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三つ目のアレを見つけてしまった
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「志島くん、痛い?」
「いや、大丈夫だ」
「もっと強くしてもいい?」
「ああ。……っ」
「あ、ごめん!強すぎた?でも、ここ。なんかコリコリしてる。ふふ、聞こえる?」
「……っく、ああ」
「もうちょっと奥も、いい?」
「……ああ」
「ゆっくりやるね?痛かったら言ってね。あ、あった」
「……っつ」
「ごめん、でももうちょっとだから。あ、出る。出る出る出る出る――」
「……っは、く」
「ほらっ、出たーーー!!見て見て志島くん!超でっかいの取れたよ!この子だよずっと見えてたのに取れなかったのは!」
志島くんの耳からかき出した取れたてホヤホヤのでっかい耳クソをティッシュに乗せ、これこれっと志島くんに見せる。志島くんはチラッと一瞥してからぐったりしたように「ああ」とだけ言い、むずかしい顔をして目を閉じてしまった。
「ああっ!すっきりしたー」
もしかして彼はその時あまりいい感情を抱いていなかったのかもしれない。後で思い返してみると、いつもの怖い顔よりもどこか恐ろしさを増していた気がする。けど、予想以上の大物をゲットしたことによる高揚感で満たされていた私は、そんな志島くんの様子に全然気がつかなかった。
ティッシュの上にででんと居座る戦利品を、ニヨニヨしながら見つめる。
サイズも形も申し分ない。私史上最大で最高の耳クソだ。
「ごめんね、痛かったよね」
少し興奮が収まったところでようやく志島くんにそう声をかけた。私の予想通り志島くんは、「いや、大丈夫だ」と、大丈夫なのか大丈夫じゃないのかわからないような声でそう答えたけど、若干その声は柔らかかった。ような気がする。多分。
だから本当に大丈夫だったのだろう。私の希望的観測だけど。
「私、誰かの耳かきするのって初めてだから、力加減とか上手にできなくてごめんね。やっぱり自分のをするのとは違うよね。でも、何回かやればコツ掴めるようになると思うから!」
「そうか」
「それにさー、志島くんの耳クソって私のよりも白っぽくてカサカサしてて、しかもおっきくて。ふふふ、最高に気持ち良かったー。クセになりそう」
「……そうか」
志島くんは白髪だけでなく耳クソまでも私なんか比じゃないくらい立派だった。あんなにおっきいのは見るのも取るのも初めてだ。
さっきも言った通り私は自分以外の耳クソなんて掘ったことはないので、比較対象は私のものしかないのだけど。アレはない。
志島くんの耳クソは耳クソであって耳クソじゃなかった。耳クソの突然変異だ。キングオブ耳クソだ。
右耳にいるということは勿論左耳にもいる可能性は大ということで。
そんなこと考えてしまったら、もうだめだ。手遅れだ。
ウズウズとムズムズとワクワクとドキドキが、私の中で輪になって踊り始めている。
「志島くん」
「なんだ」
「お願いがあるのだけどー」
「いいぞ」
「え?」
お願いを口にする前に了承された。
呆気にとられていると、私の膝の上にあった志島くんの頭の重みがふっと消え、志島くんが身体を起こす。そして反対側に回り、また私の膝の上に頭を乗せた。左耳を上にして。
「俺は右耳の耳クソを掘ったら必ず左耳も掘らないと気が済まない派だ。そしてそれは自分ではなく川村に掘ってほしい」
顔を横に向けて真っ直ぐ壁を見つめた志島くんが、はっきりとそう言い放った。
「し、志島くん。いいの?」
「ああ」
「あ、ありがとう!ありがとう!痛かったら言ってね!痛くなくても、どこが気持ち良いとかあったらちゃんと気持ちいいって言ってね!それで一緒に気持ち良くなろうね!」
私がそう言うと志島くんは盛大に咳込んでから、「おう」と言った。
◇
それから隔週月曜日の終業後は、私の家でカレーを食べて耳かきをすることになった。もちろん昼休憩の白髪探しも継続している。
はじめガッチガチに緊張していたらしい志島くんも、何回かうちに来るとだんだん慣れてリラックスしてくれるようになった。
ロボット感もだいぶ無くなり、普段の鬼っぽさが戻ってきている。
「今日は豆カレーにしてみたよ。どうかな?」
「美味い。トマトの酸味が合うとおもう」
「本当?良かったー。トマト缶入れると美味しいってレシピにあったからやってみたんだ。うん、美味しい!いっぱい作ったからおかわりしてね」
語彙も格段に増えた。美味しいだけじゃなく、作ったカレーの感想も言ってくれるのは作り手としては非常にありがたい。
「カレーのスパイスとトマトの酸味が絶妙だ。そこに豆の香ばしさと甘さ、そして食感が見事にマッチしている」
「そうなの?よくわかんないけど美味しいなら良かったよ!」
志島くんは結構グルメであるらしい。
ご飯を食べてる時は少しだけ饒舌になるのが面白くって、私は色んなカレーに挑戦するようになった。もちろん、毎回普通のカレーじゃ飽きたっていうのもあるのだけど。
その度に志島くんはグルメ漫画の解説のような、的を射ているようで全然射ていない感想を言ってくれる。シーフードカレーを作った時なんて、イカとエビとホタテのエキスがカレーという大海原でタンゴを踊っているようだと訳の分からないことを言い、危うく口の中のカレーを噴き出しそうになった。
桃太郎と金太郎と一寸法師に囲まれて絶体絶命の鬼みたいな顔をして、そんな事言うとか。本当、卑怯だと思う。
志島くんの白髪&耳クソ探索はもちろん楽しみなんだけど、志島くんとご飯を食べる時間も最近楽しみになっている。
「志島くん、もう取れないかな。すっかり綺麗になっちゃったよ」
といってもやっぱり探索タイムの楽しさは別格だ。お宝が埋もれてるダンジョンを目の前にして、それをスルーできるアドベンチャーは真のアドベンチャーではない。
今日は少し探索しただけで、お宝は全て取り尽くしてしまったようだ。覗き込んだ志島くんの耳の穴は綺麗そのもので、異物は何も見えない。
やっぱり隔週っていうのは頻度が多いのかな。一ヶ月くらい空けないと大物は育たないのだろうか。いや、でもそんなに我慢しなきゃいけないなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
「あんまり耳をかきすぎるのって良くないって言うし。もうちょっと間隔空けた方がいいのかな。どう思う?って、志島くん?」
膝の上の志島くんに問いかけるように顔を覗き込む。志島くんはいつも通り眉を顰め目を閉じているものの、どこか無防備に見えた。
わずかに緩んだ口元、定期的に繰り返される穏やかな呼吸。私の問いにも何も反応はない。
「もしかして、寝てる?」
声に出してみるも、やはり志島くんからの反応はない。本当に寝ているようだ。
眉間の皺をツンツンしてみる。反応はない。
血管が薄っすら見えるこめかみをツンツンしてみる。反応はない。
ほっぺをつつくとむにっと私の指が小さく沈んだ。人並みに柔らかいことにびっくりする。
なんだか面白くなってきて志島くんの顔を上に向けた。志島くんは「う、ん」と小さく唸ったけど、起きることはなかった。
それをいいことに至近距離からまじまじと志島くんの顔を観察する。
眼光鋭い三白眼が閉じている志島くんの顔は、こんな近くで見ても全然怖くない。ていうか全然普通だ。
男らしいシャープな輪郭に平たいおでこ、高くて凛々しい鼻にシミ一つない綺麗な肌。
普通どころか格好いい。怖いんじゃなくて、これではコワモテだ。
志島くんの寝顔を見ていたら、何だかドキドキしてきた。だんだん志島くんじゃない別の人を見ているような気になってくる。
急に恥ずかしくなってきて、それを誤魔化す様に志島くんの髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。
もう何度も触っているはずなのに、その感触にドキドキする。髪をかき分けて白髪を探してみるけど、なかなか見つからない。それはそうだ。今日の昼もうすでに前髪の生え際エリアの探索は終え、無事全ての白髪を抜いてあるのだから。
そういえば、若白髪があるってことは、ストレスが溜まっているのかな。
今まで白髪を抜くのが楽しくて白髪が生えてる理由なんて考えもしなかったけど、志島くんは年齢の割に多い方な気がする。毎週抜いてるのに毎週必ず見つかるのだ。遺伝っていうのもあると思うけど、そういえばいつも眉を顰めている。もしかして普段の怖いと思っていた顔は、顔面の作りが怖いんじゃなくてストレスを感じている苦痛の顔なんじゃないだろうか。
その事実に気付き、ハッとなった。
志島くんは優しい人だ。気使いだし細かいことも気にするし、私の行き過ぎたお願いも受け入れてくれる心の広い人だ。
彼が全然怖くないってことはずっと知っていたけど、顔面の怖さの理由なんて考えたことなかった。生まれ持った怖さなんだと思ってた。
でももしそれが違っていたとしたら……
申し訳ないような、不甲斐ないような、苦い気持ちになる。
私のこのお願いだって志島くんにしてみたら負担以外何ものでもないのかもしれない。白髪だって耳クソだって、あっても邪魔になることもなければ人体に影響を及ぼすわけでもない。志島くんが断らないからいいと思っていたけど、本当は私に気を使って言えなかっただけなのかも。
そう思うと悲しいような、寂しい気持ちになる。
そう言えば、今日は朝から会議続きで相当疲れたって言ってたっけ。
それなのに昼休みも終業後も私につき合わせちゃって。
そう思ったら、志島くんが疲労がピークに達して寝落ちした体育会系出身の一サラリーマンにしか見えなくなった。
何か志島くんにお礼がしたいな。いつも私の不躾なお願いに付き合ってくれるお礼。それにできれば疲れを癒してあげたい。私といる時は気とか使わないで、リラックスしてほしい。
「何かあるかなあ」
志島くんの髪の毛をさわさわと撫でながら何かあるかと考える。こうしてると気持ちいい。志島くんを癒すどころか、私の方が癒されている。
志島くんの顔を見て、少しずつ視線を下にずらしていく。
首が太い。肩幅も広い。ワイシャツの下にはモリモリの筋肉が隠されているはずだ。そして――
「……ん?」
ある一点で視線が止まり、強制ロックされた。目が離せずに、その一点を凝視する。
志島くんの身体の一部に、筋肉の膨らみじゃない不自然な盛り上がりがある。
志島くんの顔を見る。寝ている。いたいけな幼子の顔をしてスースー寝息を立てている。
もう一度視線を戻す。山ができてる。テントを張っている。ていうか絶対、勃っている。
ゴクリと生唾を呑み込んだ。
駄目なんだ。本当に駄目なんだ。
見てしまうとムクムクと抑えられない衝動がせり上がってきて、手がワキワキして、ソワソワして居ても立っても居られなくなってしまう。
ボタンを見たら押したくなるし、ふたがあれば開けたくなるし、かさぶたがあると剥ぎたくなる。白髪を見つければ抜きたくなるし、耳クソがあれば取りたくなる。
――目の前に天に向かってそそり立つ逞しい剛直を見つければ、抜きたくなるのも仕方ないというものなのだ。
「いや、大丈夫だ」
「もっと強くしてもいい?」
「ああ。……っ」
「あ、ごめん!強すぎた?でも、ここ。なんかコリコリしてる。ふふ、聞こえる?」
「……っく、ああ」
「もうちょっと奥も、いい?」
「……ああ」
「ゆっくりやるね?痛かったら言ってね。あ、あった」
「……っつ」
「ごめん、でももうちょっとだから。あ、出る。出る出る出る出る――」
「……っは、く」
「ほらっ、出たーーー!!見て見て志島くん!超でっかいの取れたよ!この子だよずっと見えてたのに取れなかったのは!」
志島くんの耳からかき出した取れたてホヤホヤのでっかい耳クソをティッシュに乗せ、これこれっと志島くんに見せる。志島くんはチラッと一瞥してからぐったりしたように「ああ」とだけ言い、むずかしい顔をして目を閉じてしまった。
「ああっ!すっきりしたー」
もしかして彼はその時あまりいい感情を抱いていなかったのかもしれない。後で思い返してみると、いつもの怖い顔よりもどこか恐ろしさを増していた気がする。けど、予想以上の大物をゲットしたことによる高揚感で満たされていた私は、そんな志島くんの様子に全然気がつかなかった。
ティッシュの上にででんと居座る戦利品を、ニヨニヨしながら見つめる。
サイズも形も申し分ない。私史上最大で最高の耳クソだ。
「ごめんね、痛かったよね」
少し興奮が収まったところでようやく志島くんにそう声をかけた。私の予想通り志島くんは、「いや、大丈夫だ」と、大丈夫なのか大丈夫じゃないのかわからないような声でそう答えたけど、若干その声は柔らかかった。ような気がする。多分。
だから本当に大丈夫だったのだろう。私の希望的観測だけど。
「私、誰かの耳かきするのって初めてだから、力加減とか上手にできなくてごめんね。やっぱり自分のをするのとは違うよね。でも、何回かやればコツ掴めるようになると思うから!」
「そうか」
「それにさー、志島くんの耳クソって私のよりも白っぽくてカサカサしてて、しかもおっきくて。ふふふ、最高に気持ち良かったー。クセになりそう」
「……そうか」
志島くんは白髪だけでなく耳クソまでも私なんか比じゃないくらい立派だった。あんなにおっきいのは見るのも取るのも初めてだ。
さっきも言った通り私は自分以外の耳クソなんて掘ったことはないので、比較対象は私のものしかないのだけど。アレはない。
志島くんの耳クソは耳クソであって耳クソじゃなかった。耳クソの突然変異だ。キングオブ耳クソだ。
右耳にいるということは勿論左耳にもいる可能性は大ということで。
そんなこと考えてしまったら、もうだめだ。手遅れだ。
ウズウズとムズムズとワクワクとドキドキが、私の中で輪になって踊り始めている。
「志島くん」
「なんだ」
「お願いがあるのだけどー」
「いいぞ」
「え?」
お願いを口にする前に了承された。
呆気にとられていると、私の膝の上にあった志島くんの頭の重みがふっと消え、志島くんが身体を起こす。そして反対側に回り、また私の膝の上に頭を乗せた。左耳を上にして。
「俺は右耳の耳クソを掘ったら必ず左耳も掘らないと気が済まない派だ。そしてそれは自分ではなく川村に掘ってほしい」
顔を横に向けて真っ直ぐ壁を見つめた志島くんが、はっきりとそう言い放った。
「し、志島くん。いいの?」
「ああ」
「あ、ありがとう!ありがとう!痛かったら言ってね!痛くなくても、どこが気持ち良いとかあったらちゃんと気持ちいいって言ってね!それで一緒に気持ち良くなろうね!」
私がそう言うと志島くんは盛大に咳込んでから、「おう」と言った。
◇
それから隔週月曜日の終業後は、私の家でカレーを食べて耳かきをすることになった。もちろん昼休憩の白髪探しも継続している。
はじめガッチガチに緊張していたらしい志島くんも、何回かうちに来るとだんだん慣れてリラックスしてくれるようになった。
ロボット感もだいぶ無くなり、普段の鬼っぽさが戻ってきている。
「今日は豆カレーにしてみたよ。どうかな?」
「美味い。トマトの酸味が合うとおもう」
「本当?良かったー。トマト缶入れると美味しいってレシピにあったからやってみたんだ。うん、美味しい!いっぱい作ったからおかわりしてね」
語彙も格段に増えた。美味しいだけじゃなく、作ったカレーの感想も言ってくれるのは作り手としては非常にありがたい。
「カレーのスパイスとトマトの酸味が絶妙だ。そこに豆の香ばしさと甘さ、そして食感が見事にマッチしている」
「そうなの?よくわかんないけど美味しいなら良かったよ!」
志島くんは結構グルメであるらしい。
ご飯を食べてる時は少しだけ饒舌になるのが面白くって、私は色んなカレーに挑戦するようになった。もちろん、毎回普通のカレーじゃ飽きたっていうのもあるのだけど。
その度に志島くんはグルメ漫画の解説のような、的を射ているようで全然射ていない感想を言ってくれる。シーフードカレーを作った時なんて、イカとエビとホタテのエキスがカレーという大海原でタンゴを踊っているようだと訳の分からないことを言い、危うく口の中のカレーを噴き出しそうになった。
桃太郎と金太郎と一寸法師に囲まれて絶体絶命の鬼みたいな顔をして、そんな事言うとか。本当、卑怯だと思う。
志島くんの白髪&耳クソ探索はもちろん楽しみなんだけど、志島くんとご飯を食べる時間も最近楽しみになっている。
「志島くん、もう取れないかな。すっかり綺麗になっちゃったよ」
といってもやっぱり探索タイムの楽しさは別格だ。お宝が埋もれてるダンジョンを目の前にして、それをスルーできるアドベンチャーは真のアドベンチャーではない。
今日は少し探索しただけで、お宝は全て取り尽くしてしまったようだ。覗き込んだ志島くんの耳の穴は綺麗そのもので、異物は何も見えない。
やっぱり隔週っていうのは頻度が多いのかな。一ヶ月くらい空けないと大物は育たないのだろうか。いや、でもそんなに我慢しなきゃいけないなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
「あんまり耳をかきすぎるのって良くないって言うし。もうちょっと間隔空けた方がいいのかな。どう思う?って、志島くん?」
膝の上の志島くんに問いかけるように顔を覗き込む。志島くんはいつも通り眉を顰め目を閉じているものの、どこか無防備に見えた。
わずかに緩んだ口元、定期的に繰り返される穏やかな呼吸。私の問いにも何も反応はない。
「もしかして、寝てる?」
声に出してみるも、やはり志島くんからの反応はない。本当に寝ているようだ。
眉間の皺をツンツンしてみる。反応はない。
血管が薄っすら見えるこめかみをツンツンしてみる。反応はない。
ほっぺをつつくとむにっと私の指が小さく沈んだ。人並みに柔らかいことにびっくりする。
なんだか面白くなってきて志島くんの顔を上に向けた。志島くんは「う、ん」と小さく唸ったけど、起きることはなかった。
それをいいことに至近距離からまじまじと志島くんの顔を観察する。
眼光鋭い三白眼が閉じている志島くんの顔は、こんな近くで見ても全然怖くない。ていうか全然普通だ。
男らしいシャープな輪郭に平たいおでこ、高くて凛々しい鼻にシミ一つない綺麗な肌。
普通どころか格好いい。怖いんじゃなくて、これではコワモテだ。
志島くんの寝顔を見ていたら、何だかドキドキしてきた。だんだん志島くんじゃない別の人を見ているような気になってくる。
急に恥ずかしくなってきて、それを誤魔化す様に志島くんの髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。
もう何度も触っているはずなのに、その感触にドキドキする。髪をかき分けて白髪を探してみるけど、なかなか見つからない。それはそうだ。今日の昼もうすでに前髪の生え際エリアの探索は終え、無事全ての白髪を抜いてあるのだから。
そういえば、若白髪があるってことは、ストレスが溜まっているのかな。
今まで白髪を抜くのが楽しくて白髪が生えてる理由なんて考えもしなかったけど、志島くんは年齢の割に多い方な気がする。毎週抜いてるのに毎週必ず見つかるのだ。遺伝っていうのもあると思うけど、そういえばいつも眉を顰めている。もしかして普段の怖いと思っていた顔は、顔面の作りが怖いんじゃなくてストレスを感じている苦痛の顔なんじゃないだろうか。
その事実に気付き、ハッとなった。
志島くんは優しい人だ。気使いだし細かいことも気にするし、私の行き過ぎたお願いも受け入れてくれる心の広い人だ。
彼が全然怖くないってことはずっと知っていたけど、顔面の怖さの理由なんて考えたことなかった。生まれ持った怖さなんだと思ってた。
でももしそれが違っていたとしたら……
申し訳ないような、不甲斐ないような、苦い気持ちになる。
私のこのお願いだって志島くんにしてみたら負担以外何ものでもないのかもしれない。白髪だって耳クソだって、あっても邪魔になることもなければ人体に影響を及ぼすわけでもない。志島くんが断らないからいいと思っていたけど、本当は私に気を使って言えなかっただけなのかも。
そう思うと悲しいような、寂しい気持ちになる。
そう言えば、今日は朝から会議続きで相当疲れたって言ってたっけ。
それなのに昼休みも終業後も私につき合わせちゃって。
そう思ったら、志島くんが疲労がピークに達して寝落ちした体育会系出身の一サラリーマンにしか見えなくなった。
何か志島くんにお礼がしたいな。いつも私の不躾なお願いに付き合ってくれるお礼。それにできれば疲れを癒してあげたい。私といる時は気とか使わないで、リラックスしてほしい。
「何かあるかなあ」
志島くんの髪の毛をさわさわと撫でながら何かあるかと考える。こうしてると気持ちいい。志島くんを癒すどころか、私の方が癒されている。
志島くんの顔を見て、少しずつ視線を下にずらしていく。
首が太い。肩幅も広い。ワイシャツの下にはモリモリの筋肉が隠されているはずだ。そして――
「……ん?」
ある一点で視線が止まり、強制ロックされた。目が離せずに、その一点を凝視する。
志島くんの身体の一部に、筋肉の膨らみじゃない不自然な盛り上がりがある。
志島くんの顔を見る。寝ている。いたいけな幼子の顔をしてスースー寝息を立てている。
もう一度視線を戻す。山ができてる。テントを張っている。ていうか絶対、勃っている。
ゴクリと生唾を呑み込んだ。
駄目なんだ。本当に駄目なんだ。
見てしまうとムクムクと抑えられない衝動がせり上がってきて、手がワキワキして、ソワソワして居ても立っても居られなくなってしまう。
ボタンを見たら押したくなるし、ふたがあれば開けたくなるし、かさぶたがあると剥ぎたくなる。白髪を見つければ抜きたくなるし、耳クソがあれば取りたくなる。
――目の前に天に向かってそそり立つ逞しい剛直を見つければ、抜きたくなるのも仕方ないというものなのだ。
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