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オサム

可哀想なのは誰なのか(9)

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「オサムくん。おかえりー。外寒かった?早くこっちおいでよ」

 家のドアを開けると、すぐそこに彼女がいた。どうやらキッチンで料理中らしい。包丁片手に、彼女は小動物を思わせる黒目がちな丸い目を細め、僕に向かって邪気のない笑みを向けた。

「今日もお鍋でいいなかあ?寒いとどうしても温かいものが食べたくなって、そうするとカレーかシチューかお鍋しか思い浮かばないんだよね、私。ねえねえ、何鍋にする?」

 彼女の話を聞きながら、ただいまと言って靴を脱ぎ部屋に上がる。リュックを肩から降ろすと自然な流れで彼女がそれを受け取り、促されるようにダウンジャケットも脱いだ。当然のように彼女はそれをハンガーへとかけーーずに、顔を埋めて大きく息を吸った。

「すうううううう。……はあ、いい匂い。オサム臭、最高」

 僕の上着に顔を埋めたまま、うっとりと呟く彼女に、苦笑しか出てこない。止めないといつまでも嗅いでいそうな彼女から上着を奪って、僕はそれをハンガーへとかけた。彼女が不満気な視線を送ってくるが、気づかないフリだ。

「今日のお鍋ラインナップ発表しまーす。定番のちゃんこは塩と醤油と海鮮でしょ。それにキムチは辛口と濃厚の2種類!変わり種として、濃厚エビ坦々、あとパクチー鍋、それに塩レモンだって。これ美味しいのかなあ?ねえオサムくん、どれにする?」

 ニコニコと楽しそうな彼女は今日も変わらず可愛い。そんな彼女を見てると、毒気を抜かれて僕もつい笑ってしまう。

 あれから僕らは何事もなかったかのように、こうして以前と同じく交際を続けている。

「あ、ご飯の後はこたつでみかん食べようね!で、そのままこたつプレイしよ」

 いや、以前と同じくというのは間違いだった。

「こたつの足にさ、オサムくんの足を縛り付けて、私がこたつの中からぱっかん開かれたオサムくんの足の間に入ってフェラするの。……ふふ、ヨダレ出そう」

 出そうと言いつつ、もう出ている。僕のペニスを最高級の肉のように舌舐めずりするのはやめて欲しい。

 そう。あの日を境に、行為の内容が大きく変わってしまった。いいのか悪いのかは、伏せておく。そしてその内容の詳細も。僕の名誉のために。

「……やば、想像したら早くしたくなってきちゃった。ね、何鍋にする?」

 そう言ってニコリと笑う彼女は、とても残念な事にやっぱり可愛い。

 あの日から、僕は自分でもびっくりするくらい神成さんのことを考えなくなった。
 きっぱりフラれて吹っ切れたというのもあるかもしれないが、理由は多分それだけじゃない。

 本性を現したナミちゃんの暴走ぶりがえげつなくて、日々それを宥めるのに、そしてそれについて行くのが一杯一杯で、とてもナミちゃんのこと以外を考える余裕がないのだ。
 彼女は僕が別れないと約束したことで、今まで隠してきたことを我慢するのはやめたらしい。

 彼女はいわゆる男同士で恋愛する漫画が好きで、性行為もアブノーマルなものの方が興奮するらしい。
 言ってドン引きされると困るからと本人が危惧した通り、もちろん僕はドン引きした。が、ナミちゃんの本質である元気で明るくて無邪気な所は何も変わっていないので、彼女に対する想いが変わることはなかった。むしろ、隠し事をせず全てを明け透けにしてくれたことが嬉しかったし、欲望に忠実なナミちゃんは今まで以上に魅力的に僕の目に映った。

 結果として、以前僕が願った通りになった訳だ。
 ナミちゃんのことだけを考えて、ナミちゃんの事だけを大切にする。今は、それができている。そしてこの先も。

 例えナミちゃんが、僕を通してナミちゃんの中の理想の人物を重ねていたとしても。
 例えナミちゃんが、別れないという僕の言葉を全く信じていないとしても。
 例え、そこに僕に対する愛はないとしても。

 僕はナミちゃんだけを、見続ける。

「ナミちゃん、好きだよ」

 そう言うと彼女は一瞬固まり、目に見えて狼狽えはじめた。耳も首も、真っ赤に染まっている。
 自分からは言葉でも態度でも、ガンガン好意を伝えてくるくせに、反対に言われるのは恥ずかしいとか。
 本当、可愛いすぎるでしょ。

 くすっと笑い、彼女を緩く抱きしめた。

 ナミちゃんを僕に縛り付ける為に、僕は今日も彼女に縛られる。


【オサム視点、完】
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