3 / 35
悠馬
既視感と違和感
しおりを挟む
付き合っていた頃がどんなものだったか思い出せないほど、最後は散々な思い出しかない。俺だけでなくかすみにとっても、俺の存在は苦いものとなっていたはずだ。
数年後、偶然、どこかで見かけることがあったとしても、声をかけることなんて絶対ない。見なかったふりをしてスルーするのが暗黙の了解だというくらい、俺たちの最後は綺麗ではなかった。かすみの笑顔なんてどんなだったか思い出せないほど、最後は泣いてるか怒ってるかのどちらかだった。
ーーのに。
「悠馬が好きな作家さんの今の連載、もちろん読んでるでしょ?あれ今度アニメ化するんだってね」
目の前にいる元カノはそんな苦い過去など綺麗サッパリ忘れてしまったかのように、さっきから楽しそうに笑っている。その顔は確かに見たことのあるものの筈なのに、今初めて見たような気もする。
既視感と違和感が、絶えず俺を襲う。
何よりも、別れた時のことに未だ言及してこないことに、一番違和感を感じていた。かすみの性格なら絶対に、真っ先に言ってきそうなものなのに、それについて一切触れてこない。今更掘り返されたくないと思っている俺としてはありがたいくらいなのだが。むしろ、いつ振られるのかと思うとソワソワして落ち着かなくなる。いっそのこと、もうこっちから切り出してスッパリ終わらせてしまおうか。
「一回漫画で読んでみたいなーって思ってるんだけど、買う踏ん切りがなかなかつかなくて。悠馬、もちろん集めてるよね?」
かすみの問いかけに迷わず頷く。漫画は電子じゃなく本で買いたい派だ。かすみの言う漫画も、もちろん最新刊までそろえている。
「じゃあさ、これから家行って読んでいい?」
「……は?」
「いいじゃん、ちょっと行って読んだら帰るから。あ、それとも彼女いたりする?それだったら、流石に遠慮するけど」
思いがけないかすみの台詞に思考が飛ぶ。「彼女はいない、けど」と、何とか絞り出すと、かすみの表情がぱあーっと明るくなった。
「じゃあ、いいじゃん!行きたい!読みたい!お願いします」
「でも」
「部屋が汚いって言うなら、別に気にしないから。ていうかそんなの知ってるし。そもそも汚いの承知で言ってるし。ああ、それとも。もしかして、元カノを部屋に連れ込むのに気が引ける、とか?」
その通りだともそんなことないとも言えず、ぐっと口籠る。そんなもの、気が引けるに決まってる。そんな俺の憂慮を吹き飛ばす様に、かすみがさらに言葉を重ねる。
「私達別れてどれだけ経ってると思ってるの?えーと、たしか三年?四年?とにかく、そんだけ経ってまだ未練たらたらとか、ないから!ないない!そりゃあ、別れるときは、うん。色々あったけどさ。もう、あの時のことはちゃんと踏ん切りがついてるし、今更何か言うこともない。悠馬だって私に対して何も思ってないでしょ?あ、ごめん。勝手に私がそう思ってるだけで、悠馬はまだ私のことが許せない?顔を見るのも嫌だったり、する?」
カラカラと歯を見せて笑うかすみの表情が少しだけ曇る。「そんなことはない」と咄嗟に否定を口にすれば、一転かすみは安堵したように顔を綻ばせた。
「そうと決まれば、早速お邪魔しまーす」
言うや否や、かすみが立ち上がり、さりげなく伝票を取る。そのまま足早に会計へ向かう背中に呆気に取られながらも、慌てて席を立ち、何とか会計する前に追いついた。かすみの手には焦茶色に金の刺繍が入った二つ折り財布。当然とばかりに全部払おうとするかすみを無視して、財布から五千円札を出す。かすみが何か言ってくる前に、さっさと店を出た。
「あれじゃあ、貰いすぎだよ。後で多い分ちゃんと返すね」
「いらねーよ。つーか俺の方がいっぱい食ってんだから、別に多くないし」
付き合ってる訳じゃないから俺が奢るのも、かすみに奢られるのも変だと思う。つか、こんなシチュなんて今まで一度も経験したことないから、何が正解かなんてもちろん分からない。男が多く支払う、くらいしか俺には思いつかなかった。
俺の知ってる、俺と付き合っていた時のかすみならこんな時、申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに「ご馳走様」と言うはずだった。美味しかった、ありがとうと次々に言い、お金のことなど絶対に掘り返さない。そもそも、伝票など見もしなければ手にすることもなかった。
酔っ払いらしく上機嫌に隣を歩く元カノに、俺はまた一つ、居心地の悪い違和感を感じたのだった。
数年後、偶然、どこかで見かけることがあったとしても、声をかけることなんて絶対ない。見なかったふりをしてスルーするのが暗黙の了解だというくらい、俺たちの最後は綺麗ではなかった。かすみの笑顔なんてどんなだったか思い出せないほど、最後は泣いてるか怒ってるかのどちらかだった。
ーーのに。
「悠馬が好きな作家さんの今の連載、もちろん読んでるでしょ?あれ今度アニメ化するんだってね」
目の前にいる元カノはそんな苦い過去など綺麗サッパリ忘れてしまったかのように、さっきから楽しそうに笑っている。その顔は確かに見たことのあるものの筈なのに、今初めて見たような気もする。
既視感と違和感が、絶えず俺を襲う。
何よりも、別れた時のことに未だ言及してこないことに、一番違和感を感じていた。かすみの性格なら絶対に、真っ先に言ってきそうなものなのに、それについて一切触れてこない。今更掘り返されたくないと思っている俺としてはありがたいくらいなのだが。むしろ、いつ振られるのかと思うとソワソワして落ち着かなくなる。いっそのこと、もうこっちから切り出してスッパリ終わらせてしまおうか。
「一回漫画で読んでみたいなーって思ってるんだけど、買う踏ん切りがなかなかつかなくて。悠馬、もちろん集めてるよね?」
かすみの問いかけに迷わず頷く。漫画は電子じゃなく本で買いたい派だ。かすみの言う漫画も、もちろん最新刊までそろえている。
「じゃあさ、これから家行って読んでいい?」
「……は?」
「いいじゃん、ちょっと行って読んだら帰るから。あ、それとも彼女いたりする?それだったら、流石に遠慮するけど」
思いがけないかすみの台詞に思考が飛ぶ。「彼女はいない、けど」と、何とか絞り出すと、かすみの表情がぱあーっと明るくなった。
「じゃあ、いいじゃん!行きたい!読みたい!お願いします」
「でも」
「部屋が汚いって言うなら、別に気にしないから。ていうかそんなの知ってるし。そもそも汚いの承知で言ってるし。ああ、それとも。もしかして、元カノを部屋に連れ込むのに気が引ける、とか?」
その通りだともそんなことないとも言えず、ぐっと口籠る。そんなもの、気が引けるに決まってる。そんな俺の憂慮を吹き飛ばす様に、かすみがさらに言葉を重ねる。
「私達別れてどれだけ経ってると思ってるの?えーと、たしか三年?四年?とにかく、そんだけ経ってまだ未練たらたらとか、ないから!ないない!そりゃあ、別れるときは、うん。色々あったけどさ。もう、あの時のことはちゃんと踏ん切りがついてるし、今更何か言うこともない。悠馬だって私に対して何も思ってないでしょ?あ、ごめん。勝手に私がそう思ってるだけで、悠馬はまだ私のことが許せない?顔を見るのも嫌だったり、する?」
カラカラと歯を見せて笑うかすみの表情が少しだけ曇る。「そんなことはない」と咄嗟に否定を口にすれば、一転かすみは安堵したように顔を綻ばせた。
「そうと決まれば、早速お邪魔しまーす」
言うや否や、かすみが立ち上がり、さりげなく伝票を取る。そのまま足早に会計へ向かう背中に呆気に取られながらも、慌てて席を立ち、何とか会計する前に追いついた。かすみの手には焦茶色に金の刺繍が入った二つ折り財布。当然とばかりに全部払おうとするかすみを無視して、財布から五千円札を出す。かすみが何か言ってくる前に、さっさと店を出た。
「あれじゃあ、貰いすぎだよ。後で多い分ちゃんと返すね」
「いらねーよ。つーか俺の方がいっぱい食ってんだから、別に多くないし」
付き合ってる訳じゃないから俺が奢るのも、かすみに奢られるのも変だと思う。つか、こんなシチュなんて今まで一度も経験したことないから、何が正解かなんてもちろん分からない。男が多く支払う、くらいしか俺には思いつかなかった。
俺の知ってる、俺と付き合っていた時のかすみならこんな時、申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに「ご馳走様」と言うはずだった。美味しかった、ありがとうと次々に言い、お金のことなど絶対に掘り返さない。そもそも、伝票など見もしなければ手にすることもなかった。
酔っ払いらしく上機嫌に隣を歩く元カノに、俺はまた一つ、居心地の悪い違和感を感じたのだった。
10
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる