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悠馬

既視感と違和感

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 付き合っていた頃がどんなものだったか思い出せないほど、最後は散々な思い出しかない。俺だけでなくかすみにとっても、俺の存在は苦いものとなっていたはずだ。

 数年後、偶然、どこかで見かけることがあったとしても、声をかけることなんて絶対ない。見なかったふりをしてスルーするのが暗黙の了解だというくらい、俺たちの最後は綺麗ではなかった。かすみの笑顔なんてどんなだったか思い出せないほど、最後は泣いてるか怒ってるかのどちらかだった。

ーーのに。

「悠馬が好きな作家さんの今の連載、もちろん読んでるでしょ?あれ今度アニメ化するんだってね」

 目の前にいる元カノはそんな苦い過去など綺麗サッパリ忘れてしまったかのように、さっきから楽しそうに笑っている。その顔は確かに見たことのあるものの筈なのに、今初めて見たような気もする。
 既視感と違和感が、絶えず俺を襲う。

 何よりも、別れた時のことに未だ言及してこないことに、一番違和感を感じていた。かすみの性格なら絶対に、真っ先に言ってきそうなものなのに、それについて一切触れてこない。今更掘り返されたくないと思っている俺としてはありがたいくらいなのだが。むしろ、いつ振られるのかと思うとソワソワして落ち着かなくなる。いっそのこと、もうこっちから切り出してスッパリ終わらせてしまおうか。

「一回漫画で読んでみたいなーって思ってるんだけど、買う踏ん切りがなかなかつかなくて。悠馬、もちろん集めてるよね?」

 かすみの問いかけに迷わず頷く。漫画は電子じゃなく本で買いたい派だ。かすみの言う漫画も、もちろん最新刊までそろえている。

「じゃあさ、これから家行って読んでいい?」

「……は?」

「いいじゃん、ちょっと行って読んだら帰るから。あ、それとも彼女いたりする?それだったら、流石に遠慮するけど」

 思いがけないかすみの台詞に思考が飛ぶ。「彼女はいない、けど」と、何とか絞り出すと、かすみの表情がぱあーっと明るくなった。

「じゃあ、いいじゃん!行きたい!読みたい!お願いします」

「でも」

「部屋が汚いって言うなら、別に気にしないから。ていうかそんなの知ってるし。そもそも汚いの承知で言ってるし。ああ、それとも。もしかして、元カノを部屋に連れ込むのに気が引ける、とか?」

 その通りだともそんなことないとも言えず、ぐっと口籠る。そんなもの、気が引けるに決まってる。そんな俺の憂慮を吹き飛ばす様に、かすみがさらに言葉を重ねる。

「私達別れてどれだけ経ってると思ってるの?えーと、たしか三年?四年?とにかく、そんだけ経ってまだ未練たらたらとか、ないから!ないない!そりゃあ、別れるときは、うん。色々あったけどさ。もう、あの時のことはちゃんと踏ん切りがついてるし、今更何か言うこともない。悠馬だって私に対して何も思ってないでしょ?あ、ごめん。勝手に私がそう思ってるだけで、悠馬はまだ私のことが許せない?顔を見るのも嫌だったり、する?」

 カラカラと歯を見せて笑うかすみの表情が少しだけ曇る。「そんなことはない」と咄嗟に否定を口にすれば、一転かすみは安堵したように顔を綻ばせた。

「そうと決まれば、早速お邪魔しまーす」

 言うや否や、かすみが立ち上がり、さりげなく伝票を取る。そのまま足早に会計へ向かう背中に呆気に取られながらも、慌てて席を立ち、何とか会計する前に追いついた。かすみの手には焦茶色に金の刺繍が入った二つ折り財布。当然とばかりに全部払おうとするかすみを無視して、財布から五千円札を出す。かすみが何か言ってくる前に、さっさと店を出た。

「あれじゃあ、貰いすぎだよ。後で多い分ちゃんと返すね」

「いらねーよ。つーか俺の方がいっぱい食ってんだから、別に多くないし」

 付き合ってる訳じゃないから俺が奢るのも、かすみに奢られるのも変だと思う。つか、こんなシチュなんて今まで一度も経験したことないから、何が正解かなんてもちろん分からない。男が多く支払う、くらいしか俺には思いつかなかった。
 
 俺の知ってる、俺と付き合っていた時のかすみならこんな時、申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに「ご馳走様」と言うはずだった。美味しかった、ありがとうと次々に言い、お金のことなど絶対に掘り返さない。そもそも、伝票など見もしなければ手にすることもなかった。

 酔っ払いらしく上機嫌に隣を歩く元カノに、俺はまた一つ、居心地の悪い違和感を感じたのだった。


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