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神成

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「というわけで、今回の最優秀作品は安田君だ」

 教授の言葉に教室内が拍手で包まれる。

「おめでとう。あれ、安田君は?」

 教授が安田を探す様に教室内を見渡すと、学生の一人から「帰りましたー」と呆れたような声が上がった。教授はその言葉に目を瞠り、それを見て皆が笑った。

「ええ!?もう、自由だなあ。まあ、彼のその奔放な所が、今回のテーマにとても良くマッチングしていたのかな。もちろん皆それぞれ頑張って素晴らしい作品を作り上げていたと思うけど、彼のは群を抜いて素晴らしかった。形に捕らわれない斬新な発想とそれを現実化させる論理的な土台。理想を理想で終わらせない、そんなメッセージが僕には伝わって来たよ。皆もそれを感じたかな?」

 教授のその問いかけに、皆が思い思い口を開く。良い所と同じくらい悪い所も指摘されたが、全てひっくるめて結局は『素晴らしい』というものに行きついた。

「評価も聞かずに帰るのはちょっと奔放すぎると思うので、後で彼を見かけたら教授室まで来るように伝えてください」

 苦笑交じりにそう教授が言うと、またしても教室は笑いで包まれた。私は愛想笑いすら浮かべることが出来ず、睨みつけるようにずっと、安田の作品を見つめていた。

 学内コンペの総評を終え、一人また一人と出て行き、教室内から次第に熱が引いていく。喧騒が消え静かになってもまだ、私はその場から動けないでいた。
 視線の先には、先ほど賛美の的となった安田の作品。そして、その隣には『優秀』に位置付けられた、私の作品。

「神成さんのもすごく良かったよ」

「……ありがとう」

 慰めるようにオサムにそう言われ、私は心無い返事をした。
 オサムの言う様に私の作品も、確かに良くできてるかもしれない。でも、ただそれだけだった。
 こうやって安田のものと並ぶと、いかに私の作品がつまらなく魅力に欠けるものなのかが浮き彫りになる。教授にわざわざ『悪くないんだけど、決定的に何かが足りない』と口に出されなくても、見ればすぐに分かる。それほどに安田の作品は素晴らしかった。負けて悔しいと思うよりも先に、その作品に魅了されてしまったのが、一番悔しい。他の全員が安田のものを素晴らしいと口を揃えて賞賛しても、自分だけは私の作品の方が上だと胸を張るべきだった。そういう作品を作ったつもりだった。
 結局、それができなかった自分が一番ムカつくし情けない。自分の心が弱いせいで作品に集中しきれなかったのは、誰に言われなくても自分が一番わかってる。

「安田くんのは、ちょっと凄すぎて真似できないなあ。どうしたら、あんなの思いつくんだろ」

「あいつは、人と同じ思考回路を持ち合わせてないから」

「ぷ、何それ。でも、確かにそうかも。安田くんていつもニコニコ笑ってるけど、ちょっと怖いなって思うときあるし」

 ニコニコなんて、とんでもない。あれは、ニヤニヤとかヘラヘラって表すのが正解だ。安田のその笑みを思い浮かべるだけで、途端に胸の内がざわついて不快になる。

「安田くんはやっぱり黒田先生の事務所に行くのかなあ?今回も黒田先生の評価点すごく高かったし」

「そうなの?」

「本人から聞いたわけじゃなくて、ナミちゃんがそう言ってたんだけど。神成さんは聞いてる?」

 オサムの言葉に、心臓が嫌なリズムを刻む。

「ううん。何も知らない」

「そうなんだ。神成さんは安田くんと仲が良いからてっきり知ってるんだと思ってた」

「仲良くなんかっ!!逆よ。あいつなんて……大嫌い」

 まさかオサムにそんな最悪な勘違いをされているなんて!勢いよく否定した私に、オサムは驚いたように目を丸くした。

「そうなの?てっきり付き合ってるのかと思った。ほら、この間……」

「違う!全然違うから。……そんなんじゃ、ないの」

 じゃあ一体何だと言うのか。自問して私は言葉に詰まった。

 安田なんて大嫌いだ。
 あいつに関する全てが不快で仕方ない。あいつのムカつくところなんて軽く百個は言える。逆に好ましい所なんて一つもない。

 あのニヤけた笑みも、人をおちょくった様な物言いも、ふざけた態度も。それなのに、人並み以上に何でもこなして、私の努力なんて全然及ばなくて。
 ……私を翻弄する手も、私から正常な思考を奪う唇も、垣間見える瞳の奥の『何か』も。何もかも!!
 あいつを構成する全てが、いちいち私を不快にさせる。

 無意識のうちに、ぎりっと奥歯を噛みしめていた。
 あいつのことを思う度に、こんなにも胸が締めつけられて苦しくなる。あいつが人間じゃなくて悪魔である証拠だ。あの男は人に終わることのない苦痛を与える。

「あ、オサムくん。いたいた、早く行こう?」

 声のした方を見れば、開いていた教室の扉からナミが顔を覗かせていた。ナミはオサムの隣に私がいるのに気づくと、小動物を思わせる黒目がちな目を細め、あどけなく笑って会釈した。

「ナミちゃん。ごめん、今行く」

 すっと立ち上がったオサムに、「じゃあね」と言えば、オサムとナミは二人揃って不思議そうに私を見つめてきた。

「一緒に行かないの?」

「神成さんも一緒にお昼食べましょうよ」

 一緒に行くことがさも当たり前のような物言いに、苦笑しか出ない。オサムだけじゃなく多分ナミまでも、何の含みもなく善意のみで私を誘っている。
 オサムが自分以外の女性と二人きりでいても、その相手がオサムに好意を抱いていようと、あからさまな悪意や嫉妬を抱かない。
 ナミは、そういう性格だ。

 そもそも、ナミは私がオサムに抱く感情に気付いているんだろうか。
 もし知っていながらそういう態度を取るのなら、二人にとって私は余程障害になり得ない、安全で無害な存在だと認識されているのか。いや、逆にこれは牽制?私が付け入る隙など何もないと、ナミに見せつけられているのだろうか。そうだとしたら、ナミもそこそこに性格が悪い。性格が良いだなんて、一度も思ったことはないけれど。

「お腹、空いてないから」

 私がそう言うと、二人同時に眉を寄せ、心配そうな眼差しを私に向けた。

 ……まあ、前者なんだろうな。
 ナミのストレートで裏表のない性格が、私は大嫌いだった。
 それが取り繕ったものであればどんなに良かったか。そうしたら偽善者だと罵ってやれたのに。オサムに目を覚ませと言ってやれたのに。
 ナミを見てると、自分の性格の悪さが際立って仕方ない。ナミは私にないものばかり持っていて、それが眩しくて羨ましくて。

 ーーだから、嫌いなんだ。

「でもー」とそれでも私を誘おうとするナミの言葉を遮る様に、「じゃあね」と立ち上がる。
 困惑する二人の顔を見て、自然と笑みがこぼれる。
 色んな感情が絶え間なく胸の内で渦巻いていて、私はもうぐったりと疲れ切っていた。
 何も考えたくない。何も見たくない。

 教室を出る時一瞬視界に入った安田の作品が、私の心内を見透かしたかの様に、不敵に笑っていた。


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