。
「あ、もしかして。すでに狙ってる子が来るとか?この機会にお近づきになろうって魂胆?」
そこにあるのはーー純粋な好奇心?
まるで友人の恋愛話でも聞いてるかのような口ぶり。いや。ような、ではなく、かすみは今本当に友人の恋愛話を聞いているのか。俺という友人の……
「……そんな訳ねーだろ。そんなことするかよ!」
大きな声にびっくりしたのか、かすみの肩がビクッと跳ねた。ぎっと奥歯を噛み閉め、自嘲する。
ああ、そういうことか。馬鹿すぎる。惨めすぎる。何だよそれ。間抜けかよ。
「…かすみはそれでいーのかよ。俺に彼女がーーかすみ以外の彼女ができても、いいのかよ」
声が詰まる、震える。やべえ、泣きそうだ。
「最初からそういう約束だったじゃない。お互いパートナーができるまで、って」
「そんなこと聞いてねえよ。お前はそれでいいのかって聞いてんだよ!」
「いーー」
キッとかすみを睨む。視線に言葉にしきれないもの全てを込めて、訴える。懇願する。
頼む。頼むから……
「……いいんじゃない?」
どうでも良さそうに、かすみが投げる。それが答え。
「態々私に言わなくたって、悠馬の好きにしていーんだよ?今は付き合ってないんだから」
かすみが、からっと歯を見せて笑う。
身体から力が抜けて、その場に倒れ込みたくなる。無性に可笑しくなって、ははっと乾いた笑いが溢れた。
「じゃあ、かすみが付き合ってくれよ」
「私が、誰と?」
「俺と、かすみが」
「……なんで?」
かすみがさっきまでの笑みを消し、訝しげな視線を向ける。
「お前のことが、好きだかー」
「やめてよ!」
最後まで言い切る前に、かすみの叫ぶような大きな声に遮られた。まるで、俺からその言葉は聞きたくないと言うように。
剣呑な空気に気付いたかすみがハッと顔を上げ、にかっと歯を見せて笑う。
再会してからよく見せる、この裏表のないカラッとした笑み。今、この瞬間。初めてそれに裏の存在を感じ、嘘臭い違和感を覚えた。
「付き合うとか、絶対ないから。ていうか、何で別れたのか、忘れた訳じゃないでしょ?悠馬と付き合う気はない。もし、悠馬が私とって考えてるなら、もうこの関係は続けられない」
かすみは俺と付き合う気はない。俺と同じ思いを抱いてはいない。そうはっきりと突きつけられ、俺は何も言い返すことができなかった。
かすみにとって俺は単なる繋ぎ。後腐れなくセックスのできる気心の知れた元彼。それ以上でもそれ以下でもない。例え、今限りなくその状態に近いとしても。
いつからか、と言われれば、最初からだ。再会した時からかすみは何も変わっちゃいなかった。
やっぱり今回も、変わったのは俺だ。悪いのは、かすみのことを好きになった俺だということか。
「……は?」
自分のデスクで昼飯を食ってたら、唐突にやってきた狭山に何の前置きもなく宣言された。
「場所と時間決まったらまた言うね」
じゃ、そーいうことで、と早々にこの場を去ろうとする狭山を慌てて引き留める。
「おい、勝手に決めんなよ。行くなんて言ってないだろ」
「メンズをできるだけたくさん呼んでくれって言われてんの。もちろん独身のね」
「そんなん別に俺じゃなくたって、たくさんいるだろ」
「貸し。返してもらってない」
「……」
その一言で封殺される。
貸し、と言うのは前の飲み会のアレか。
確かにあの時は助かった。狭山のお陰であの場をスムーズに抜けられ、早い時間にかすみに会えたのだ。もちろん、お礼も考えてはいた。でもそれは、小菓子とかを想定していて、金曜の夜に飲み会という形で返すのは今の俺にとって一番勘弁してもらい。
「まあ、どうしてもっていうなら仕方ないけど。だったらまた別の形で返してもらうわ。ホテルのランチバイキングでもいいしー、肌寒くなってきたからカシミアのカーディガンも欲しいんだよねー。あ、そうだ。柏木ちゃんと一日デートってのはどう?」
狭山が名案だとばかりに指を折る。どう考えても割に合わない。それはつまり、飲み会に参加する以外の選択肢はないってことじゃねえか。
「……分かった。行くよ」
理不尽さをひしひしと感じつつ、何を言っても無駄だと早々に諦める。狭山に口で勝てる気は全くしない。俺がそう言うと、狭山はお手本のような笑顔を貼り付け、「ありがとー」と小首を傾げた。
面倒臭い。
揚々と立ち去る狭山の後ろ姿目掛けて、大きなため息をつく。
会社内の人付き合いなど必要最低限、仕事に支障の出ない程度でいい。プライベートを削ってまでする価値があるとは到底思えなかった。そんな考えの俺が飲み会に(全くもって乗り気じゃなく断れるなら今すぐにでも断りたいが)参加するということは、それなりの価値があるということだ。
狭山には何かと良くしてもらってる。仕事面でも人間関係でも、世話になることが多く、ぶっちゃけ頭が上がらない。それに、普通にいい奴だ。異性で何の気兼ねもなく話せる同僚なんて、狭山以外にいない。
狭山との縁は繋いでおいた方が今後も何かと都合がいいのは明らかで、だからこそ狭山の多少強引な誘いも受け入れざるを得ない。
とは言え、面倒臭いことに変わりはない。行きたくない。飲み会に参加する時間も金も勿体ない。それに費やすならかすみに全部費やしたい。何なら仕事よりもかすみに会うことを優先したい。
セックスをしたいからじゃく、かすみに会いたいから会う。その延長線上にセックスがある。
確かに、初めはセックスが目的だった。そこは否定しない。でも、それに至るまでのかすみと過ごす時間がすごく気楽で、自然体でいられて、心地良くて。楽しくて、嬉しくて。その流れでする、そんなかすみとするセックスが最高に気持ちいいのだと気がついた。
元々好きだった相手なのだから、惹かれるのなんて当たり前で、もう一度好きになるのにさして時間も理由もいらなかった。
来週の金曜のことを思い、またしてもため息をつく。好きな相手と会える夜を犠牲にしてまで、本当に参加しなきゃいけない飲み会なのだろうか。疑問しかない。
男を集めろ、ってことは女もそれ相応の数来るということだろう。もしかして、飲み会という名の合コンとかじゃないだろうな。
あり得る。狭山の人柄や人脈から考えて、十分にあり得る。ていうか、それ以外の答えが見つからない。
そんなもの、尚更行きたくない。
かすみにどう説明しようか。
それを考えると、より憂鬱になる。
不快な思いをさせたくない。怒らせたくも悲しませたくもない。変な疑いもかけられたくはない。
会社の飲み会と言えばいいだけだ。でもさらに踏み込んで聞かれたら?どうせ話すことになるなら、最初から自分で言う方が潔いだろう。会社の仲間内で開かれる、女子もたくさん参加する飲み会と称した大規模な合コンだって。
思わず深いため息が漏れる。
最近の俺たちはとても上手くいっている。些細な諍いも剣呑な空気になることもなく、ストレスフリーで笑顔の絶えない穏やかな関係を築けている。
自分から態々それにヒビを入れるような真似はしたくない。したくないけど、仕方ない。
ふっと記憶の中のかすみが脳裏によぎる。俺に詰め寄り、不機嫌な顔を貼り付けたまま黙り込むかすみが。
そういえば、再会してからかすみのそんな顔は見たことなかったな。
そういったかすみの一面を、以前の俺は面倒に思い嫌だと感じていたはずなのに、それが見れないことをどこか懐かしく、少しだけ寂しく感じた。
※ ※
その週の金曜の夜。仕事終わり。俺の部屋。セックスの後のベッドの上。
「飲み会?ん、わかった」
かすみの反応に身構えながら意を決して発した言葉は、たった二言返されて終わった。
想定外のあまりにも聞き分けが良すぎる反応に、思わず拍子抜けする。
「…あ、ああ。でー」
「じゃあ来週はナシってことね」
「……いや」
「ん?前みたいに終わるくらいに来た方がいい?」
「ああ、できれば……いや、そうじゃなくて」
「え?何?」
俺が何を渋っているのか全く分からないという表情で、かすみが聞く。演技なのか、本当にわかってないのか。軽く動揺した頭では判断できない。
「……いいのか?」
「飲み会?いーよいーよ、行ってきなよ!あ、もしかして私に悪いと思ってる?元々約束なんてしてないんだし、全然気にしなくていーよ!」
それもだが、そうじゃなくてーー
気にならないのか?
誰と飲むのか。どういう飲み会なのか。何時からどこらへんで飲むのか。一次会で帰ってくるのか。
ーーそこに女子は参加するのか。
ん?と、くりっとさせた瞳でかすみが俺を見る。他に何があるのか、という顔だ。別にない、と言えばそこでこの話は終わりだ。面倒なことにならず俺の杞憂で終わって良かった良かった。
もう夜も遅い。いつもみたいに後はもう寝るだけだ。電気を消して、後ろからかすみを抱しめて、おやすみと言い合って寝るとしよう。そう、しようーー
コクっと一回喉が鳴った。
「……同僚に誘われて、どうしても来いっていうから。仕方なく」
言うつもりなんてなかった。聞かれたくもなかった。聞かれてもいないのに。
なんで俺は弁解してんだろう。
「あー、あるよねー。そういうの」
「結構大人数の、不特定多数が集まるかんじの」
「ふーん」
「……女子もさ、来るんだって」
「大人数って言うんだから、来るだろうねえ。むしろ男だけだったら怖いわ」
かすみがケラケラと声をあげて笑う。その無邪気な笑顔に、身体がすっと冷える。
そうじゃない。そうじゃないだろ……
「……いわゆる、合コン。みたいな?」
「へえ」
「独身のやつで集まるんだって」
ほら、気になるだろ?嫌な思いになるだろ?聞きたいことがあるんじゃないのか?
怒れよ。俺を責めろよ。行くなって言え。
「で?」
「……へ?」
「悠馬もそこで彼女見つけるの?」
かすみの唇が綺麗な弧を描く。真っすぐに向けられた瞳に、怒りはない。嫌悪も嫉妬もない。
「あ、もしかして。すでに狙ってる子が来るとか?この機会にお近づきになろうって魂胆?」
そこにあるのはーー純粋な好奇心?
まるで友人の恋愛話でも聞いてるかのような口ぶり。いや。ような、ではなく、かすみは今本当に友人の恋愛話を聞いているのか。俺という友人の……
「……そんな訳ねーだろ。そんなことするかよ!」
大きな声にびっくりしたのか、かすみの肩がビクッと跳ねた。ぎっと奥歯を噛み閉め、自嘲する。
ああ、そういうことか。馬鹿すぎる。惨めすぎる。何だよそれ。間抜けかよ。
「…かすみはそれでいーのかよ。俺に彼女がーーかすみ以外の彼女ができても、いいのかよ」
声が詰まる、震える。やべえ、泣きそうだ。
「最初からそういう約束だったじゃない。お互いパートナーができるまで、って」
「そんなこと聞いてねえよ。お前はそれでいいのかって聞いてんだよ!」
「いーー」
キッとかすみを睨む。視線に言葉にしきれないもの全てを込めて、訴える。懇願する。
頼む。頼むから……
「……いいんじゃない?」
どうでも良さそうに、かすみが投げる。それが答え。
「態々私に言わなくたって、悠馬の好きにしていーんだよ?今は付き合ってないんだから」
かすみが、からっと歯を見せて笑う。
身体から力が抜けて、その場に倒れ込みたくなる。無性に可笑しくなって、ははっと乾いた笑いが溢れた。
「じゃあ、かすみが付き合ってくれよ」
「私が、誰と?」
「俺と、かすみが」
「……なんで?」
かすみがさっきまでの笑みを消し、訝しげな視線を向ける。
「お前のことが、好きだかー」
「やめてよ!」
最後まで言い切る前に、かすみの叫ぶような大きな声に遮られた。まるで、俺からその言葉は聞きたくないと言うように。
剣呑な空気に気付いたかすみがハッと顔を上げ、にかっと歯を見せて笑う。
再会してからよく見せる、この裏表のないカラッとした笑み。今、この瞬間。初めてそれに裏の存在を感じ、嘘臭い違和感を覚えた。
「付き合うとか、絶対ないから。ていうか、何で別れたのか、忘れた訳じゃないでしょ?悠馬と付き合う気はない。もし、悠馬が私とって考えてるなら、もうこの関係は続けられない」
かすみは俺と付き合う気はない。俺と同じ思いを抱いてはいない。そうはっきりと突きつけられ、俺は何も言い返すことができなかった。
かすみにとって俺は単なる繋ぎ。後腐れなくセックスのできる気心の知れた元彼。それ以上でもそれ以下でもない。例え、今限りなくその状態に近いとしても。
いつからか、と言われれば、最初からだ。再会した時からかすみは何も変わっちゃいなかった。
やっぱり今回も、変わったのは俺だ。悪いのは、かすみのことを好きになった俺だということか。
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