【R18】溺れる身体~そこに愛はない

遙くるみ

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神成

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 悔しさを滲ませて思い切り安田を睨みつければ、怯むどころ心底嬉しそうに、安田が笑った。

「それは、光栄だな」

「っああ!」

「声、抑えろって」

 緩慢に動いていた安田の指が、意思をもって激しく抽送を始め、膝がガクガクと震えた。安田は私の身体を支えるかの様に片手で臀部を鷲掴みにし、私はそれに答えるように、きつく安田の胸にしがみついた。

「ああっ!はあっ、あ、あっ!」

「首、噛め」

 絶頂の麓まで駆け上がり、白く霞み始めた頭に、安田の声がじわりと染み渡る。私は言われるがまま目の前にある安田の首元に口を寄せ、絶え間なく零れる喘ぎ声をそこで塞いだ。
 そこにある安田の味と匂いに、くらりとした。

「あ、やあっ、も、うっ!」

 私の膣内が、性急に行き来する安田の指をきつく締め、私の意図とは関係なく絶頂へ向けての準備を始める。安田はここぞとばかりにお腹の内側をこすり続け、私は膝から崩れ落ちない様に、しがみつく両手に力を込めた。
(もう、だめ……イッちゃう!)
 大きな快楽の波が、私を丸ごと飲み込もうとした、その瞬間。

 ガチャリ。

 扉が開かれる音が聞こえ、私はピタリと動きを止めた。

 ーーーーーーうそ、でしょ。
 驚くことなんて何もない。その可能性リスクは常にあったというのに、私の頭の中からすっかり抜け落ちてしまっていた。そしてこの期に及んでまだ、嘘であってほしいと一縷の望みを抱いていた。
 安田も一切の動きを止め、二人息を潜める。
 バクンバクンと、心臓の鼓動だけが、頭の中でうるさく響き渡っていた。

 トントン。

 個室の扉を叩かれる音に、びくりと大きく身体が跳ねる。そしてかけられたその声に、私の中の血という血全てが引き、息が止まった。

「……神成さん?」

 私の名前を呼ぶオサムの声に、目の前が暗転する。頭がパニックになって忙しなく回転するも、私の身体は硬直したまま指一本動かすことができなかった。反応がないことを不審に思ったのか、オサムがもう一度ノックをする。

「神成さん、いるんでしょ?大丈夫?具合そんなに悪かった?」

 オサムの言葉に、混乱の極みにいた頭が少しだけ冷静さを取り戻す。
 どうやら、なかなか戻らない私を、単純に心配して様子を見に来てくれたらしい。
 それもそうか。まさか、居酒屋のトイレの個室に安田と籠って、不埒な行為をしているなんて、一体誰が思いつくだろう。
 まだバレていないことに胸を撫でおろし、私は小さく息をついた。
 良かった。このまま、何とかやり過ごせる。

「……オサム。大丈夫。もう、戻るからああっ!?」

「神成さん!?」

 オサムに心配ないと言い切る前に、私の中に入ったままの安田の指が、再び明確な意図を持って動き始めた。音を立てない様にゆっくりと、でも力強く。きつく浮腫んだ内壁に狙いをすまし、何度もそこを突かれると、それに合わせて私の中もうねり始める。
 完全に引いたと思った絶頂の波は、すでにそこまで押し寄せていて、私を一飲みにしようとその機会を伺っていた。

「はっ、あっ。大、丈夫、だから!」

「苦しいの?大丈夫?」

「お、願い。先、戻ってて」

 薄い壁一枚向こうにオサムがいる。私を心配するオサムの気配を感じる。
 こんなこと、今すぐ止めるべきだ。常識的で分別のある大人だったら、皆そうする。
 そんなの分かってる。わかっているのに、止められない。……止めて欲しく、ない。
 縋りつく両手に、無意識的に力が籠った。

 ……お願い、早く、早く!
 誰に、どこから、出て行ってほしいのか。自分でも分からないまま、頭の中で何度も繰り返し、そう叫んだ。
 控えめに響く淫らな水音も、私の抑えきれない荒い呼吸も。もうとっくにオサムの耳に届いているかもしれない。

 だけど、あと少し。あと、少しでーー
 押し寄せる絶頂の波に備え、私はぎゅっと力を込めた。


 ーーしかし、それは一向に訪れることはなかった。
 安田の指があっさりと抜かれ、待ち望んだその大きな波が、静かに引いて行く。

(……え、何で)

 呆然とした気持ちで、胸元に押し付けた顔を上げると、目を細めて私を見下す安田と目が合った。その眼差しの冷たさに、背筋が凍りつく。

(この先は、お前が選べ)

 耳元に顔を近づけそう囁くと、安田は私から身体を離した。つい今さっきまでしていたことが、夢なんじゃないかと錯覚してしまうほど、それはもう呆気なく。
 むせ返るほど甘く濃厚な熱で満たされていた個室が、急速に冷えていく。

 呆然として動けない私の耳に、カチャ、と鍵の音が入り、私はハッと息を呑んだ。
 安田が、個室の鍵を開けたのだ。

 ……え、うそ。……うそうそうそうそ!!!
 そんな行動をするなんて思ってもみなかった。する意味が分からない!
 信じられない気持ちで安田の腕に必死にしがみ付くも、無情にもその手は払いのけられた。未知なる恐怖に全身が凍り付く。
 安田がためらいもなく扉を開けるのを目にした瞬間、私は祈る様にきつく目を閉じた。

「……え?や、安田くん!?」

 予想外の人物が出てきたことに驚くオサムの声を聞き、私の目の前は真っ白に染まった。




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